12話 苦悶の果てに夢は続く
ーーーーー衝撃。
叫んだと同時に全てが吹き飛んだ、ドリンク=バァも、『堕ちた獣』も、散らばっていた瓦礫も、何もかもが。
ただ、大きく吹き飛んで行った。
「....あ...ぁあ?」
来るはずの痛みが全く来ない、不思議に思ったアイザックが辺りを見渡すとそこはなにもない更地と化していた。
「....ガァアッッ!!」
積みあがった瓦礫を吹き飛ばしドリンク=バァが現れる、ダメージは一切ないようだがこの瞬間の状況を理解できずにいる。
「...な、なんだ...今のは...?」
「はぁ...はぁ...なんだ?」
アイザックも何が起きたのかわからない、セルシの援護射撃が間に合ったのだろうか、それともミークが何かしらの魔法を使ったのか。
「何が...起きたんだ?」
『走れッッ!!』
「!!」
脳内に聞こえるセルシの叫びで我に帰る、ミークをかかえドリンク=バァとは真逆の方向に向かって走り始める。『堕ちた獣』はあたりに散らばっており、起き上がるのには時間がかかるようだ。
「逃すか...!!」
ーーードッッ!!
「ぬぅぅ!!」
再びアイザック達を仕留めようとドリンク=バァが動き出すが、セルシの飛ばした矢によって妨害される。
「鬱陶しぃァァァーーーーッッ!!」
「...ミーク、もう少しだ!」
「.....」
ひたすら走る、今度こそ彼女を連れて帰る、途中何度も『堕ちた獣』が行手を阻むがなんとか掻い潜り脱出する、初めは恐怖で震える事しかできなかったが慣れてしまえばただ顔がグロいだけのノロマだ。
何度も服を掴まれ引き裂かれたり、喉を齧ろうと飛びかかって来たりもしたが、執念で無理やり押し通した。
「はぁはぁはぁ...ぁはぁ!!」
「アイザック!」
城壁付近にたどり着くとセルシが空から降り立つ、よほどの激戦だったのか服装の至る所が焼けこげ頭からは血を流している。
「ごめん...ミーク頼む」
「あぁ...『死は敵ではない』」
詠唱を唱えるとミークの顔に生気が戻り始める、セルシが持つ最大級の回復魔法のようだ。
「しばらくは絶対安静だがひとまずは大丈夫だ」
「...ありがとう」
「それとこれを」
セルシに渡されたのはパンパンに膨れ上がった麻袋、中を確認すると見たことのない草や虫の死骸、歪な形をしたキノコ、そして「秘薬草」も大量に詰め込まれていた。
「これだけあればシオンは助けられるだろう」
「シオン...?」
「あの少女の名前だ」
「シオン...シオンか」
できれば名前は帰った時に聞きたかったけど...シオン...いい名前だな。
「ごめん、俺今こいつ担いでてさ...悪いけど自分で持ってくれないか?」
「無理だ」
「え、なんで...」
「.......やられた」
「...え?」
セルシが袖を捲り上げるとそこはまるで齧られたかのように肉がえぐれており、その部位を中心に変色を始めていた。
「な...なんだよ..これ、え?」
「かすり傷ならなんとかなったかもしれないが...ここまで抉られたらどうしようもない」
「な...え?何...言って...」
「俺は...ここまでだ」
その言葉の意味、それをアイザックは少しずつ理解し始める。
「う...ぅぅうううう!!!」
「奴らはすぐここまで追いかけてくるだろう、俺が時間を稼ぐ」
「そんな...ごめん...ごめんなさい...!俺のせいで...俺のせいでみんなが...あぁぁぁぁ!!」
これ以上自分も死にたくない、誰も失いたくない、そう思ったらこれだ。自分がシオンという少女を助けたくて言い出した事によってこのような惨状を引き起こしてしまった。
溢れ出る涙と嗚咽が止まらない、罪悪感で今にもはち切れそうだ。
「あぁぁぁああああぁぁぁあーーッッ!」
「アイザック...『鎮静魔法』」
唱えた詠唱によってアイザックは無理やり落ち着きを取り戻す、それでも胸に込み上げる苦しみは消えることはない。
「はぁ...はぁ...!」
「アイザック、お前のせいではない。お前が言わずとも誰かが言っていた、シオンはそれ程に人望があったからな」
「はぁ...はぁ!」
「シオンを助けたい者だけが、今回の遠征に参加していた。そのためには死ぬ事も覚悟していた、だからお前は悪くないんだよ」
「で...でも...でも!」
「確かにマンダカミアに続きドリンク=バァも出現したのは想定外だった、だがそれは事故みたいなもんだ、そうだろ」
「......」
「だがこれでシオンは助けられる、あの子はそれ程までにいなくてはならない存在なんだ、俺たちの犠牲は無駄ではなかった」
「......」
「...そろそろお話の時間は終わりだな」
空気を裂くような高い音が近づいてくる、それも二つ。ドリンク=バァとマンダカミアだろう。
「ミークの魔力を探知したんだ...あいつら魔力を探知できるって言ってた...!」
「ミークの...?そういえば...俺が渡した布はどうした」
「吹き飛んだよ...どっかで」
「そうか...いや、まぁ、いい...」
「え?」
「アイザック...いや、藍村咲太郎。多分お前は帰ると拠点の連中に責められると思う、それも拠点にはいられなくなる程にな、最悪追放も覚悟したほうがいい、事情あれど結果的にお前は多数の犠牲をだした疫病神だからな」
「......わかってる」
「もし追い出されたら...南の方へ征け、ずっと南に、山を超えろ。そしたらマナタン帝国にたどり着く、そこからさらに南へ征き、海を渡れ。」
「海を渡ったら...どうなるんだ?」
「.....その先にある島まで行くと...元の世界へ帰れる」
「!!!!!」
元の世界...それは藍村咲太郎が帰りたいと思っている、元の世界...。
「なんで知って...!!」
「来るぞ!」
ーーーードゥン!
突風と舞う砂煙で視界が遮られる、それはセルシとの会話を断ち切ると同時に『堕ちた獣』から逃げる最初で最後のチャンス。
「走れッッ!!」
「ぐぅぅーー!!」
言われるがままに一目散に走り出す、後ろは向かない、何があっても絶対に振り向かずに走り続ける。
「なんで俺に...俺にそこまでしてくれるんだよ」
『...お前はあの人の「意味」だからだ』
「!」
これがセルシの最後の通信、以降頭に声が響く事はなかった。
...
声も爆音も聞こえなくなってどれほどの時間が経ったのだろうか、街が見えなくなってしばらく経つと記憶に新しい道が現れる。
「.....」
辿り着いた...20人の遠征から帰って来たのは、たったの2人。みんな死んだ、セルシもラザニアもナルボもドリアも、みんな死んだ。
洞窟に入ると複数の人間と魔物に囲まれ、ミークは直ぐに治療室へ運ばれる、アイザックは自分達がいた部屋に戻り傾いたベッドに倒れ瞼を閉じる、この間ずっと涙が止まらなかった。
...
目を開ける、今は何時だろうか、昨日ならセルシが訓練疲れの自分とミークを叩き起こしてる時間かもしれない。
「........」
部屋を見渡す、今朝は嫌がるミークを引きずりだしたりと大騒ぎになったのをよく覚えている。しかしその騒動は夢だったかのように部屋は静かだ。
「.......」
食堂と言われていた部屋へ行くとそこは誰1人の影も見当たらなかった、おそらく寝静まった時間か、起きるのが早すぎたのかもしれない。
「.......」
壁から流れ出る水を飲むとまた部屋に戻る、横になると同時にラザニアとナルボ、セルシの最後の姿がフラッシュバックしまた泣いた。
「.....頭痛い」
さすがに寝過ぎたせいか、頭痛が止まらず起き上がる。
「また水を飲もう...」
部屋から出て洞窟内を歩く、洞窟の中であって空気は冷たく、水の流れる音が延々と響き渡っている。
角を曲がると人影が見えた、普通なら軽く会釈をして通り過ぎるところだが、目に映ったものを見て足を止めざるを得なかった。
「あ...」
「ん...」
長い茶髪の自分と同い年くらいの少女...まだ包帯は取れていないが首元にはマフラー、皮で作られた軽量重視の鎧と猫のような鋭い視線、少し怖いがその歩く姿はまさにアイザックや遠征で犠牲になった者たちの命を賭けた意味そのもの。
涙が溢れる、彼らの犠牲は無駄ではなかった、そう思っただけで救われた。
シオン=エシャロット、それが彼女の名前だ。
「あ...えっと...」
「.......」
彼女の手元には管の長い植物、おそらく治療に使った薬草だろう、余ったのでリハビリがてら返しに行くところなのだろうか。
「......」
「始めまして...アイ...ザックだ、この前は助けてくれてありがとう」
「.....」
「えっと...何?」
まじまじとアイザックを見つめるシオン、冷たい視線とハーブのような香ばしい臭いに緊張が走る、そして...
ーーースパァンッッ!!
「痛ぁい!!」
「盾返せクソ野郎ッッ!!」
「ごもっともですッッ!!」
...持っていた薬草でこれでもかという程殴られた。
「な、なにやってるですかーーーッッ!!?」
たまたま通りがかったミークが悲鳴を上げる、こうして涙は引っ込み新たな日常が始まった。
一人一人の物語が「最悪の結末」で終わっても、彼らの物語は終わらない。
希望が潰えぬ限り、彼らの物語は「閉ざされた結末」じゃ終われない。
いつか『反撃』の時が来る、その時まで少しのお別れ。
戦慄廃国チルド 蹉跌編 完
皆様お疲れ様でした。今回で『蹉跌編』は終了となります。次回から『反撃編』が始まりますが、その前に少し番外を挟みます。
セルシ視点での「第一話 始まりはハッピーエンドの後だった」が前後編でスタートします、この世界の真相がちょっとだけ判明します。
次回投稿は11/9 18:10!!
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