33話 それはあわれなふたごのおはなし
相対する双子の魔法使い、ミークとマンダカミア、突如ミークが発した言葉で全てが凍りつく。
「お姉様って、そんなに弱かったでしたっけ」
「!!」
ミークの発言がよほど気に食わなかったのかマンダカミアは剥き出しの歯をガチガチ鳴らせ飛び出そうな所まで丸い目をさらに見開く。
「『雷銅鑼』ァッッ!!」
ーーーバァッ!!
先ほどと同じ雷撃を今度は地面に打ち付ける、落ちた雷は弾け、細かな電流となって周囲一体の地面を抉りながら走りぬける。
「...」
『空中浮遊』を使わない限り確実に被弾し感染する魔法、しかしミークはその場から動かず前方へ杖を投げる。
「ふんっ!!」
杖が突き刺さった瞬間駆け出し、その杖を足場に高く飛び上がる。電流は空中に舞い上がったミークを捉える事なく地面を抉りながら通り過ぎていく。
「...!!」
「魔力節約は魔法使いの基本、お姉様がやってた事ですよ」
「...」
「私の知ってるお姉様は...魔法だけに頼るような人じゃなくて、もっと努力家で、もっと優しい人でした」
「...」
「...勇者様達と出会って...強い勇者様がそばにいたから...腑抜けてしまったんですか...?」
「...サィ」
「?」
「ウルサイウルサイウルサイィィィーーー!!」
それは初めてマンダカミアが発した言葉、言葉にしてはそれは咆哮にも近いようで、それはあまりにも悲痛に満ちていた。
「な"に"も"ッ!!ジラないグゼに"ッ!!な"に"も"...あじわ"っで...ないぐぜに"...マンダカミアァァァァァァアーーーーッッ!!」
顔を、髪を掻きむしりながら叫ぶ自分の名前、しかし自分の名前をただ叫ぶのは不自然だった。だが名前を呼ぶのは自分に対してではなく、目の前にいる相手に向けられた名前。
「知らないに決まってるじゃないですか...勇者様一行の旅に出てませんから...ミーク」
お互いが突きつけ合うように自身の名前を叫び合う。
それは名乗りではなく、「呼びかけ」。
ミークは、ミークではない。
そして、マンダカミアはマンダカミアではない。
その事実だけが、場違いな程に真実を照らしていた。
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小さな村に双子の女の子が暮らしていた。片方は臆病だが魔法の才覚に恵まれた姉、片方は魔法の才覚は無いがしっかり者で爽やかな性格の妹。
妹は様々な魔法を使いこなす姉にコンプレックスを持つ事はなく、持ち前の明るさと簡単な魔法と体術を合わせ持つ戦法を開発し姉と並ぶ程の実力を持っていた。
ある時、魔王軍の末端を2人で撃退した事がちょうど先日召喚され旅を始めていた勇者の耳に入り、その村を訪れていた。
勇者とは、人間を滅ぼし世界を支配しようとする魔王を打倒する救世主であり、そのお方と共に旅ができるというのは非常に誉高い事であった。姉妹も寝る前に母から聞いた御伽話で存在は知っており、2人揃って、とくに妹は強い憧れを持っていた。
記憶喪失と言われていたが魔物の軍勢に果敢に挑むその姿に人々は希望を見出し、村総出で勇者を歓迎した。
「マンダカミア=キャメルを是非俺のパーティに加えたい」
勇者がスカウトしたのは姉だけだった、豊富な魔力量と魔法の技術、使える魔法の多数の多さは魔王討伐に強く貢献できるからだ。
選ばれなかった妹は強いショックを受けたが、自分の実力不足を受け入れ姉を誇りに思い、自分1人で村を守れるように勇者出立の日までひたすらに修行に励んでいた。
そして姉が勇者と共に旅立つ前日の夜の事。
「...お姉ちゃん?」
いつもは2人で一緒に寝ているが妹の姿がどこにもない、外に出て近くの河辺へ足を運ぶと背中の震える姉の姿があった。
「...ミークちゃん...」
「どうしたの、早く寝ないと明日寝不足になっても知らないよ」
「...ないよ」
「え?」
「...行きたく...ないよ」
捻り出すように出た言葉、それは姉であるマンダカミアの本心だった。
「...どうして」
「怖い...怖いよ、魔王軍の幹部までなら...ミークと2人でなんとか追い返せるけど...貴方なしで、魔王軍なんて私無理だよ...!!」
「それは...ほら、勇者様がきっと守ってくださるわよ、私なんかいなくても」
「ミークとじゃないとやだ!!」
「お姉ちゃん...」
ボロボロと涙を流す姉の姿、妹の模範になるべき姉としてはあまりにも情けない姿なのはわかっている。それは魔王軍と戦う恐怖によるものか、それとも姉妹と離れ離れになってしまう事の寂しさによるものか、当時の彼女にはわからない。
「...わかったわ」
どちらにせよ妹は、『家族を守る』選択をした。
「...お姉ちゃんの持ってるノート、あるでしょ?ほら、師匠の元で修行した時にノートいっぱい書いてたじゃない」
「...うん」
「あと持っていく予定の魔導書とか、全部私にくれない?」
「...え、なんで?」
「大丈夫、お姉ちゃんは私が守る...私がマンダカミアとして魔王軍討伐に行くから」
バカな事を言っている自覚はある、自分と姉では才覚や戦い方からして全く違う、双子であるため外見は問題ないにせよたった一夜にして能力も姉になりきるなど到底不可能だ。
「だ...だめだよミーク...それじゃあ!!」
「大丈夫、私達は双子なのよ?髪も伸ばせばきっとバレないわ」
「でも...ミークは」
「魔王軍と戦う...けど、お姉ちゃんを守れるんなら全然苦じゃないわ、それよりも私は貴方を想いながら村で大人しくしている方がずっと辛い」
「...」
姉からそれ以上の返答はなく、ただ啜り泣くだけであった。
翌日、姉妹は名前を交換し妹は勇者と共に旅に出た。日中は勇者と共に冒険をし夜には隠れて魔法の習得に励んだ。道中仲間を増やして、バレそうになる時もあった、だがその疑いを払拭する勢いでパーティに貢献し魔王軍と渡り合った。
そして姉、マンダカミアは魔王軍討伐までついにやり遂げて見せたのだった。
「やったな、マンダカミア」
魔王は勇者1人で倒し、他の幹部全員を魔法使い、武闘家、僧侶、老公で相手をした。
魔王討伐と共に暗黒に満ちた空は切り開かれ青空が広がっていた。他の魔族が次々と逃げ出していく様を見届けて魔法使いは勇者と合流する、僧侶と老公は疲労困憊で動けそうにないため魔法使い1人で勇者を迎える。
「...やりましたね...」
「あぁ...みんなのおかげだ」
「これで...世界が救われる...お姉ちゃんにも会える」
「お姉ちゃん?」
「あぁいや!姉様です...それよりも、みんな待ってますので行きましょう!」
「...あぁ!」
最後まで勇者に自分の正体を打ち明ける事はなかった、しかし2人の間には仲間としての絆とは違う、別の感情をお互い向けていた事にこの時はまだ知らなかった。
だが今は一刻も早く姉の顔が見たかった、村で待つ姉を安心させてやりたかった、なので王城で開かれた凱旋パーティも早々に抜け出して妹の元へ帰るつもりだった。
勇者が部屋で休んでいると聞き一言入れて城を後にするつもりだった、しかし...。
ーーーそこからの記憶は無い。
真っ赤な視界、唸りを上げる腹、飢餓感が治らない。パーティ会場にあった真っ赤ななにかも太麺のトマトパスタもゲテモノとして出されていた猿の脳みそも、いくら食べても満たされない。悲鳴や断末魔がする、魔物が現れたのかも知れない、でも僧侶と老公がいればなんとかなるだろう、今はただ腹を満たしたい。
今はまだ帰れない、苦しい、お姉ちゃんに会いたい、でも帰れない、今帰ったら...姉を食べてしまいそう。
結局、腹は満たされる事はなかった、飢餓感に苦しみながら彼女は満たされる術を探して王国を彷徨い歩く。満腹になったらお姉ちゃんに会いに行こう、そう思って何人も何人も腹の中に放り込んだ、この時既に彼女の知能は著しく低下していた。
ーーーブチブチブチッ
「お願い...やめて...痛いの...痛い」
「...」
不味い、嫌だ、こんなの。
ーーーグッチャグッチャ
誰か、助けて。
脂肪の乗った足の肉を容赦なく噛みちぎる、食べてる間と直後だけは空腹感が紛れるのだ、最初は人を食べる事に抵抗があったが何も考えないように、ただ食欲に身を任せるようにすると気分が楽になった。
コレを食べたら、イモウト?アネ?を探しに行こう、今なら会える、そう思いながら人間を食べて何百人、そして何回そう思ったかわからない。それでも彼女は自分の食欲に縋ることでしか、自分を保てなかった。
ーーー。
逃げて、私から。
そして、彼女は姉と思わぬ再会を果たす。
それは彼女自身望んでいなかった事、なぜ今現れた?ダメだ、今ではない、今だけはやめて欲しい、まだ満腹になっていない、だから今だけは。
今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけは今だけはイマダケハッッ!!
ーーーゴメーーンネ
次回投稿日は12/14 18:10!!
髪の毛は抜け落ちました。
そして次回決着です。
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