29話 夜朱も紅、赫い月
「夜朱」→「夜明け」→「希望の兆し」
「紅」→「くれない」→「与えられない、許されない」
ーーーボンッ!!
ドリンク=バァの背後に衝撃が走る。
「?」
『魔塊弾』が直撃したにも関わらずドリンク=バァは何事もなく振り返る。
「やっと出たか、出てこなかったら本当に仲間を殺しに行く所だったぜ」
「よう」
「で、お連れのお嬢様は?」
「どこだろうな」
屋根の上で呆然と立つドリンク=バァの前に現れたのはアイザックただ1人、シオンの姿がどこにもない。
「まぁいいさ、そんじゃあ続きと行こうや!!」
「まぁ待てよ」
「あん?」
構えを取るドリンク=バァに待ったをかける、ドリンク=バァは首を傾げた。
アイザックは王城を指差して問いをかける。
「お前、そんなに注目して欲しいのかよ」
「!!」
「あんなもんまで用意して、来てほしくない時に現れて、そりゃみんなお前を見るよな。でも注目して欲しいならマナタン帝国に行った方がいいんじゃねぇか?あそこ国としてはまだ機能してるらしいし」
「知ってる、だからより多くの人間に注目してもらえると思って暴れに行ったんだよ」
マナタン帝国、ここから400km離れた先にある大国だ。大陸最高峰の軍事力を有しており、「獣」が押し寄せてきた時も難なく撃退したそう。
「どうだった?」
「見向きもされなかった」
「ザマァねぇな」
「ふん」
ーーーズァッ!
「!!」
来る、大気すら歪む腕の一振り、下から上へ振り上げた瞬間その衝撃波で屋根が吹き飛びその破片が波のように押し寄せてくる。
「だぁ!!」
地面に『魔轟衝』を打ち込む事でその反動により高く打ち上げられる。
瞬間、遠くでいくつもの赤い爆発と紫の雷がぶつかり合っているのが見える。ミークとマンダカミアの魔法のぶつかり合いだろう。
向こうも戦闘が始まっている、ならアイザックのやる事はできるだけ彼女の邪魔にならないようにドリンク=バァを引きつける事。ただでさえミークは1人で戦っているのだ、これ以上の負担はかけられない。
「しっ!!」
受け身で着地の衝撃を和らげつつ体勢を整え屋根から飛び降り一気に駆け出す、ドリンク=バァに背を向けるのはかなり危険だがこれも作戦だ、ある程度まで走った所で振り返り構えをとる。
しかし...
ーーーゴツッ!
「がぁ!!?」
背後から襲う肘打ち、重い音と共に背骨が悲鳴をあげる。ドリンク=バァが体勢が崩れたアイザックの腕を捕み投げ飛ばす。
その一瞬だった。
「ッッ!!?」
アイザックは自分を掴むドリンク=バァの腕に違和感を感じた、何かが流れている、皮膚の表面で薄く、そして激しい激流のような何かが流れている。
それはアイザックがこの世界で知った『魔力』そのものだ。
ーーーそうか!!
「シャァッ!!」
「だぁぁぁぁーーッッ!!」
回る視界と背中の激痛に悶えつつも首に巻いていたマフラーを解き魔力を流す、魔力が満たされたマフラーは煌びやかに輝く。
そしてそのマフラーを突き出た柱に引っ掛ける、マフラーは魔力を流す事で硬度を増しロープやフック代わりに使える特注物だ。
「なっ!?」
「どうだぁぁぁぁーーーーーッッ!!」
遠心力を利用し投げられた勢いのままドリンク=バァの元に戻り突っ込むアイザック。さすがにドリンク=バァもこれは予想外だったようでアイザックの蹴りを喰らい後方に飛ばされる。追撃をかけるために走り出したのが裏目に出たようで奴の想定よりもダメージが大きい。
魔力を失ったマフラーが宙に舞う。
「チャァッ!!」
しかしそれでは止まらないのがドリンク=バァ、世界最強の武闘家。
着地と同時に地面を蹴り抜き瞬時に距離を詰める。お返しだと言わんばかりにドリンク=バァの拳が飛ぶ。
今度はアイザックが追撃をかけようと走り出していたため、勢い止まらず避けようがない。
「もらっ」
しかし、そう思わせるのがアイザックの作戦だ。
「ハッ!!」
ーーーキキキュッ!!
「はぁッ!?」
ドリンク=バァの一撃は空振りに終わった、アイザックはドリンク=バァのカウンターを読んで踏み込み直後にブレーキをかけたのだ。
ーーードグシャァッ!!
隙を晒したドリンク=バァの顔面に拳が入る、今度は魔力を込め筋力をあげているため相当のダメージだ。
今度こそドリンク=バァは後方に吹き飛び廃墟に突っ込む。
「ふんっ!」
地面に着く前にマフラーを回収し首に巻く、この間一瞬。
「...」
戦えてる、自分の成長を噛み締め湧き出る高揚感に思わず顔が綻んでしまう。
そして、やはり魔法は効かない。
理由は簡単だ、ドリンク=バァの身体に魔力の流れる膜を張っていて、それが魔法を受け流してしまっているのだ。
その膜は非常に薄く、そして川のように流れる、さらに魔力をよく感知しないとわからない。
戦闘中攻撃に使うための魔力を身体に回しながら常時それを維持する精神力、今のアイザックでは...いや、全人類を持ってしても辿り着けない領域かもしれない。
「俺ですら魔力をブッパすることしか出来ないのに...すげえな」
勿論あの程度でドリンク=バァを倒せるとは思っていない、気持ちを切り替えて再び構えの体勢に入る。本番はむしろここからなのだ。
ドリンク=バァの魔力は覚えた、前方で感知できている、2度と背後は取らせない。
「驚いたよ」
開いた穴からぬっと現れたドリンク=バァ、焼け爛れた鼻や口から血を垂れ流し「クカカ」と骨が軋む音が鳴る。
「あの時しょんべん垂れてたガキがたった数ヶ月でここまで成長...するとはな...やっぱあの時賢王を生かしておくべきじゃなかったなぁ...ブッ!!」
ーーーゴキッ
「...?」
鼻血を地面に撒き散らし外れた顎を元の位置に戻す、丸くひん剥かれた瞳が紅く輝いている。
ゆっくりと、ぺたぺたと、歩み寄り拳を握りしめる。
「まったく....」
「...」
力の入った拳はブスブスと煙を上げ、熱が籠ったように静かに発光する。
「...」
「...」
「...」
ーーードガァァァン!!
「ッ!?」
背後の廃墟を一撃で粉砕する。それだけではない、後ろの、更に後ろの、また一つ後ろの廃墟まで全て木っ端微塵に弾け飛んだ。
改めて確信した、ドリンク=バァは強敵だ。なにせシオンから聞いた技を何一つ見せていないのだから。
「失礼、こうでもしないと沸き立つイライラを抑えられないんだ」
「...」
「魔力の扱いを覚えたようだな、凡そ基礎体力と戦闘技術、あとは簡単な魔法って所か」
「...」
「『魔轟衝』、超簡単な魔法は使えるようだが、『技』を使ってこないな、魔力を体に流して慣らす修行がまだ完璧ではないということだ」
「...」
「警戒しているな」
「!」
「俺の「技」を警戒しているな。だが...知識として知っているようだが、俺の「技」を見たことがないな?まるでどう動いても対応できるように、注意力が散漫だ」
「!!」
「使える魔法も少ない、情報量も少ない、一見捻れば死ぬ雑魚のようにも思える...だが...もう油断はしない、お前は他とは違う回避術においてお前は何か特別なモノを持っている!!」
「ッ!!!」
「そして今のお前はそれに頼りっきりだ、だろ?」
襲いかかる害あるものを事前に察知できる『死の風』の事だ、少し戦っただけでここまで言い当てられ、アイザックは息を呑み気を引き締め再び構える。
ドリンク=バァの「技」、これに対しては何も対策を立てていない。シオン達は名前で聞いた事がある程度で実際に見た事は無いからだ、そのため不明瞭な要素の対策をするよりも基礎体力と戦闘能力を磨いて対応可能なように鍛える方針を立てたのだ。
しかし相手はドリンク=バァ、勇者達と共に魔王軍と戦った精鋭の1人だ、アイザックとドリンク=バァの違いは戦闘力もあるが、それ以上に圧倒的なまでの経験値、レベルの差だ。
「お前の事はだいたいわかった、だったらお前に取ってお待ちかね、俺の玩具を見せてやろう」
「来いッ!!」
「『惨月』」
「!!」
辺りの空気が一変する、空は紅く染まり血の匂いが充満して息苦しい、全身に水袋を括り付けたように体が重い。
しかしこれはそう錯覚しているだけ、だがそれ程のプレッシャー、殺気が一気にのしかかる。
「お前のその技...その名前の奴が一番ヤバそうとか思ってたんだよ」
「...説明してやろう」
「...?」
「今の俺の握力は5トンだ、お前の体を掴んだ瞬間抉り取れると思え。俺の出せる拳は超光速だ、前にも見たよな、まともに当たれば木っ端微塵だ。今の俺の硬度はオリハルコン以上だ、先程と同じ一撃はもう効かん」
「...それがなんだよ!!」
「これで完了だ、この「技」はお前に手の内を説明するという代償を払わないといけないんだ」
「代償...?」
その時だった。
「ーーーー⬛︎ッッッ!!!!」
ドッ!!
「ッッ!!?」
一瞬ドリンク=バァは「ワ」と、誰かを驚かすように声を上げた。しかしその声量があまりにも大きすぎた、それは人間のものとは言えない明らかに「怪物の咆哮」だった。
口から発せられたその衝撃波はアイザックを容易く吹き飛ばし、壁へ叩きつける。
「が...ッッ!!」
骨が悲鳴を上げる、しかし既にドリンク=バァが目の前で手を振り上げていた。
「ーーー!!」
目の前に吹く「死の風」から真横に飛び込み距離を取る、対象を失った手はそのまま突き抜け壁を容易く貫いた。
「...」
ーーーガガガガガガッッ!!
「ぐぅッッ!?」
ドリンク=バァはその手を抜かず一歩ずつ迫り来る、石造りの壁は直線を描ながらアイザックに詰め寄る。
「『魔轟衝』ッッ!!」
ーーードンッ!!
「...」
しかし効いていない、周辺の建物に亀裂が入り砂や破片が激しく飛ぶがドリンク=バァは衝撃を容易く振り払いその歩みを進める。
「ぅぅ!?」
「ふんッッ!!」
壁に突き刺さった手を強引に振り抜く、その破片は『魔轟衝』以上の勢いでアイザックに突き刺さった。
「がぁ...!?」
「目を逸らすなよ」
ーーーバゴッ!!
「ふぐぁッッ!!」
破片から守るため目を閉じた瞬間衝撃が走る、アイザックは激しく宙を舞い地面に叩きつけられる。
追撃を恐れ、アイザックは流れる血を拭い飛び上がる、しかし身体が重く、思うように動かない。
「ッ!?」
ドリンク=バァが超拡大する、手は開いておりアイザックの脇腹を掴むつもりだ。
その手からは死の風が生暖かく気持ち悪い程吹いている、掴まれた瞬間肉が骨もろとも千切れ飛び内臓がもろみでる想像をしてしまった。
「がぁぁ!!」
「ほー」
アイザックは手首を掴むがその勢いは止まらない、押し返すのは無理だと判断しその腕から弾かれるように後ろに引くが、その時には既にもう片方の手が迫っていた。
「うっ!!」
目の前に迫る掌、その威圧感はまるで目の前に特急電車が突っ込んで来たような錯覚が頭をよぎる。
「うおぁッッ!!」
「ほう」
弾かれたようにバックステップで距離を取る、身の毛のよだつ感覚を押し殺し構え直す。
「どうした、足が震えているぞ」
「震えてねぇよ!!」
「なら、これは?」
ーーードッ!
「ぅッ!!」
一歩、ただ一歩、ドリンク=バァが踏み出した瞬間、アイザックは反射的に後ろに飛んでしまった。
「ほら震えてる」
「ふぅ...ふぅ...」
「...まるで動物のようだ、これから屠殺される事がわかってしまった豚の目だ」
「...うるさい!!」
「これが実力の差、力の差だアイザック。お前は遊ばれていたんだ、現に俺が本気で迫った瞬間からお前の戦意は喪失しつつある、エサを簡単に手に入れられて調子に乗ったネズミがいざ猫に本気で殺されかけるとションベン撒き散らして震え上がるように」
「.......」
「アイザック、ここでやめとかないか?」
「...ッ!?」
それは突然の申し出だった。
次回投稿日は12/6 18:10!!
高評価、ブックマークを押していただければ作者のモチベーションに繋がります!!よろしくお願いします!!




