30話 狂夢爆走
「お前を生かしてやるよ。俺は「獣」を操れる、お前がここから走って逃げれば「獣」に追わせない、マンダカミアにも言っておこう」
「...」
「「獣」になると成長が止まるんだが、お前には素質がある。まだ「獣」になるには早いんだよ、お前にはまだまだ伸び代があり精神力だけに関しては一級品だ、俺は気に入った」
「...」
「さあ、ここから走って逃げろ。今なら誰も見ていない、いやこの王国にいる者は皆殺しだからお前の行方を知る者は誰もいない」
「...」
「今が絶好で...それで、最後のチャンスだ、さぁ...」
「...」
アイザックは目を閉じ考える。
怖い、すごく怖い、今すぐ走って逃げたい。
もし自分が非情であれたなら、もし自分がこの世界に来たばかりの何も持たない人間だったら、その提案がどれほどありがたいだろうか、どれほど救われるだろうか。
「...」
「どうだ」
「...断る」
「ふぅん...」
だが、今の自分がここにいるのは、皆んながここまで生かしてくれたからだ、その想いを蹴って逃げるなんてアイザックにはとてもできない。
褒められても無いけど、ボコボコにされてばかりだけど、苦痛に塗れてばかりだったけど、それはアイザックにとっては大事な時間だった、自分を成長させてくれた大事な時間だった。
ーーーその思い出をこいつは侮辱した!!
「人の命を弄ぶ...お前なんかの慈悲なんて絶対受けるかッッ!!俺は逃げないッ!二度と逃げないッ!!お前はここでぶっ倒すッッ!!!倒せなくても...刺し違えてでもぶっ殺してやるッ!!!」
「.......そうか...」
「...ッ」
「...」
ドリンク=バァの魔力量がさらに上がる。
「いいだろう...加減はしねぇぞ...三下がァ!!!」
空気が震える、しかしアイザックは怒りが恐怖を上回っており、もう足の震えは止まっている。あるのはただ怒りと闘志のみだ。
「『秋麗』ッッ!!」
「ッ!!」
正面にドリンク=バァがいるのに横から死の風が吹いている。
ーーーガガガガッ!!
ドリンク=バァの腕が閃光を放った瞬間、真横の廃墟を突き破って押し寄せる光の弾幕。
『朝露小雨』は真上から覆いかぶさるように弾幕を降り注ぐのに対し、こちらは横に放った拳撃が弧を描くように相手めがけてまばらに展開される。
前にも横にも後ろにも、今度は真上に飛ぶには間に合わない、なんともいやらしい技だ。
「ダァァァァ!!」
『魔塊弾』を地面に叩き込む、これは反動で飛ぶためではない、しかし...
「いッ!」
「バカが!地面に穴でも開けようってか?」
ドリンク=バァの指摘した通り、地に穴を開けて回避するには威力が足りなかった。腕が痺れ、軽く手が麻痺する。
ーーー違う!!
瞬間、アイザックの心の底からふつふつと怒りが湧き上がる。これは「鼓舞」だ、震える自身に対しての。
ーーーお前の怒りはそんなもんじゃないだろッ!!
「発想は悪くなーーー 」
「ジャァァァァーーーーーッ!!」
「ぉお!?」
弾幕の前に魔力を全開し、両手を広げて盛大に構える。
「何ッ!!」
「ああぁぁぁぁああああーーー!!!」
ーーーもっと精神を研ぎ澄ませ!そして見せつけろ!こんな奴に対して逃げるな!立ち向かえ!!アイツの全てを否定しろッ!!!
怒りと共に力が湧き上がる、全ての弾幕を境に捉え脳内の情報を高速で処理する、当然普通の人間には不可能だ、アイザックから鼻血が垂れる。
しかし、それを可能にしたのはアイザックの背中で光る紋章だった。
「ッ!」
ドリンク=バァはその光景を目にした。アイザックの背中から紋章が浮かび上がっている、嵐を模した紋章がまるで台風のように回転を始めていた、アイザック自身はそれに気付いてはいない様子だった。
「俺は無敵だあぁぁぁああああッッ!!!」
ーーーードガァドガッッガガガガッッ!!!
アイザックは自身に襲いかかる弾幕を全て叩き落としている。擦りもしよう、抉られもしよう、だが致命には至らない、一撃喰らえば即死の弾幕を彼は真正面から受け止める。
「....まじかよ」
土煙が舞う、しかし魔力は衰えない、アイザックはドリンク=バァの弾幕『秋麗』を全て捌き切って見せたのだ。
「バカなーーーー」
ドリンク=バァから見たアイザックの魔力、空気が変わっている、先ほどの小動物はどこにもいない、そこにいたのは極限にまで集中力を上げた自分と同じ「戦士」。
刹那、煙を吹き飛ばしドリンク=バァの目の前にアイザックが現れる。ドリンク=バァは突発的に横薙ぎを繰り出すが空を切り、気付けばアイザックは真下に潜り込んでいた。
「しまっ!!」
「喰らえぇぇぇええええええーーーー!!!」
ーーーードォッ!!
真下から繰り出される一撃、アイザックの蹴りは、魔力を最大限込めた蹴りはドリンク=バァの鳩尾を確実に捉えた。
ーーーバキバキバキィッ!!
ドリンク=バァの体から何かが折れ、砕ける手応えを感じた。
「ぐるぅぇぇええええ!!」
「チィ!!こいつ腕ぇ入れてやがった!!」
完全にダメージが入ったわけではない、蹴りが入る直言に切断された腕を滑り込ませていたのだ。
だがそれでも通った、アイザックの本気の蹴りは今のドリンク=バァにも通った。
しかし、ある違和感を覚える。
犠牲にしたのは片方の無事な手ではなく断面の綺麗な損傷した腕だ、ではなぜそちらを滑り込ませたのか。
「...はぁ...はぁ...本当に殺すの....惜しいなぁぁぁあああああ!!」
「は...あぁっ!?」
ドリンク=バァの手は自由だ、あれほどナルボとの戦いで見たはずなのに、手を自由にさせてしまった。
そして死の風が吹くと共に撃ち落とされる閃光の一撃ーーーーー
「『壊雪盲』」
ーーーバァン!!
世界が回った、軽い破裂音、そして全身を駆け巡る激痛、体の節々から飛び出る鮮血。
バキバキバキと身体中から本来出ないはずの音が出る、弾けるようなその感覚は癖になるようで、そして気持ち悪い。
幾度か上下が反転したところでようやく地面に叩きつけられる、しかし先ほどの衝撃のせいか地面は柔らかく簡単に崩れ、暗い奈落へ落ちてゆく。
バシャン!!
身体中が冷たい、冷えた生臭い匂いが鼻をつく。ここは下水道だろうか。水特有の宙に浮かんだような感覚が体を包む。しばらくすると瓦礫と鉄の破片がアイザックの周りに降り注ぐ。
「............」
手の感覚が薄い、ふと見ると...手が無い。右手は完全に消失し骨が分断し先端にかけて花のように...いや、怖い、見たくない、感覚のない右腕を水の中に隠す。
「...........」
左手は...ある、しかし小指がありえない方向に曲がっている、右手と比べたら幾分マシだろうが。
戦えていた、ドリンク=バァと互角にやりあえていた、しかし...甘かった。
途中までうまくいっていたはずなのに、一撃喰らっただけでこの有り様だ。
「...はは...遠いなぁ...」
「...アイ...ザック...?」
シオンの声だ、作戦通り...とはいかないが、なんとか合流はした。
「嘘...嘘嘘嘘...!!なんで!?」
アイザックの姿を見たシオンが激しく動揺する、アイザック自身が思ってる以上に酷い有様なのかもしれない。
「あ...アイザック、すぐ助けるから...!!」
「来んなッ!!」
「え..!?」
もはや隠す気のない高い魔力が急速に接近しているからだ、言わずもがなドリンク=バァだろう。
「続行だッ!!」
「無茶よ!!アンタその体じゃあ!!」
「でも今しかチャンスが無い!!」
ドリンク=バァと対峙する前にシオンが練っていた『作戦』、このためにアイザックはわざわざ全力疾走してこの下水道の真上まで引きつけ、壊れやすいように『魔塊弾』を地に叩きつけたのだ。
今しかない、今しかドリンク=バァは倒せない。
「俺に考えがある!!」
「はぁ!?」
「迎え撃つ、下がってろ!!」
「...あぁもう!!」
「ーーー誰を迎え撃つってぇ!?」
重い水飛沫を上げ飛来するドリンク=バァ。妖しく輝く鋭い眼光、今のドリンク=バァは『死の風』どころか『死』そのものだ。
だが、そんなことは関係ない。
今だ、今しかないのだ。
「シオン=エシャロット〜お前こんなとこにいたのか〜、ここの下水道は訳アリの娼婦が体売ってた場所なんだぞぉー?」
「きも」
「残念だぁ〜もっと煌びやかな場所で殺してやりたかった...そしたら俺も、お前もみんな注目するからなぁ〜」
「本当にキモい」
「おい...こっち見ろ変態野郎」
「あん?」
ドリンク=バァとシオンを遮るように佇むアイザック、青い水辺は次第に赤く染まっていくのをドリンク=バァは静かに指摘する。
「今の一撃で気はすんだ、その出血量じゃもうお前は終わりだよ。右腕は吹き飛び左手は骨折、武器も握れない。肋骨も結構折れてるよな、臓器に刺さってないのが奇跡だが...頭にもヒビが入ってる」
「...」
「あとお前感染してるぞ、俺の一撃をちょっとでも掠めた時点で勝負は決まってんだよ、お前が俺を殺すなんて無理だったんだ」
「...」
薄々そうだろうなとは思った、腕の痛みも体の痛みも感じないのだ。体が死に始めている、それと同時に空腹感が増していく、まるで自分が自分じゃなくなるような酷い気分だ。
かすり傷でさえば適切な治療を施せば運次第で完治する場合もある、だがこれはもはや手遅れだ、体が欠損する程のダメージはどうしようも無い。
今日中にアイザックは『堕ちた獣』に成り果てる。
「五月蝿ぇ、やってみねぇとわかんねぇだろうが」
「はぁ...バカだなぁ〜お前、ほんとバカ」
ーーーゴッ!!
「がふぁっ!?」
鳩尾に拳が入る、中が逆流し血が混じった液体が口から漏れ出る。
「お前はもう終わりだよぉ〜終わり終わり、さっさと死んで、「獣」になって、ずっとこの汚ねえ下水を彷徨ってろ」
「...ぁぁあああああ!!」
「はぁ...」
アイザックの放った渾身の一撃すら、ドリンク=バァに傷一つ入らない。
世界は広い、たった数ヶ月鍛えただけの少年が注目のためだけに何十年惜しまず努力した武闘家に勝てる道理など最初からなかったのだ。
ーーーグシャ!
再び襲うドリンク=バァの一撃、今度は腹部を軽く貫通し背中から手が突き出た。
「アイザック...!!あぁぁぁそんなッ!!」
「何企んでたかは知らないけどこれで終わりだな」
「...」
引き抜くと同時に大量の血が噴き出ているが、ほとんど痛みはない、ただひたすらに寒い、凍えるように寒い、『死の風』が恐ろしく冷たい。
アイザックは糸が切れた人形のようにドリンク=バァに力無くもたれかかる。
だが、これでいい、これでいいのだ。
...これでいい
...これがいい
...これで
...
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「どうじゃ、これが必殺技じゃ」
「すげぇぇぇーー!!かっけぇーーー!!」
「原理は『魔塊弾』『魔轟衝』と同じ、魔力をただ撃ち出すだけのにして単純構造、この数時間で覚えられるじゃろ...じゃが」
「じゃが...?」
「これの発生、そして顕現を維持するには超膨大な魔力量が必要での、ワシも今のでしばらくは動けん」
「え」
「しかも超近距離でしか使えんから、絶対に当てられる状況以外で使うと、魔力は尽きるわ接近は許すわ、死確定じゃ。じゃから実戦には殆ど向かん」
「ロマン技みたいなもんか」
「いいか、絶対に当てられる状況でしか使うなよ?絶対にな」
「わかったわかった、ていうか凄すぎてできる気しないんだけど」
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...
...
...よし
ーーーー捕まえた!!
補足:ドリンク=バァの魔法耐性のからくりはよほど接近しなければ気付けません、それくらい近づけばワンパンでミンチにされます。
次回投稿日は12/8 18:10!!ドリンク=バァ決着!!
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