28話 2人だけの静寂
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その村では勇者が来ていないにも関わらず「勇者が現れて魔王軍幹部を倒した」という噂が広まっていた。
チルド王国を出発した勇者はその噂を聞いて寄ってみると、そこにいたのは白い布を至る所に巻いた1人の青年だった。
武器は持たない、その拳一つで自身の何倍もの背丈のある魔族を撲殺したのだ。
村を守るために命を張ったため高潔な精神を持った好青年と思われた彼が求めていたのはなんとただの「承認欲求」だった。
村の人々に見てもらいたいがために、自分の価値を証明するために鍛えてはその武芸で魔王軍を退けていたのだ。
狂気的なまでの承認欲求、そしてその強さ、勇者が彼を旅の仲間に選ぶのにそう時間はかからなかった。
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「『朝露小雨』『昼化粧』『夏陽炎』『秋麗』『壊雪盲』『宵の忌み口』『惨月』、この型を自在に使い分けて三日三晩戦えるって言われているわ」
「なるほど...」
『朝露小雨』、拳撃を空中から雨のように降り注ぐ技。
『昼化粧』、回転と捻りをうまく駆使して空中にいる相手にも衝撃を完全に叩き込む技、攻撃を受け流すような動きに似ていたためもしかしたら回避技としても機能するのかもしれない。
二つ使っただけでこれほどの被害と消耗だ、しかしここまで聞くとこちらからも言いたいことがある。
「それなんで先に言ってくれなかったんかなぁ!?」
「はぁ!?ていうかなんでアンタ知らないのよ!勇者一行が魔王討伐に行ってる間アイツ自分で散々吹聴して回ってたじゃない!」
「いや一言も聞いて...ぁぁぁぁそうだよなそういうことだよなぁぁぁ」
アイザックは勇者一行による魔王討伐の件を話でしか聞いたことがない、その時点ではまだこの世界にいなかったためだ。
思わぬ所での情報の伝達ミスに頭を抱える、しかし今自分の出立を話した所で信じてもらえるかどうかはわからないし、なによりそんな場合ではない。
「...わかった、とにかくこの技についての情報はあるか?」
「...わからない、私も話でしか聞いてないから...見たのはアレが初めて」
「...そうか」
「...」
「俺も少し休む、ここにくるまでに色んな所に魔力こめた魔道具ばら撒いて来たから暫くは撹乱できると思う」
「抜け目ないわね...勿体無いけど」
アイザック達のいる場所は民家の一つ、壁やドアの隙間から草が生える程劣化が激しくなっているが休むには十分な設備が整っている。
キッチンと思われる所から瓶に入った手のひらサイズの棒を見つける、アイザックの知識ではキッチンで使うものとしてはまるで用途のわからない割り箸のように細い棒だ。
「なぁ、これなにかわかる?」
「あら...フルーツバーじゃない...懐かしい」
「食えるのか?」
「子供のおやつよ、長持ちもするし...よく見つけたわね」
シオンの横に座り蓋を開ける、カラカラと音を立て出てくる紫色の棒を齧るとガムに近い食感とブドウの風味が口の中に広がる。
「...美味い」
「私にも頂戴」
「おぅ」
「ブドウ味がいい」
ブドウ味はおそらく紫だろうが、瓶の中を探っても紫のフルーツバーは出てこない。赤や黄色、橙色ばかりだ。
「もう無いみたいだ」
「じゃあアンタの頂戴」
「えっでももう齧ーーーー」
ーーーパキッ
「おいし」
「.............................」
アイザックはまるで凍りついたかのように固まり、自身の鼓動を静かに聞いていた。
「シオン」
「何」
「お前それ絶対人にやるなよ」
「なんのことよ」
「いや...なんでもない」
「...変なの」
静寂が辺りを包み込む、隙間から差し込んでいた光は徐々に小さくなり、それは日が落ち始めている事を示している。
「...で、本当に行くのか」
「うん、お願い...行かせて...家族の仇なの」
「...はぁぁぁぁ、わかった。でもやばいと感じたらすぐ離脱してお前を安全な所に運ぶからな」
「うん...アイザック」
「んだよ」
「ありがとう」
「なんだよ、急に素直になったな」
シオンが見せた表情は初めて出会った時よりも柔らかく、少女らしかった。
「お前は1人で背負いすぎなんだよ、なんかあったらミークやレーチェに言えよ」
「アンタは」
「俺でもいいけどあんま期待すんな」
「ふはっ...わかったわ」
「まったく
ーーーーーガァァァン!!
「!!」
「今の!!」
「見つかったか!?」
すぐ近くで爆音が鳴り響く、少しした後に砂利の雨が降り注ぎ屋根がコツコツと音を立てる。
『アイザァァァァァックーーー!!!』
「!?」
『エシャロットォォォォォーーー!!!』
「!?」
頭が割れるほどの大音量でドリンク=バァの声が王国中に響き渡る。
『俺ぁそろそろかくれんぼは飽きたぞぉぉ!!出てこなければ俺ぁ今すぐ王城の虫ケラ共を喰い殺ぉぉぉす!!10秒だぁぁぁ!!10秒で出てこいぁぁぁぁーーーーっ!!』
「そ、相当キレてる...ちょっと撒き過ぎたかな」
「ふぅ...よし」
シオンが武器と装備を整え手と剣を包帯でがっしり締め窓から飛び出す。アイザックもそれに続いて窓を開け飛び出そうとするが、ふと足元に立てかけている盾に気付く。
ドリンク=バァの一撃で盾は大きく凹んでおり、本来の役割としては機能しそうにない。
「コレ捨てていくのか?」
「さすがに邪魔になるわよ」
「じゃあこれもらってもいいか?少し手に馴染んでてさ」
「いいけど...」
「...さんきゅ」
「で、どうする...アイツ」
「うん...そういえば一個気になる事があったんだ」
「なに?」
戦闘開始時アイザックの『魔轟衝』がドリンク=バァに効かなかった、今までミーク達に使った時は普通に吹き飛んで行ったのにも関わらずドリンク=バァは意に介さず突っ込んできたのだ。
シオンの『ドレッドアレイスター』による雷光も効いていなかった、傷一つなかったのだ。
「...まだ、色々試してないからわからないけど...」
アイザックの中に過る一つの不安、考えればドリンク=バァは魔物の軍勢を1人で相手にしても蹴散らせる怪物だと聞いた。
だが軍勢の中にも魔法が使える者がいた可能性がある、レーチェ曰く実際に相手した軍勢の中にはセルシと同格の幹部も複数いたそうだ。
もし仮に状況に応じて多種多様な魔法を使う者がいたとして、近接戦闘しかできないドリンク=バァはどうやって殲滅できたのか、その疑問とアイザックがみた光景、それを照らし合わせると一つの結論に至る。
「もしかして...」
「?」
「.......そもそも魔法が効かない?」
「!!」
さすがに世界最強の武闘家とて魔王軍の軍勢相手に力だけで立ち向かえただろうか、いや無理だ、セルシの攻撃がドリンク=バァに通用していた所を見ると力だけでは突破するには無理がある。となると何かしら戦況を有利にする能力がドリンク=バァにあったとしか思えない。
端に耐久が高いとかではない、そもそも性質として魔法そのものが効いていないようにしか見えなかった。
「じゃあ...私の剣も効かないのも...?」
「可能性の話だけど...な、わからない、なにか確証がほしい...」
だが、今は呼んでいるドリンク=バァをなんとかするしかない、シオンは苦虫を潰したような顔で窓から飛び出た。
遠くなっていくシオンを見て急いで追いかける。ドリンク=バァ、依然として劣勢は変わらない、絶望的な状況と言える。
しかし、だからと言って決して勝つことのできない相手ではない、完全無敵の者など存在しない、なにかしら穴があるはずだ。
「シオン!!」
「えぇ、わかってる」
戦いの中でその穴を見極めろ、そうすれば世界最強の武闘家を打ち倒す事ができる、アイザックはそう確信していた。
しれっとミークに『魔轟衝』ぶっ放してるアイザッ君
次回投稿日は12/4 18:10!!
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