第21話 閑話 愚か者たちの陰謀・下
「しかし、どうすればいいのでしょうか。クリスティアナ嬢がドラゴラム帝国の皇太子妃になったら、もしかしたら我が国との国交は断絶するかもしれませんね。殿下が婚約破棄をしたせいだとなると、殿下の責任問題になりかねません」
ジャクソンは言外に、何か問題が起これば、デイモンドが責任を取らなくてはいけなくなると示唆する。
言葉に詰まるデイモンドの腕に、ニーナが自分の腕を絡ませた。
そしてまだ婚約者でもないのに体を密着させて下から見上げる。
「だったら、お姉様がシリウス様と結婚できないようにすればいいんじゃないかしら」
その提案にジャクソンは眉をひそめたが、デイモンドは良いアイデアだと言わんばかりに手を打った。
「それはいいな。だが、どうやって?」
ニーナは口元に人差し指を当てて、こてんと首を傾げる。
「たとえば……別の恋人を作る、とか」
一瞬デイモンドはニーナが何を言っているのか理解していないようだった。
しかしすぐにその内容を吟味して破顔する。
「なるほど。それはいいな! では、あの女を呼び出して罠にかけよう。あのトカゲもどきは、臭いに敏感だと言っていたから、クリスティアナに他の男の匂いがつけば耐えられないだろう」
「では、お姉様の母親の形見を渡すと言ってお城に招くのはいかがですか?」
良い事を思いついたというように、ニーナが両手を合わせる。
その笑顔にはひとかけらの罪悪感もない。
なぜ、クリスティアナの母の遺品をニーナが持っていることを疑問に思わないんだ。
貴族らしい微笑みを浮かべたまま、ジャクソンは心の中で呆れかえった。
ジャクソンは考えた。
ここでデイモンドを止めたほうが得策か、それとも計画を父に報告して確実にデイモンドを廃嫡させるための罠にするか。
「殿下、お待ちください。それは――」
さすがにその計画は卑劣過ぎると思ったガレンスが、デイモンドを止めようとする。
だがデイモンドは「うるさい!」と一蹴した。
「リスクなど承知の上だ。計画は完璧だ。お前たちは黙って協力すれば良い」
デイモンドの目がギラリと光る。
ガレンスは一瞬助けを求めるようにジャクソンを見た。
ジャクソンが緩く首を振ると、肩をすくめて「分かりました」とだけ答えた。
だがその時、突如として場の空気が一変した。
低い足音が近づき、次いで現れたのは獣王ザックだった。
ライオンの獣人にふさわしく、たてがみのようにふさふさとした黄金の髪が木漏れ日を浴びてキラキラと輝き、風に揺れる。
シトリンのような輝きを放つ黄色い瞳が一行を見下ろし、冷ややかな光を宿した。
その体格は鍛え上げられており、黒い軍服のような衣装をまとった姿は、威風堂々としたものだった。
「ずいぶんと面白い話をしているようだな」
彼の低い声が響き、場の全員が息を呑む。
突然現れた獣王国の支配者に、デイモンドたちは圧倒された。
デイモンドは咄嗟に言葉を失い、ニーナは怯えたような顔で一歩後ずさる。そして、その場の緊張はさらに高まった。
だがすぐにニーナが切なげな声でザックに訴えかけた。
「獣王様、これは私たちの家族の問題ですわ……どうかご容赦を……」
ザックはシトリンのような目でニーナをじっと見つめたが、興味なさげに視線を逸らし、じっとデイモンドを見据えた。
「お前たちの計画、少し聞かせてもらった。クリスティアナをどうにかするつもりらしいが、少し手助けしてやろうかと思ってな」
「手助け……だと?」
思わぬ言葉にデイモンドが目を細める。ザックは肩をすくめて、軽く笑った。
「俺が協力すれば、お前たちの計画はもっと確実なものになる」
「……どういうつもりだ?」
ジャクソンは警戒心を隠さず問いかける。
力がすべてという風潮の獣王国の王が策士だという話は聞いた事がないが、だからといって、この男が強さだけで何年も王の地位に君臨しているはずはない。
きっと何か裏があるはずだ。
ザックは薄く笑って、ジャクソンの正面にある木の幹に背を預けた。
「単純な話だ。俺はアキテーヌの女王という存在に興味がある。クリスティアナがどうなるか見極めたいだけだ」
ニーナが少し不安げにザックを見上げた。その薄青の瞳が揺れている。
「本当に協力してくださるのですか?」
ニーナの声は震えていたが、その甘えたような響きは彼女の愛らしさを際立たせていた。
ふさふさとした黄金の髪を揺らしたザックが、薄い笑みを浮かべて彼女を見下ろす。
その目の奥に獣人としての本能的な冷たさを隠し切れていなかったが、ジャクソン以外に気がつくものはいない。
「もちろんだとも。だが、その代わりに、お前たちの計画に加わることで得られるものが俺にとっても魅力的でなければ意味がない」
ザックの言葉には冷徹な計算が感じられた。
彼のシトリンのように輝く瞳が、一行を順に見回す。その瞳に射られたデイモンドが、一瞬息を飲む。
デイモンドたちは顔を見合わせた。ジャクソンは僅かに眉をひそめ、無言のままザックの動きを見極めている。ガレンスは目を伏せ、不安そうな表情で沈黙していた。
そしてニーナはデイモンドの袖をそっと掴み、小声で囁いた。
「デイモンド様、きっと獣王様はお力になってくださいますわ」
ニーナの声は震えつつも希望に満ちていた。彼女の小さな手の温もりがデイモンドに伝わる。
彼女のためなら、何としてでもクリスティアナを陥れなければならない――その思いが彼の胸を支配しているのだろう。
しばらくの沈黙の後、デイモンドはゆっくりとザックのほうへ歩み寄った。そして、彼の目を見据えながら手を差し出した。
「分かった。協力を得よう。だが、裏切れば容赦はしないぞ」
ザックはその手をじっと見つめ、わずかに口角を上げた。
次の瞬間、その大きな手がデイモンドの手をしっかりと握り返した。
「裏切る気なら、最初から話に乗らんよ」
握られた手の力強さに、デイモンドは一瞬押されるような感覚を覚えた。
不敵な笑みを浮かべたザックの瞳の奥で、別の計算が静かに蠢く。
ニーナはホッとしたように微笑みを浮かべ、ガレンスは緊張した面持ちでそっと視線を下ろす。
一方、ジャクソンは僅かに眼鏡を押し上げ、その行く末を冷静に見守っていた。
獣王がこの計画に乗るというのは予想外だが、仕方がない。
うまくいけば、ドラゴラム帝国も、獣王国も、そしてアキテーヌの女王も手玉に取れるかもしれない。
ジャクソンの脳裏には、自分に向けられる、父を超える輝かしい名声が浮かぶ。
風が吹き抜け、木々の間からはらはらと葉が舞い落ちる。
それぞれの思惑が複雑に絡み合う中、デイモンドは静かに計画の一端をザックに明かし始めた。
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