11話 デッドエンド
ーーーナルボの一撃は確かに当たっていた、大斧は頭の頂点に直撃し刃が深く減り込んでいる、これが普通の人間なら即死である。
「ケ...カカカ」
しかし相手は『堕ちた獣』、動く屍であり世界最強の武闘家、どういうわけか頭を叩き割った程度では倒れない。
「...あ」
ふと見えたドリンク=バァの拳、赤く燃えるように発光している。
その時、アイザックは理解した、『何が起こったのか』を。落雷が落ちたかのような一撃と同時に発せられた閃光、それはナルボのものではない、ドリンク=バァの技だ。
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ーーー空力加熱によって発生する発火現象。
飛行機などの物体が高速で移動する際、空気との圧縮によって物体が加熱され、それは速度が上がれば上がるほど温度も比例して上昇する。
そして一定の温度を超えると発光し燃え上がる、アイザックが昔見た本によるとだいたい物体の速度がマッハ2か3を超えると発火し焼失するという。今この瞬間見た閃光の正体は音速を超える拳なのである。
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勝てるわけがない。
音速を超える一撃など人の身で耐え切れるわけがない、ナルボは一撃を与えた直後、ドリンク=バァによるカウンターで木っ端微塵になった、文字通りの、木っ端微塵に。
無慈悲な血の雨が降り注ぎ辺りは真っ赤に染まる。
「うぅぅぅ...ぅぅうううう!!」
しかしナルボの時間稼ぎは無駄ではなかった、この間にもアイザックはミークを担ぎ上げ、家屋の脱出に成功していたのだ。
何もできないのが悔しい、あまりにも惨めで情けなくて、それでも走るしかなくて、ただひたすらに無力。
「.......」
拳から光が消えるのを確認したドリンク=バァは足元に広がる赤い水たまりの中から一つの塊を探し出し、それを口の中に放り込む。
「カカカ...カ...あがが...が」
「...!?」
信じられない声が聞こえたのでアイザックは悟られないよう振り返る、今のはナルボの声だ。
「...うぅ!!」
ドリンク=バァからナルボの声がする、今飲み込んだのはナルボの声を構成する器官だろうか、それを自分の体に取り込んだと言う事なのだろうか。
いや、そんな事はどうでもいい。今はとにかくこの場を離れることが最優先だ、ナルボの死を無駄にしてはいけない。幸いにもドリンク=バァはアイザックを見失っており、あたりを見渡している。
アイザックは音を立てないように少しずつ、影に隠れながらその場を離れようとしていた。
ーーードンッ!!
「アローハ〜」
「なっ!?」
突風、そしてアイザックの前に現れニタリと笑うドリンク=バァ、強すぎる風によって周りの瓦礫が音を当てて形を崩す。
隠れながら進んでいたので見つかるわけがない、そう思っていたのにも関わらず、ドリンク=バァはこちらに向かって一直線に飛んできたのだ。
「な...なん...で!?」
「魔力だ、人間誰にでも流れる魔力を私は探知できるのだよ。今でも溢れ出続けるその魔力...見つけて欲しいのかな、お前?」
ミークの魔力を探知して来たというのか、しかし彼女はかろうじて呼吸をしているが少しの刺激でもすぐに血を吐いてしまう程に衰弱しきっている。
「ぐ...うぅぅ!」
遠くで聞こえる爆音、おそらくセルシとマンダカミアが戦闘をしている音だ。
「援護射撃を期待しているのだろう?無駄無駄無駄、マンダカミアが本気をだせば数分も持たんよ。あ、こらこら逃げるな...ケケ!!」
ドリンク=バァを背に走ろうとしたアイザックの前には無数の『堕ちた獣』が這い出る、完全に行手を阻まれてしまった。
ーーーガッ!
「!」
「?」
後頭部軽い衝撃が走る、振り返るとドリンク=バァがアイザックに石を投げつけたようだ、しかし痛みはない。
「...なるほど、『転送障壁』か、しかしもう効果はないようだな」
そう、『転送障壁』の2度目の無効化、大事な一回はここで無駄に使うこととなってしまった、即ちもう後はない。
「ケタケタ..クカカ」
「はぁ...!はぁ...!」
「知ってるか...?人間の脳は恐怖を感じると美味い液を分泌するんだぜ...?」
「はぁ...はぁ...!」
「⬛︎⬛︎⬛︎...」
前方にはドリンク=バァ、後方には『堕ちた獣』、セルシの援護射撃は期待できない、残された時間はあと数秒、即ち絶望。
「う...うぅぅぅ!!」
死にたくない、死にたくない、せっかく昨日生きて帰ってこれたのに。
もちろんわかっている、自分の我儘でみんなを巻き込んで、今日何人死んだ?自分があの少女を助けたいと思ってこの遠征を嘆願して、そのせいで数多の犠牲を出して、それでも自分は死にたくないと心の中で思ってる、なんて我儘で自分勝手な餓鬼なのだろう。
「...」
「ミーク...ごめん...ごめんよぉ...俺のせいで...俺のせい...で!」
「...」
何も考えずとも、体がミークを降ろし抱き寄せる、無駄だとわかっていても本能的に彼女を守ろうとしている、意味などないのに。
ーーーナルボ、ごめん、アンタの特攻、完全に無駄だったよ。
「ふふふ...安心しろよ、その子はマンダカミアの妹だろう?同胞に免じて腕一本で勘弁してやるよ...カカカゲ」
「...嫌だ、やめてくれ...!この子は自分の意思で来たわけじゃないんだ...頼む!」
ミークは最初からこの遠征を拒否していた、それでも自分は無理やりでも連れて来てしまった。
筋を通させるためとか、それっぽい理由を頭の中で言い聞かせておきながらその本心は自分の心細さを誤魔化したかったからでしかない、だからミークは何も悪くない、全て自分が悪いのだ。
「だめだめだぁめ、お前も死ぬその子も死ぬ、我々の腹は満たされる、それで終わりだよ」
「あ...あぁぁぁ!!」
「がァァァァーーッッ!!」
ドリンク=バァが牙を剥き出し満面の笑みで歩いてくる、後ろからも『堕ちた獣』が涎を垂らしながら躙り寄る、どちらが先かはわからないが、少なくとも自分が詰んでいるのは日の目を見るより明らかだ。
嫌だ、死にたくない、痛いのは嫌だ。この子も助けてくれ、自分のせいなんだ、でも自分も死にたくない、誰も死んでほしくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!!
「あぁぁぁあああああああああーーーッッ!!」
アイザックはただ、腹の底から...
ただ...無我夢中に
...叫ぶ事しかできなかった。
...
...
...だがその瞬間だった。
...ドリンク=バァは弾け飛んだ。
次回で『戦慄廃国チルド 蹉跌編』は完結です。
次回投稿は11/8 18:10!!
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