21話 魔法のすゝめ ー八つ当たり編ー
アイザック君一皮剥けます
朝起きるとミークがいなくなっていた。簡単な朝食を済ませ外に出るとレーチェが庭の中心で佇んでいた。
「あれ、師匠ミークは?」
「さあな」
「...師匠?」
「...」
「...なんだよそれ」
レーチェの両腕に装着された物々しい金色の巨大な手甲、装着部分からは蒼い炎が燃え盛りその武器が人の命を簡単に刈り取るものだとすぐにわかった。
「...師匠?」
「ふんっ!!」
ーーードンッ!!
レーチェは踏み込みと同時にアイザックとの距離を詰める。
ーーーガァンッッ!!
「ガッ!!?」
「...!」
そして放たれるボディーブロー、しかしアイザックは腕を滑り込ませる事で衝撃を和らげていた。
本来であれば腕は簡単に破壊され、それを貫通して身体を貫く威力はあるのだが...
「魔力の流れは掴んどるようじゃ」
「...なぁッ」
身体中に魔力を流す事で身体能力、および耐久力を上げる基本的な技だ。
「なんでだ!?今の...前の俺なら死んでたッッ!!」
「殺す気でやったからな」
防ぎ切ったもののアイザックのダメージは大きい、胃液が逆流し吐き出しそうになりならがもそれを抑え自分を殺そうとしている者の目を見る。
「...!!」
冷たい、レーチェの目は家に入り込んだネズミを眉ひとつ動かさず殺すような、冷たい目をしていた。
「なんで...なんで俺を殺すんだッ!?」
「お前がムカつくから」
「で、でもこの前は超気に入ったって...!!」
ーーーバキッ!
「ごはっ...!?」
「これからワシはお前を殺す気で行く、お前はここで篩にかけられるんじゃ。死にたくないなら、誰かを救いたいなら、守りたいなら、ワシに1発入れてみろ」
「ぐっ...や...やってやる!!」
そう言ってアイザックは立ち上がるが腰が引けている、どれほど修行を重ねても死を目の前にすると恐怖心が勝ってしまうのだろう。
「まだまだガキか」
ーーードンッ!!
「ぐぅぅ!?」
アイザックの目の前にいきなりレーチェが現れる、巨大な手甲を振りかぶる瞬間アイザックは咄嗟にガードを取る、しかし。
ーーーグチッ
「んぶっ...!?」
突如股間に衝撃が走る、なんのとは言えないが袋の中身が内臓に押し込まれたような圧迫感となんともいえない激痛が身体中を駆け回る。
「アホが」
レーチェはその手を振らず、足でアイザックの股間を蹴り上げたのだ。
「がぁ...!?」
「死は待たない」
握りしめていた拳を開き手甲の指先に備え付けられた鉤爪でガードしたアイザックの腕を深く切り刻む、腕は切断とまではいかずとも大きく裂け鮮血が舞う。
だがやられっぱなしのアイザックではなかった。
「だぁぁぁ!!」
「ふんっ」
レーチェの装備している手甲は攻防一体の武器だがその見た目が大きすぎるあまり超至近距離に入られるとその強みは無力化される、そこに気付いたアイザックは懐へ滑り込み打撃を加えようとする、だが...
「ぐっ!?」
レーチェの頬に拳を叩き込んだ瞬間、その頭が横に回転し衝撃が流されてしまう。
「懐に飛び込む勇気はある、が」
ーーードッッ
「がぁ...!?」
そして腹部にレーチェの前蹴りが突き刺さる、距離を作られた途端すぐさま手甲に切り刻まれ身体のいたるところから血が噴き出る。
「経験が足りない」
「がぁぁぁぁ!!」
痛みを押し込み立ち上がる、レーチェに向かってジグザグに駆けるがそこまで意味はないようだ。
「ふん」
ーーードッ!
「がぁ!!」
癖を掴まれ手甲の握り拳を正面から受けてしまう、激しく吹き飛び岩場に叩きつけられた。
「付け焼き刃」
「...まだまだぁぁぁ!!!」
立ち上がっては突き飛ばされ、立ち向かっては血を流す、アイザックの服は既に真っ赤に染まっていた。
「...しぶとい」
「...まだ死んでねぇ!!」
「...」
アイザックの目は、己のためではなく、誰かを守るための強い意志を宿している。大切な人をこれ以上失いたくない、誰も死なせたくないという、執念にも似た決意がそこにある。だが、その願いを叶える力がなく、無力さに打ちひしがれた弱者の目でもある。
「...」
だがレーチェは知っている。
全てを守るなど、全てを救うなど無理なのだと。
彼の前では語らないが、この大陸に置いて『賢王』とまで呼ばれたドゥルセ=デ=レーチェにはマンダカミア、ミーク含め複数人の弟子がいた。
歴史に名を残す逸材はこの姉妹を除いていなかったが、それでも人のためになる出来た弟子達だった。
だが、「堕ちた獣」によって殆ど全員が死んだ、人を助けようと獣の軍勢に飛び込んだ者も、魑魅魍魎の光景に恐怖しつつも1人でも人を救おうとした者も、等しく無慈悲に喰い合う獣と化した。
この病を治すため、眠ることなく解決策を追い求めた。何度も対策魔法を編み出し、研究を重ね、涙を流しても、病を癒す術は見つからなかった。
そしてレーチェはついに研究を放棄した。周囲の者たちがすべて死に絶えたその日を境に。
「...」
目の前にいるのは自分だ。この地獄、この状況をなんとかしたくて必死に醜く足掻いた自分そのものだ。
「最初はお前の事なんかどうでもよかった」
アイザックの言葉を思い出す。
『なんかしてあげたい』
自分の目的も不明瞭な愚か者だ、こんなバカがどのように成長し破滅するのか気になった、だから誰かに摘まれる前に修行をつけた。
ーーーバキッ
「ゃっ!!」
だがこの男は誰でも根を上げる修行をただ無言で打ち込んでいた、打ち込んで打ち込むほど、彼の事がわからない。
ーーードッッ!
「っ...!!」
「しぶとい...本当に、しつこい」
「俺は...しつこいぞッッ!!」
ーーードンッ
吹き飛ばされても、叩きつけられても立ち上がる、気持ちが悪い。能面のような顔のレーチェだがその心の中は揺らぎに揺らいでいた。
頼む、もう倒れてくれ。
ーーーゴッ
頼む、もう諦めてくれ。
「...ふぅ...ふぅ...」
「どうだ...修行の成果でてんだろ!!」
ーーーガッ
頼む、お前が諦めてくれないと。
「...」
ーーー私が惨めに見える。
わかってる、ただの我儘だと。自分勝手なのも承知してる。だけど、何千年を生きた私ですら成し得なかったことを、こんな少年が駄々をこねてやろうとするその姿が――もし本当にやり遂げてしまったら! 私は散っていった弟子たちに顔向けできない。あんな惨めで無様な自分には、とても耐えられない、耐えられない、耐えきれないッッ!!
だから耐えきれず血塗れのアイザックに対して叫ぶ。
「...そこまでやって...そこまでしてお前に...お前に一体何が救えるんだッッ!!」
心からの言葉が漏れてしまう。こんなガキが何度立ち上がった所でなにができる、誰を救える、しかしアイザックは
「何も救えない!!今のままじゃ何もッ!!」
これを即答してみせた。
「...!!」
「俺はこの世界に来るまでなんにもしてこなかった!!ただ理想だけを頭の中で追い続けるだけで...でもそれじゃだめだ!!ダメだったんだ!!」
アイザックはただの人間だ。何者でもない。秘めた才能も、輝かしい実績も、かつての勇者の転生体でもない。ただの学生、ただの一般人。現実の世界で努力を積み上げず、流れに身を任せて生きてきた者が、異世界に来たからといって急に何かを成せるはずがない。
「いまさら努力したとして何ができるッッ!!」
「なにもできないッッ!!」
「!」
「じゃあもっと努力するか、足りない!!まだ足りないッッ!!なぜなら努力は当たり前だからだ!!俺にはなんの才能もないッッ!!でも誰かを...ミークやシオンを守りたい...なら俺ができる事はひとつしかねぇだろッッ!!」
「...!!」
瞬間、アイザックはレーチェの目の前に迫っていた。全く見えなかった、だがアイザックの背後でなにかが爆発したのが見えた。これはただの踏み込み、無意識下で魔力をぶっ放した反動で飛んできたものだ。
だが、アイザックの腕が飛ぶ。
「!!!」
「...」
レーチェの魔法によるものだ、振りかぶった拳を腕もろとも切断した、これで自分に1発も入れられない、これで終わりだ。
そう思った。
「がぁぁぁぁあああああああーーーッッッ!!!」
「ッッ!?」
だが、アイザックは止まらない。腕を失い、血を撒き散らしながら、なおもレーチェの懐に強引に飛び込む。レーチェはその目を見た。アイザックの内に燃える狂気と、揺るぎない覚悟を。
「全部だ!!全部ぶつけんだよッッ!!」
「!」
「ーーー命賭けるしかねぇだろうがァァァァッッ!!!」
「...
...異常じゃ」
次回は明日11/20 18:10投稿!!
修行パートラストになります!
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