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第28話 今にして思えば、彼は一度も怒ってなんかいなかったんです/15

 ☪



「断る」


 期せずして決闘をすることとなり、屋敷の中庭へと移動したソルラクは、しかし使用人の申し出をきっぱりと断った。


 申し出の内容は、彼の持つ剣を預かるというものだ。


 決闘とは言え、それは名誉や命をかけたものではない。流石に真剣……ましてや魔刃で行うわけにはいかず、それを預かるという使用人の申し出は正当なものだ。


 その一方で、大事な魔刃を見知らぬ誰かに預けるのを嫌うソルラクの気持ちも、リィンにはよく分かった。


「では、わたしが預かるというのはどうでしょうか?」


 リィンがそう申し出ると、ソルラクは少しだけ考えるように彼女に視線を向けた後、ややあって鞘ごとカレドヴールフを手渡した。


「ありがとうございます。大事にお預かりします」


 ずしりとくる剣の重みに彼からの信頼を感じるような気がして、リィンは両腕でぎゅっとそれを抱きしめる。


 ソルラクは代わりに刃をつぶした剣を受け取ると、クナールと相対する。


「さあ、お嬢様。危ないですからお下がりください」

「……はい」


 使用人からそう言われて、リィンは二人から距離を取る。


 クナールは剣を引き抜き、何事か呟いた。ソルラクが受け取った長剣に比べて長大で、両手で振るう剣だ。


 クナールが何を言っているのかは、リィンの位置からでは遠すぎて聞こえない。だからリィンは目を閉じ、『図化』の魔術を使った。


 空間を直接把握するこの術であれば、声が聞こえなくとも空気の振動として彼の言っている言葉を知ることが出来る。


「……それにしても随分とたらしこんだものだな」


 クナールは侮蔑を隠そうともせず、ソルラクにそんな事を言っていた。


「まだガキだがそんなに抱き心地がよかったか? 金だけで満足していれば痛い目を見ることもなかったろうに」


 その言葉の意味を、リィンは正確に理解できたわけではない。


「まあこれからは俺たちがお前の代わりに具合を確かめてやるよ」


 だが、リィンとソルラクの双方が、酷い侮辱を受けているということだけは分かった。


「黙れ」


 短く、端的な言葉。リィン自身も言われたことのあるそれは、しかし彼女に向けられたときとは全く違う鋭さを秘めていた。


 かつてそう言われた時、リィンは怒られたのだと思った。彼の気分を害してしまったのだと。


 だが、違った。


 遠く離れ、それを向けられているわけでもないリィンでさえ震え上がってしまうほどの怒気。彼が怒ったところなど、今の今まで一度も見たことがなかったのだと、リィンは気づいた。


「旅刃士風情が……! 貴様など魔刃が無ければ何も出来まい!」


 クナールは鋭く踏み込み、両手剣を振るう。それに対しソルラクの手にした剣は片手用で、その一撃を受け止めるにはとても頼りないように見えた。


 だがソルラクが剣を走らせると、まるで魔法のように音もなくクナールの刃は空を切った。


「何っ……!?」


 体勢を崩すクナールの懐に潜り込むようにしてソルラクは一歩踏み出し、空いた左手で彼の服を掴む。そしてそのまま、クナールを思い切り投げ飛ばした。


「がっ……!」


 クナールの身体は小石のように地面を転がり、壁にぶつかって止まる。ソルラクは悠々と歩み寄ると、その喉元に剣の切っ先を突きつけた。


「ソルラクさんっ!」


 蓋を開けてみればあまりにもあっさりと決まった勝敗に、リィンは歓声をあげる。魔刃が無くとも、ソルラクはやはり強いのだ。彼は剣を鞘に収め、リィンの方へと歩いてくる。


「ソルラクさん、後ろっ……!」


 その背後でクナールが立ち上がり、剣を振り上げる。同時にその刃が、炎を纏った。


「ガキを押さえてろっ!」

「きゃっ……!」


 リィンの側に控えていた使用人が、彼女を押さえつける。すぐさまリィンを助けようと走るソルラクの目の前を、炎の爆発が遮った。


「あなたは、昨日の夜の……!」


 その爆発音には覚えがあった。リィンたちが泊まった宿の壁を壊した爆発だ。


「どこまでも手を焼かせやがって。炎刃ラヴァティン! 奴を燃やし尽くせ!」


 名を呼ばれると共にクナールの剣が真っ赤に染まり、炎を生み出す。そしてソルラクに向かって投げ放たれた。


 魔刃を渡さないと。リィンはカレドヴールフを抱えたまま、使用人の腕をするりと抜ける。


 近距離転移。

 今のリィンの魔力ではほんの数歩ほどの距離が精一杯だが、奴隷商人から逃げ出すときには役に立ってくれた術だ。それを連続で使って、彼女はソルラクの元へと急ぐ。


「ソルラクさんっ!」

「来るな!」


 だが、間に合わない。炎はソルラクの眼前まで迫っていて、剣を抜く暇すらない。仮に抜けたところで、爆炎を防げるものとも思えなかった。


 それでも、リィンはもう一度だけ転移を使ってソルラクの胸元に飛び込む。彼を目の前で死なせてしまうくらいなら、自分も共に死にたい。そう思ったからだ。



 ☀



 飛び込んできた小さな体を、ソルラクは両腕で抱きしめる。

 炎刃ラヴァティン。あれはかなり強力な魔刃だ。自分の身体を盾にしても、リィンを守りきれるかどうか。だが、やるしかない。


 細切れのように時が過ぎる世界の中で、ふと、一瞬リィンとの目が合う。

 するとこんな時だと言うのに、彼女はふっと微笑んだ。


 綺麗だ、と思った。


 この美しくも愛おしいものを守りたい。心の底からそう思うのに、その為の時間は残されてはいなかった。


 爺さんの言う通りだ。敵を前にした時は、決して剣から手を離してはいけなかった。流石に敵という確信はなかったが、少なくとも彼らがリィンの味方でないことは、最初からわかっていた。


 誰一人として、リィンの身体を案じなかったからだ。


 藪を抜けて足に擦り傷を作ったことがあった。

 男に襲われ、腕にあざを作ったことがあった。

 慣れない料理で指先を怪我したことも、不慣れな旅路に豆を作って潰したこともある。


 ソルラクは出来る限りで彼女を守ってきたが、それでもリィンは無傷ではいられなかった。そんな傷を、彼らは確認しようともしなかった。


 その時点で、全員叩きのめすべきだったのだ。

 ソルラクはそう思うが、もはや手遅れだ。破壊の気配が背後に触れ、轟音と閃光、そして衝撃が迸り──


 そして二人の身体を、爆煙が包み込んだ。



 ☆



「だからさ! ほんと、言葉が足りないにも程があるってば!」


 おかげで間一髪だったじゃないか。そう内心で愚痴りながらも、ニコは叫んだ。


 『奴は敵だ』


 ソルラクはそうニコに言い残し、屋敷の奥へリィンを追いかけていった。その言葉が気になって、ニコは退去するふりをして屋根の上から様子を伺っていたわけだが、流石にこうなればどちらが悪党かという事くらいはニコにもわかる。


 だが、本当にギリギリだった。ソルラクに向けて放たれた炎を万刃ドゥリンダナで切り裂きつつ、二人を刃で包み込んで衝撃から守る。あと一呼吸遅ければ、二人とも無事では済まなかっただろう。


 ソルラクがなにか言いたげに、ニコを見上げ。


「……助かった」


 ぽつりと、だがはっきりとそう言った。


「……大概チョロいなあ、僕も」


 あのムッツリ男がお礼を言うなら、わざわざこんなこそ泥みたいな真似をして屋根に潜んでいた甲斐もあった。そう、思ってしまったのだから。

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