26話 開戦
「ふっ!!」
「キァガ!?」
アイザックは大きく跳躍し、「獣」の後頭部を掴み勢いそのままに地面に叩きつける。
ーーーグシャッ!!
頭蓋骨を割る鈍い音と感触が響くと共に「獣」は沈黙した。アイザックは頭を潰したと同時に勢いを受け流すべく地面を転がる。
「...やっぱ慣れないな」
「獣」を殺すのはコレが初めてではない、レーチェとの訓練で何度か経験している。最初はいざ目の前にすると恐怖で動けなくなり、数度これを繰り返し初めて殺した時は手が震えて止まらなかった。
「シオンは...?」
ーーーガッンッ!!
「ッ!!」
金属音がした方向を見る、シオンが投げた盾が「獣」の目に直撃、視界が奪われ声をあげようとする「獣」だが、シオンはこれを許さない。
「シッ!!」
剣を投げた、それは「獣」の喉に深く突き刺さる。怯む「獣」に一瞬で距離を詰め、喰らい付いた剣を横に強く引き抜く、首から赤茶けた飛沫が飛び、「獣」は倒れ伏した。
「すげぇ...」
一瞬の判断能力と投擲のコントロール、魔力を殆ど使わずにこの身体能力を誇る、これが戦士職。
盾を拾い上げたシオンはアイザックの視線に気付き振り返る。
「...何?」
「いや、かっこいいなって」
「...」
「え、何?」
「別に」
アイザックを一瞥し、早足で歩いて行くシオン、思惑が外れてガッカリしたような態度だ。
「なぁロットォ、今の何?」
「ん?あぁ、お嬢はお前に期待してたんだよ」
「何を?」
「お前がヘマするのを」
「なんでぇ!?」
それほどまでにシオンに嫌われているのだろうか、何かした覚えは...盾を無断で持ち出したなそういえば。
「大丈夫だよ、盾の件は気にしてない」
「じゃあなんでなんだ...?」
「お嬢はセルシさんと同じで1人で行動するのが好きなんだ、でもレーチェ様程の人に一緒に行けなんて言われたら断れないし、なんとか無様晒してそれを理由に帰らせようとしてんだ」
「なんだそりゃ」
「おっと、もうすぐ着くな」
街を歩いて数時間、王城が見えてくる。「獣」には殆ど出くわす事はなく、あっさりと王城まで行けたのが驚きだ。
「それじゃ、私達は一旦別行動ね」
「よし、こっちはこっちでなんとかするから、絶対に生きて帰ってこいよ兄弟」
「おう、お前らも危なくなったら逃げろよロッ...いや、兄弟」
ロットォと拳を合わせ別行動を取る、なるべく彼らから距離を取り巻き込まない所まで来た所で魔力を解放、ドリンク=バァをおびき寄せる作戦だ。
聞いたところによるとマンダカミアは生前より魔力の感知が苦手らしい、なので高い確率で来るのは感知ができるドリンク=バァだ。
「あいつら大丈夫かな」
「彼らも冒険者よ、ただの「獣」なら倒せるし人数が多い」
「そうだな...」
「...」
「...」
王城から歩いて数分、会話は一度もない、話しかけようにも話題が全く見つからない。思ってみればアイザックはシオンの事を恩人である事以外何一つ知らないのだ。
「...さて...この辺りでいいでしょう」
「あぁ...そうだな」
王城から離れた広場の中心に立つ、「獣」の気配は殆どしないので横槍を入れられる心配はない、広々としているのでここなら思う存分ドリンク=バァと戦えるだろう。
ーーーカッ!
「なんだ?」
「始まったようね」
王城から光が見える、「処理」が始まったのだ、彼らが肉塊を処理するまでの間アイザック達はドリンク=バァを引きつける必要がある。
あの光だと「獣」が引き寄せられる心配があるが、ロットォを護衛しているのは手練れの冒険者とレーチェなので陣形が崩れる事はまず無いだろう。
...ないよね?
「よし、こっちも始めよう」
「わかってる」
「魔力を解放したらすぐに移動、確認だけど時間稼ぎだから、迎え打つ必要はないぞ」
「わかってるわよ」
「...本当にわかってる?」
シオンの様子が変だ、剣を握る手に力が入りすぎている、今から激戦が始まるというのだから緊張しているのだろうか?いや、緊張ではない、もっと...別の感情。
「...お前倒すつもりじゃねぇよな?」
「......」
「おい」
「......」
「聞いてんのかお前」
「魔力出したら、アンタはどっか行ってて」
「嘘だろ...!!」
薄々おかしいとは思っていた、たった一人でドリンク=バァを相手しようなんて無茶を言っていた時点から何かあるのではと思った。
「時間稼ぎでいいって言ってたし言われてたよな!?」
「...」
「なぁ教えてくれ、なんでそこまで倒す事に固執するんだ。俺達の目的は肉塊の除去だろ?ドリンク=バァやマンダカミアは確かに危険だけどさ」
「...アンタは」
「え?」
「アンタは自分の家族を殺した仇を前に逃げ出すっていうの?」
「...」
「ドリンク=バァは...私の家族を皆殺しにした...今でも覚えてる、体を縦に引き千切られるパパを...喉を噛みちぎられるママを...頭を握りつぶされる妹を!!その仇がやっと現れたのよ!!今まで私は皆んなを守るために動けなかった...でも向こうから現れた...なら殺すしかないじゃないッ!!」
「シオン...」
「お願い...やらせて...私のわがまま...聞いて」
シオンはセルシ、ドリアと共に拠点を守ってきた一人。拠点にいた冒険者や魔族達の士気を高める姿はまさにリーダーと言えるものだったが、それ故にアイザックも、そして拠点にいた者達も忘れていた。
彼女はまだ幼い、それもアイザックとそれほど変わらない歳の。巡り合わせが良かったらまだ街で親の手伝いをしながら花を売っていたただの少女。
ドリアやセルシ程精神が成熟しているわけではない、打てば崩れる未熟な子供だ。
本当は拠点なんてどうでもよかったのだろう、拠点なんて捨てて今すぐにでも復讐に出たいと思っていたに違いない、だが根っこにある良心が自分の復讐よりも、力のない者達を守る理性の方を選んだのだ。
「...」
「もうこれ以上は誰も死なせたくないから...アンタはどっか行ってて...」
「無茶だ、死ぬぞ」
「やってみないとわからないじゃない、これがある」
剣を抜きアイザックに見せつける。
「これを奴の体にブッ刺して直接電流を流してやる、いくらドリンク=バァでも耐えられない」
「...俺はヤツの攻撃を見た。ヤツの打撃の威力は桁違いだ、あのナルボが木っ端微塵になった...そんなやつに接近できると思ってんかよ」
「じゃあ逃げろっていうの!?」
「そうじゃねぇよ」
自分は前にシオンに逃げろと言われ、逃げた結果シオンは重症を追った。ナルボに逃げろと言われ、逃げた結果ナルボはバラバラに吹き飛んだ。セルシに逃げろと言われ、逃げた結果セルシは死んだ。そして今回も彼女に言われて、自分は逃げるのか?
「...違ぇだろ」
アイザックは決意と共に、シオンの横に立ち魔力を込める。
ーーーーズァッ!!
背中の刻印が赤く光りだすと共に体から煙のようなオーラが立ちこめる、このオーラこそが「魔力」だ。
「アンタ...」
「誰かを置いて逃げるなんて...俺はもう2度としない」
あの時とは違う、今は戦う術を手に入れた、2度と誰も死なせないのはアイザックも同じだ。
「最初から戦うつもりならそう言えよな」
「...はぁ...なんなのよアンタ」
「あと俺はアンタじゃねぇ、アイザックだ」
「...わかったわよ、アイザック...」
「魔力」を出して数分、魔力を探知したドリンク=バァが直にこちらに来るだろう。魔力を出しながら剣を抜いて構える、シオンも盾と剣を構えお互いの背中を合わせ周囲に警戒する。
街の通りの奥に眩い光が見える。
「ミークだな、目視できるやつで誘き寄せるみたいだ」
「...」
「ごめん...集中するよ..............あ?」
「どうしたの...?」
「いや...待て...なんでだ?」
「だからどうしたのよ」
アイザックが感じる違和感、魔力は生きとし生けるものであればどのような者でも備わる生命エネルギーのようなものだ。なのでアイザックやシオン、ミークはおろかドリンク=バァのような武闘家であったとしても魔力を持っているとレーチェより教わっている。
レーチェの時もそうだったが、攻撃をする際は直前に微量も魔力を発生させるので感知できるようになれば奇襲も防げるのだ。
だからこその違和感...周囲に魔力を感じないのに...
ーーー死の風が吹いている。
「やべぇ!!!」
「ちょっ!?」
シオンの袖を引っ張りその場から大きく飛ぶ、すると...
ーーーゴシャァァァッッ!!
空から降ってきたのは大きな大理石の柱、それはまるで槍のように鋭く地面に深く突き刺さっている、これをまともに受けていれば二人共貫通どころかぐちゃぐちゃの肉片になっていた事だろう。
「ぅうっ...!?」
状況を理解し青ざめるシオン、アイザックがいなければ、自分が彼を突き放していたら自分は今頃...想像し吐き出しそうになる。
シオンは魔法は使えないが魔力の探知くらいはできる、できるようにレーチェに師事し修行を積んで、「獣」の奇襲は探知できる程度にはなっていた。
だが、魔力を感じなかった理由は至って単純。
魔力の索敵範囲外からの攻撃である。
「ーーーーードリンク=バァァァァァァ!!」
「おぅ、呼んだか?」
以前よりも流暢に発音をするドリンク=バァ、爽やかな声とは裏腹に醜く焼け爛れたミイラ姿はより一層の不気味さを醸し出す。
「待てシオン...待てってば!!」
「ぐぅぅぅ...!!」
「すごいなぁお前!完全に気配消したつもりだったんだけどバレたかぁ!」
「俺達をすぐ見つけられたのか?」
「何言ってんだ、誘ってたんだろ?」
「死ねぇッッ!!!」
「シオンッ!?」
ーーージャッ!!
シオンがドリンク=バァに雷光を放つ、紫光の稲妻は地面を走り抜けドリンク=バァを完全に捉える、しかし。
ーーーカッ!
「?」
全く効いていなかった。
「なっ!?」
雷撃が直撃したにも関わらずドリンク=バァは効かないどころか怯む事すらなかった、「堕ちた獣」は雷や炎といった熱による攻撃に弱いはずなのに全く効かなかった。
「なんでッ!!」
「シオン行くぞ!!」
「ちょっ!」
ドリンク=バァから背を向け走り出すアイザック、突然の逃走にシオンは目を見開き、すぐ様アイザックの後に続く。
「なんで!?奴を倒すんじゃないの!?」
「倒すよ!!」
「なんで逃げるの!」
「いいから...合図する!!」
「!!」
走る二人をドリンク=バァはただじっと見つめるだけ、追いかけるような足音はない。
「何で逃げれると思ってんだか...まぁ」
だが追わないわけではない、ドリンク=バァは静かに腰を下げ、腰、膝や足、足の指までありとあらゆる関節を折り曲げる。
「このドリンク=バァを舐めるなよ」
不気味な程に下半身を折り畳むその形はまるでバネのようであり、ミシミシと音を立てている。
そして...
「ーーーーーーッッ!!」
ーーーダァンッ!!
空気が震え、ガラスは衝撃と音波で弾け飛ぶ。瞬間風速はマッハに到達する程の超高速移動、まともに受ければ即死は必至、二人揃ってミンチの出来上がりだ。
しかし、アイザックはコレを読んでいた。
「死の風!!」
「ッ!」
「今だぁぁぁーーーーーッッ!!」
「だぁぁーーーーッ!!」
「!?」
タイミングは完璧、ドリンク=バァが高速で飛んでくるその瞬間、アイザックとシオンは振り返り迎撃の体勢を取っていた。
アイザックとシオンはそれぞれの刃をドンピシャのタイミングで振るう、狙うは首。
ドリンク=バァのこの技は生前も使っており、逃げる魔物への追撃や奇襲に使っていた。だいたいの魔物はこれで木っ端微塵になっており、これが命中しなかった事はかつてない。
だからこそ、これを読んで迎撃してくる展開はドリンク=バァにとっては予想外だった。
「くぉぉぉぉぉぉーーーッッ!!」
「なッ!?」
「チィッ!」
この技は一直線に飛んでいくので一度飛ぶと止まらない、しかし彼は世界一の武闘家「ドリンク=バァ」、試した事はなかったが対策はしていた。
刃が喉元に喰らいつく数メートル手前、体を丸ごと後ろへ捻り回転、勢いを完全に殺した。
二人の刃は喉を掠めるも致死には至らず、二人の間を通り過ぎた後、地面を蹴り抜いて距離を取る。
アクロバットな動きを見せ、見事な着地を決めてみせた。
「...惜しいッ!!」
「なんでアンタも首狙ってるのよ!!」
「悪かったよ!どっちがどこを狙うかの相談なんてする暇ねぇだろ!」
「あっはっはっは!!いやマジで焦ったよ、もっと連携が取れてたら今ので腕一本持ってかれてたかもなッ!なんでわかったんだ?」
「この前会った時、色んなとこにいきなり現れては暴れて行ったって聞いたからな、なんか高速移動系の技持ってんじゃないかって思った」
「なるほどぉ...はぁーッ、いやでも...お前。よく見たらこの前俺の前で泣きべそかいてた奴だよな?」
「....あぁそうだよ」
「やっぱそうだ!でもなんでタイミングまでわかったんだ?今の攻撃も魔力は完全に抑えてたはずなんだけどなぁ、ていうかこんな短期間でどんな修行したらそうなれんだ?」
「何もかもお前にはぜってぇ教えねぇよバーカ」
「ねぇ、あの城にある塊はなんなの!?「獣」の姿があまり見えないのと関係があるの!?」
そう、つい先ほど二体見かけたがそれ以降「獣」の影も形も無いのだ。
数度の遠征の中でもここまで遭遇しない事態は初めてであり、普段ならここまでの移動でも10や20はくだらない数で見かけるそうだ。
「教えて俺に得があんのか阿保」
「なっ!?」
「大体想像つくから教えなくてもいいよクズ野郎!!!」
幼稚な罵声を浴びせあい、お互いに駆け出す。絶対に負けられない戦いが始まる、一つでもミスを犯したら「死」。否、死より恐ろしい運命が待ち構えているのは想像に難くない。
セルシ、ナルボ、ラザニアを殺した世界最強の武闘家。否、『地獄の蟒蛇・ドリンク=バァ』との壮絶な仇撃ちが始まろうとしていた。
次回は11/30 18:10投稿!!
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