11.格の違い
金も地位も権力も……いざという時に自分の命も守れない力に、何の意味があるんだ?
「くそっ」
あの時、俺はビビっちまったんだ。
言葉にじゃない。
あいつの纏う覇気を感じて、背筋が凍る感覚があった。
「……恥だ」
この俺が、貴族の中でも選ばれし者であるこの俺が!
平民の、しかもド田舎から来た世間知らずに気圧されるなんて。
そんなことあっていいわけがない。
次に会った時には必ず……必ず思い知らせてやる。
格の違いを!
◇◇◇
ラルドスに案内されたのは訓練室だった。
試験で使用されたのは屋外、彼が手配したのは屋内。
殺風景な白いタイルが張り巡らされた四角い部屋。
許可さえあれば誰でも借りることができるそうだ。
奥まで歩いて進んだラルドスが立ち止まり、振り返る。
「ここなら誰に邪魔されることもない」
「それはよかった。じゃあさっそく始めようか」
俺はラルドスに背を向けて後方へ歩く。
「この辺りからでいいか。二人は壁のほうへ下がっていてくれるか?」
「レインさん……」
「大丈夫なんだろうな?」
二人とも心配そうに俺を見つめる。
ラナはともかく、リールまでそんな顔をするなんて意外だった。
俺は笑って応える。
「心配ない。俺に勝てる奴なんて、千年前も先もいない」
「……大層な自信だな。どこから湧いてくるんだ? そんな根拠のない自信」
ラルドスが語り掛け、俺は彼のほうへ振り戻る。
「自信じゃない。確信だ」
「……ふっ、せいぜい調子に乗ってるといい。すぐに鼻水垂らして惨めな姿をさらすことになるんだからなぁ」
「そういうのはいいから。始める前にルールの確認だ。武器の使用、魔術、異能なんでも使っていい。殺す以外で相手を倒すか、降参させれば勝ちだ。いいな?」
「ちっ、ああ」
ラルドスは不服そうに頷く。
不満があるのはルールではなく、俺の態度のほうだろう。
わかった上で俺はさらに煽る。
「先に宣言しておこう。俺はこの戦いで、魔術も武器も使わない」
「――なんだと?」
「もちろん異能もない。この身一つでお前を倒そう」
「レインさん!?」
俺は不敵に笑う。
必要以上に煽れ。
相手を苛立たせろ。
そうして冷静さを奪えば戦いを有利に進められる。
というのもあるが、結局、俺は単にあいつが嫌いなだけだ。
「調子に乗るなよ。ハンデは俺が出すべきものだ」
「だったら好きにすればいい。お前も使わないならそれでもいいぞ? 負けた時の言い訳にできるからな」
「なめるなって言ってるだろうがぁ!」
激昂と共に彼の魔力が荒だたしく高ぶる。
すでに戦う気満々だ。
「開始の合図はいらないな」
「後悔するなよ! 死なない程度に痛めつけてやる!」
彼は両手を左右で広げる。
両手に魔力が集中していくのを感じる。
「燃えろ、高ぶれ、灰になるまで」
術式の詠唱。
今のは炎の術式の……。
「ヘルフレアか」
彼の両手から紅蓮の炎が立ち昇る。
ヘルフレア、炎を操る術式の中でも高火力、広範囲に攻撃ができる。
「うん。悪くはない」
「全身の皮を燃やし溶かしてやるぞ!」
両手を合わせ、左右の炎を融合しさらに巨大化させる。
そのまま前方に手をかざし、炎の渦を放つ。
「が――」
「その減らず口ごと燃え尽きろぉ!」
「少々練度が足りないな」
刹那、炎がかき消される。
渦巻く業火の跡はなく、熱風が仄かに周囲に吹き抜けるのみ。
場を静寂が包む。
「ば、馬鹿な……」
最初の静寂を破ったのはラルドスの声だった。
動揺からか震えている。
「な、なにをしやがった!」
「見ての通り、弾いただけだ」
俺はラルドスに右手の甲を見せる。
甲からはわずかに煙が出ている。
「弾いた……だと? て、てめぇ魔術は使わないって」
「使ってない。ただ炎を弾くのに術式を使う必要がどこにある」
「な、なに言ってやがんだ。素手で俺の炎を防げるわけねーだろうがぁ!」
彼は声を荒げ、はぁはぁと息を乱す。
相当動揺しているようだ。
目の前で起こったことが理解できずにいる。
この程度のこともわからないのかと、俺は盛大にため息をこぼす。
「魔術とは魔力を様々な状態、性質に変換したもの。術式で生み出された炎も、元をただせば魔力だ。ならば魔力で打ち消せる」
俺の右手は魔力による肉体強化を施されている。
肉体強化は体内で魔力を循環させるものと、肉体の外に魔力を纏うタイプがある。
俺の場合はその両方を同時に行っているだけだ。
右手の甲に纏った魔力で、彼の炎を弾き飛ばした。
難しい技能でも、特別な能力でもない。
「ヘルフレア、術式は悪くなかった。だが使い熟せていない。術式の操作は荒く、威力もお粗末だ。要するに練習不足、幼稚ってことだ」
「俺の魔術が……幼稚だと。ふざけ――!?」
再び術式を発動しようとした彼の手を掴む。
彼には見えなかったかもしれない。
ニ十歩以上離れていた距離を一瞬でつめ、俺は彼の眼前に立つ。
「まずは魔力操作の練度を高めろ。その程度の力量で術式を使うな。術式が可哀想になる」
「て、てめぇは!」
殴りかかろうとした彼より速く、俺の左拳が彼の腹を凹ませる。
「ぐ、え……」
「お前はいろいろ間違えてる。力の使い方も、その意味も、価値も……」
倒れていく彼を見下ろしながら言う。
「いつの時代も、力のあるなしが優劣を決める。だがそれでも、他人の人生を狂わせる権利なんてないんだよ」
俺がこいつを嫌いになった理由。
それはこいつの考え方が、やっていることが、かつて俺たちが戦った魔神と似ているからだ。
力に物を言わせて弱者をいたぶり、支配する。
平気で他人の自由を奪う。
そういうやり方を俺は心から嫌悪する。
だから――
「これを機に反省しろ。そして学べ。ここはそのための学び舎だろう?」
すでに意識のない彼に背を向ける。
聞こえていなくても構わない。
ただの独り言だ。
「ゆっくり学べばいいさ。せっかく平和になったんだから」
間違いを正す時間はいくらでもある。
成長するんだ。
そうでないなら、いつか人ではなくなってしまうから。






