25話 ニュー・アイザック発進!!
2時間はあっという間だった、レーチェとアイザックが集合場所に向かうと既に何十人もの人間と魔族が集まっていた。
「今回の遠征で殆どの戦力を投入しとるからの、全滅したらこの拠点も終わりと思った方が良い」
「あぁ、そうだな」
討伐遠征、大きくアギト隊とファング隊に別れ行動、肉塊の元へ辿り着き破壊するのが目的だ。
破壊、というと派手に聞こえるが実際の作業は数人で術式を構築しレーチェの『昏黒・虚数孔』という魔法をぶつけるだけ。その作業の間動けない魔法使いを他の者達が守り抜くという単純なものだ。
問題のドリンク=バァとマンダカミアについては前者はシオンとアイザック、後者はミークが一人で相手をするという作戦になっている。
あくまでも時間稼ぎなので無理に詰めすぎる必要は無い、処理が終わるまで引き寄せるだけの単純だが命懸けの作戦だ。
「一応、二人が現れるまでは私とコイツはファング隊、ミークはアギト隊に入ってもらいます。レーチェ様はアギト隊に入ってサポートをお願いします。」
「コイツって」
「相わかった」
「みんな聞いて」
シオンの声に騒がしかった入り口が静まり返る、皆が注目している中シオンは続ける。
「今回の遠征、何が起こるかはわからない、だからあらゆる事態を想定して。私達は「運命の夜」で多くのものを失った。家族、友人、居場所、それぞれ失ったものは多く、そして大きい、どれもこれも二度と帰って来ない辛いものだってわかってる」
「...。」
「でも私達にはまだ「未来」がある、「希望」があるだから...守りきれ、どんな手を使ってでも...!!」
「おぉぉ!!」
「あんな腐った連中に、私達の未来を奪わせるな、「未来」を閉ざされるな!「希望」を犯されるな!切り拓くのは己の運命でも...はたまた!!指を加えて見てるだけの怠惰な神でもない!.....私達だ!!... 私達が切り拓くんだ...絶対勝つぞ!!」
「「「おぉぉぉぉぉーーーッッ!!!!」」」
「...生きて帰ろう」
湧き上がる歓声、高まる士気、雄叫びを上げる勇士たちの中心に立ち剣を突き上げる凛とした姿はまるで勇者のようだった。
アイザックも彼女の姿に思わず見惚れてしまった。
「...すげぇ...」
「おい」
「ぬぁ!?」
ケツを軽く蹴られ、振り向くとレーチェがアイザックをじっと見つめていた。
「な、なんだよ師匠」
「お前いつまでその服着てるつもりじゃ、そろそろ匂うぞ」
「他に服が無いんだよ」
アイザックはこの2ヶ月間毎日コンビニ制服を着続けている、毎日洗ってはいるが泥と血の汚れでかつてのカラフルな色合いはどこにもない。
「『研魔縫製』」
「は?」
ーーーバリィィィ!!
レーチェが詠唱を唱えると同時、アイザックの着ている服が爆音と共に弾け飛び、青く輝く魔力の糸となる。
「おぉぉぉいーーッ!?」
「黙ってろ」
魔力の糸が折り重なり体を包む、光の眩しさに思わず目を閉じてしまう。
「目開けていいぞ」
「ん...おぉ!?」
目を開けてみるとアイザックの着ている服が変化していた、黒色の薄く軽い鎧の上に赤いマフラーを巻いたような防御性よりも動きやすさに特化したといえる装備だ、ファンタジーでいう戦士というより盗賊を連想するデザインだった。
「そのマフラーがチャームポイントじゃ」
「かっけぇ!!ラザニアが着てたのに似てるな」
「アレもワシがデザインした」
「わーい!ありがとう!武器は?」
「ない」
「え!」
「ない」
「...武器は?」
「ない」
「...」
そして始まった討伐遠征、すぐに二つの隊に別れ行動を開始する。
王城を囲う壁は健在でありちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない、特殊な魔法が込められている城壁となっているらしい、そのため登って乗り越えることができず、東門と西門からしか入れない。
王城の規模は大きく入城してすぐ肉塊が見えるわけではない、門を潜った後は広場をこえて城内に侵入、先に進んだ所に中庭があり、その中庭に件の肉塊が蠢いているのだ。
まるで脈を打ちながらスライムのように屋根を這い出ては引っ込んでいく光景は中々にグロテスクだ。
「でもまぁ、まずは王国を切り抜けないとな」
アイザックとシオン、そしてファング隊が城壁にたどり着く、「運命の夜」以前は見上げるような城壁に囲まれた国だったが、その殆どは崩落しもはや見る影もなく瓦礫を越えられるなら自由にどこからでも出入りできる。
「ていうかアンタ、まともな装備に着替えたんだ?」
「前はまともじゃなかったってか?」
「そうは言わないけど、前職大道芸人とかなの?」
「カラフルだからそう思われても仕方ないか...」
コンビニのよくあるデザインだ、と言ってもそもそもコンビニがこの世界では存在していないため言っても理解されないだろう、なので説明は省く。
「...」
「何?このマフラー、カッコいいだろ、模様入っててさ」
「...」
ちなみにマフラーには模様に見えて実は文字が入っており、『頭のおかしいザック太郎』と書かれている。
「てかアンタ武器は?」
「この剣なら...」
レーチェに無理を言って拵えてもらった両刃の剣、剣といってもそれほど長くなく、かといって包丁やナイフほど短くもない、鍔のない軽さを重視した剣。
レーチェは「お前に武器はいらん」と言っていたが、敵が「堕ちた獣」である以上かすり傷でも危険なので武器はないに越したことはない。
「あぁ、それ...」
「なんだ見た事あるのか?」
心当たりがあると言うことはなにかすごい剣なのだろうか、『賢王』より賜った剣、きっと名のある鍛冶屋が打ったものなのだろう。
「レーチェ様がそれで背中かいてた」
「師匠ォ!?」
どうやら違ったようだ、聞くとこれは街の武器屋で100ギアス(日本円だと160円?)で買える安物だそう。それどころかレーチェはこれを剣ではなく孫の手の代わりにしていた。
名前は『鉱剣ナマクラ』、なんとまぁ酷い名前だ。
「剣で背中かくとか危ねぇだろ」
「まぁあの人見かけによらず頑丈だし」
「お前のそれは?」
「この剣?いいでしょ」
シオンの持っている剣、刃の部分に小さく黄色い線が走っている。『ドレッド・アレイスター』、チルド王国王城の武器庫の奥に眠る宝剣だ。魔力を流す事で魔法が使えない者でも簡易的な魔法を行使できる魔法武器。
この武器の場合は自身の魔力を「電流」に変換し放出できる、熱に弱い『堕ちた獣』対策だろう。
ちなみにアイザックのものとは違い、一本で上等の家が立つらしい。
「おい、そろそろ着くぞ」
ファング隊の一人の声で緊張感が高まる、森を抜けるとかつては城壁だったであろう瓦礫の山が目に入った。
一人ずつ静かに瓦礫を登り山の上に立つと3度目の地獄が顔を見せる。
先日よりも家屋の数が少なく、ドリンク=バァの虐殺やセルシの抗いがいかに凄まじかったかが分かる。
そのおかげか王城はすぐに目に入った、一番にアイザックが瓦礫から降りる、次に瓦礫から顔を見せたのはシオンだ。
「ん」
「.....」
転ばぬように手を差し伸べるが、シオンはそれを無視してアイザックの横を通り過ぎる。
「...」
「振られたな」
「うるせぇよロットォ」
ロットォ=キルツ、彼は今回の作戦の要の一人である男性の魔法使いだ。赤いローブと赤い髪を見ると炎系統を得意とする魔法使いだと分かる。
アイザックと年齢が近いのもあってか初対面でもすぐに打ち解けた。
「いい?ここからは上下左右全てに警戒しなさい。下、もよ。」
「「「了解」」」
下から来るかもしれない、という注意は当然だ。前にそれで犠牲になった者がいたのだから。
静かに最小限の足音で移動を始める総勢20人、固まらず遠すぎず、気配を消して歩みを進める。
「ッスゥーーーッ」
魔法使いであれば魔法を使って足音を消す事もできるが魔力を使えばドリンク=バァやマンダカミアに探知されてしまう可能性が上がる、今彼らと接敵すると犠牲が出てしまう。
「!」
「やっぱいるよなぁ...」
数は二体、「堕ちた獣」だ。一体は痩せ細り口の周りに血がこびりついている女性、もう一体は大男。
一般的に言うゾンビと違い視力はあるので見つからぬよう近くの影に身を潜める。
「変に叫ばれたらヤバいな」
「ん」
「ん?」
気付けばシオンがすぐそばまで来ていた、既に剣と盾を抜いており臨戦体制だ。
「アンタは女、私はあのマッチョを殺る」
「まじか?」
「行くわよ」
ーーーダッ!!
「まじか...!くそっ」
アイザックの返答を無視してシオンは駆け出す、アイザックもそれに続く。
小さな合図、小さな開戦、2人は「獣」に向かって駆け出した。
次回は11/28 18:10投稿!!
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