10話 殺す事しかできぬ木偶の坊
ーーー頭が割れるような高笑いの次に襲ったのは人体を軽く吹き飛ばす衝撃だった。
ーーーガァァン!!
「んあが!?」
「ギャッ!!」
バキッ
盾で直接の衝撃は免れたがまともに受け身も取れず壁に叩きつけられるアイザック、ナルボはかろうじて堪えたようだがそれでも無事ではない。
「痛...くない!!」
ミークのかけた防御魔法、『転送障壁』により2回のダメージを無効化する。これで1回、次ダメージを受けたら後はない。
「ミーク、大丈夫...か!?」
「が...がふっ...」
「な、なんで...!?」
そこにいたのは目を見開き痙攣しながら血を吐き続けるミークの姿、アイザック同様ミークも受け身を取れず吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた時に折れた肋骨が運悪く肺に刺さってしまったのだ。
「なんで自分に使わなかったんだよ...!!」
「...げはっ...ヒューッヒューッ」
もしかしたらこの魔法、『複数同時にはかけられない』ということなのだろうか、それならどうして自分にかけなかったのか。
「いけない!彼女を早く安全なところへ連れて行かねば...しかし!」
「...がっ」
「動くなミーク!な、なにか、どうすれば...!!」
「...!...!」
何かを小さく詠唱したミークの体が小さく緑に光る、先日も訓練で見た鎮痛魔法と回復魔法だ、受け身に慣れない最初はこの魔法に世話になった。
ミークの表情が少しずつ穏やかになるが、口から出る血の勢いは止まらない、どこかで治療しなけらばならない。
ーーーその時、背中に冷たい何かが走る。
「あ...あ...」
立たないといけない、立って彼女を担いでその場から逃げないといけない、逃げないといけないのに体が動かない。
「カキ...コカカ...クケ」
乾いた骨と腐った声帯から漏れ出る不気味な鳴き声と素人のアイザックでも肌でわかる凄まじい闘気、出会った事のないアイザックでも自分の背後にいる怪物が何者かなんとなくわかる。
「ドリンク...バァ...!!」
振り向くとそこにいたのは黄ばんだボロボロの包帯に巻かれた身長2メートルを超える長身の男、包帯によって浮き出る筋肉は武闘家としての実力を物語っている。顔も包帯で巻いているため確認できないが隙間から見える赤く鋭い瞳がより一層の緊張感を漂わせる。
「...キカ...クカカ...」
手にぶら下げている丸い玉のようなものを持ち上げる。それは玉ではなく生首であり、アイザック達がよく知る顔だった。
「ラザニア...!?」
「...!?」
生首の根本の断面にドリンク=バァの手が躊躇なく突っ込み後頭部に口をつける。その時生首だけとなったラザニアの目がカッと見開き大量の血を吐き出しながらそれでもラザニアは声を上げた。
「すごいでしょぉぉ全然痛くないのぉぉ!みんなもこっちおいでよぉぉーー!!ぎもぢいぃぃいぃぃぃよ!」
「うぅ...!?」
「悪趣味な...!!」
ラザニアのそんなセリフ聞きたくなかった、怒りと不気味さと混乱で吐き気がする。
彼女はそう言いながらも顔は笑っていない、苦痛に満ちた顔をしていた、むごい、見てられない。
「ケ...ケケケ!」
「何...笑ってやがんだ...」
ケタケタと笑うドリンク=バァ、まるで野良犬を木の棒で弄ぶ子供のような無邪気で邪悪な笑み。今にも殴りかかろうと踏み出すが、それを静止したのはナルボだった。
「離せ!」
「ダメですぞアイザック殿!君では手も足も出ずに殺されてしまう!」
「う...!」
確かにそうだ、自分よりずっと強いであろう他のメンバーを皆殺しにするような相手だ、この世界に来るまでダラダラと生活していた自分が行ったところで勝てるはずもない。
「ドリンク=バァは生前からそうでした、相手を挑発してカウンターを入れる戦術を得意としてました...ここまで酷くはありませんでしたがな」
「...ごめん、俺はどうすればいい?」
「うむ...まずですが...」
ドリンク=バァはラザニアの生首をまるでボールのように転がし弄んでいる、こちらの作戦会議が終わるまで待っているような...そんな余裕すら感じる。
「この辺りにほかの『堕ちた獣』の気配はありませぬ、敵は奴1人...」
「うん」
「ミーク殿は一刻の猶予もないでしょうな、セルシ殿であれば上級回復魔法の心得があります故、彼との合流が第一優先でしょう」
「うん...」
上級...魔法に階級とかあるのかわからないが、会話から察するにミークの今の現状を打開できる事は間違いないようだ。
ふとミークの方を見る、吐血は止まっているが呼吸をするのがやっとのようだった。
「セルシ殿は我らを捕捉している筈...問題は我々が今屋内にいる事、セルシ殿の弓の射程圏外でありなんとかして外にでないとなりませぬ」
「あ、そうか...」
屋外へ出ればかつて勇者一行と戦りあったであろう魔王軍幹部セルシの援護射撃が期待できる、少しでも足止めができるならその分生存率も上がる、しかし最大の問題がまだ残っている。
「奴を前にどうやって逃げるか...だよな」
「うむ」
相手は遠くにいるドリア班やチーノ班を壊滅させた後一瞬でここまで飛んできた至高の武闘家、そう簡単に隙を見せるとは思えない。
「それは心配に及びませぬ、足止めは私めがやりますので」
「なっ」
突然の申し出、しかしそれは無謀な提案だ。
相手は魔王軍の軍勢を相手にしても生きて帰った豪傑、それを1人で相手をするなど自殺行為だ。
「ダメだナルボ...1人でどうにかなる相手じゃねぇだろ!」
「では2人がかりでやりますかな?ミーク殿を放っておいて?」
「う...それは...」
「この状況ではそれが最善なのです、屋外にさえ出られればいい、その一瞬の時間稼ぎができればいいのです」
『その通りだ』
「セルシ..!」
先程の軽い頭痛とともに響く見知った声、セルシはやはりこちらを捕捉していたのだ。
『こちらからでは中の状況が確認できない、外に出ることがザザ...できれ...ザザ』
ーーーガァン!!
「セルシッ!?」
ノイズと共に聞こえる爆音、それはセルシのいる場所でも何かしら戦闘が行われていると言う事だ。
『現在、魔法使いマンダカミアの襲撃を受けている、交戦中だが捕捉は続けているので作戦には支障はなザザザ』
ーーーガァン!!
『外に出る事が最優先だ、脱出した瞬間その建物もろとも俺の弓で吹き飛ばす』
「それは良い提案だ!もしかしたらドリンク=バァに一泡吹かせられるやもしれませぬな!」
「で...でも!」
はたしてドリンク=バァがそれを許すだろうか?セルシの捕捉に勘付いている可能性もあるのに。
「アイザック殿、彼女を抱えて走りなさい」
「は?」
「判断ミスでした、緊急避難とはいえこの屋内を避難場所として選んでしまった私の責任です」
「...!」
呼吸が苦しくなる、責任、それを言ってしまったら、倒れているミークを連れてきたのは...。
「大丈夫、1分は稼いで見せますとも」
「....」
ナルボの巨体と軽々と振り下ろす斧は彼が歴戦の戦士である事が窺えるが、それでもドリンク=バァに太刀打ちできるかは微妙だ。否、無理だ。アイザックのような素人でもわかるレベルの闘気を纏うドリンク=バァ相手に生きて帰れるとは思えない、それにーーー
「一回でも掠ったらアウトなんだろ」
「ほう」
昨日の少女の件でなんとなく勘づいてはいた、軽い傷を受けただけでもあの疫病は感染する、ゾンビ映画に出てくるウイルスと同じだ。
「...その通りです」
「くそっ...やっぱりか...」
感染する疫病と世界最強の武闘家、これほど厄介な組み合わせはこの世に存在するだろうか。奴の攻撃一つ一つが感染の恐れがある、ただのゾンビ映画では味わえない絶望感。
「...気休めにしかならねぇけどな」
「ん?」
アイザックは赤茶けた制服を脱ぐとそれを2枚に破り分ける、破り分けた布をナルボの腕に巻き付ける。
「いざ噛まれそうになったらそれを噛ませろ、効果あるかわからんけど...傷つく事なく隙を作れる」
「ふふふ、感謝いたしますぞ」
テレビで見たゾンビの対処法として挙げられているものだ、防御と同時に動きを止める役割がある、この世界で役に立つとは思わないがないよりはマシだろう。
「...ちょうど、私の息子も君くらいの歳でしたかな?」
「なんだって?」
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ーーーユリウス=ナルボは王宮に仕える処刑人の一族だった。
初めて人を処刑したのは15の頃、負傷した魔族を匿ったとされる女性が彼の初めての相手だった。
彼の斧は女性の首を一撃で落とせず苦しませてしまった、彼女の苦痛に歪んだ顔を今でも鮮明に覚えている。
親に言われてひたすら腕を鍛えた、筆よりも斧を持つ回数の方が次第に増え、ひたすら罪人の首を落とし続けた。それがユリウス=ナルボの人生であった。
積み上げた首の数が500を超える頃には彼の一族は霧散し、各々が経っていった。残ったのはただ首を落とすことしかできない無機物の大男だった。
「ねぇあなたって今暇?」
「...?」
放浪し、ふと立ち寄った酒場で女性に話しかけられた。
「今ちょっとパーティ探しててさ〜」
「私は冒険者ではありませぬぞ」
「ほんとに?そのぶっとい腕と引っ提げてる大斧...冒険者でなかったらなんなのよ?」
「なんなのでしょうな」
「あっはっは!アンタ面白いね!」
出会った女性の名はタイマイア=ラザニア、彼女は彼が出会ったことのない太陽のような、温かい女性だった。
これがラザニアとナルボの出会い、この後は特に語ることのない冒険者家業の始まり。様々な出会いと結婚によるラザニアの引退、自身も守るべき家族ができ、首を落とすことしかできなかったこの腕を誰かを守るための腕に昇華し、処刑人ではなく1人の父親として安寧を享受していた。
ーーーあの夜に全てを失うまでは。
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「私は家族を失いラザニア殿こそが私の生きる意味でありました、それすら失った今...もう生きる意味などないと思っておりました」
「...」
「正直、君達を見捨てて自害するつもりでいましたよ。しかし2人の会話を聞いて...そうですなぁ、やるべき事を思い出しましたな」
「やるべき事?」
「貴方達を無事に帰す事です。貴方は我々にとっては希望であり、未来なのです」
「....」
そして、ナルボは覚悟の決まった険しい顔でドリンク=バァの前に立つ。
「...」
ーーーグシャッ!!
ドリンク=バァは弄んでいた彼女の頭を踏み潰した。血飛沫と脳漿が飛び散るが、この惨状を見ても尚ナルボは心身共に山の如く揺らがない。
「きっと、ラザニア殿も同じような事をしたでしょうな、ははは...スゥーーー」
ナルボは静かに息を吸い込む、そして...
ーーーーゴゥン!!
大斧を地に突く衝撃と轟音、大気が揺れる。
「おおぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」
その咆哮はナルボの覚悟の現れ、そして鼓舞。
ーーードッッ!
地面もめり込む踏み込みと振り上げた斧、巨体で成せるとは到底思えないスピードで一気に詰め寄る。そしてドリンク=バァの目の前に突如現れる鬼神。
踏み込みによる地の揺れによりドリンク=バァが一瞬体勢を崩す。
「ギッ!?」
ドリンク=バァが迎撃の態勢を取ろうとするが、ナルボの方が一手早い。既に首を取らんと大斧を振り下ろそうとしている、時間稼ぎなんてかったるい、ここで仕留める気だ。
「ーーーー取った!」
「行け!」
ーーーいける、そして...
ーーーーーッ
まるで爆弾のような威力と閃光、爆音を間近で受け、羽織っていた布は吹き飛び、頭が一時的に麻痺する。
「ーーー!」
自分の頭を掻き回し落ち着きを取り戻した後、方向を見定めひたすら走る、瓦礫に足を取られながらもドリンク=バァが壊した壁から脱出を試みる。
「...寒い...」
アレだけの威力だ、たとえ勇者一行の1人だとしてもまともに喰らえばタダでは済まないだろう。ナルボの安否を確かめるため、少し振り返ってみる。
「ナルボ....え?」
「.......」
「.......」
ーーーナルボがいない。
そこにいたのはフラフラと佇むドリンク=バァただ1人、彼の前に広がるのは赤い水溜り。
「.....テヲ...ジユウニ...サセルナヨ」
「あ...ぁぁぁああ!!」
大斧はドリンク=バァの頭に食い込んでいるがダメージを受けているように見えない。
「.....カカカ!!」
最後に立っていたのはドリンク=バァだった、乾いた高笑いが響き渡る。
20人の調達遠征、残り3人。
次回投稿は11/6 18:10!!
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次回、アイザック君プチ覚醒します
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