第96話 VS大ネズミ3
「てーい」
「キー……」
「え?」
大ネズミに回復薬を飲ませてから三時間。延々と続いた酷い泥仕合は、唐突に終わりを迎えた。
「な? はぇ? ……あぁ、やっと効果が切れたのか」
倒れた大ネズミをエクスカリバーでツンツンと突いてみるが、大ネズミはピクリとも動かない。
「勝った……やっと終わった」
僕は思わずエクスカリバーを手放して、地面にゴロリと寝転がってしまった。
「疲れた……。いや、疲れてもいない? いや、やっぱり疲れただろ」
回復薬が効いているので肉体の疲労はない。ただ、精神的にはとても疲労している気がする。
たぶんトータルで三時間以上、それだけ戦闘を続けていたんだ。そりゃあ疲れる。モンスターが出没する危険な森の中なのに、思わず寝転がってしまう程度には疲れている。
「まぁ、たとえどんなモンスターが出てきても死にはしない。ボア百頭の集団に轢かれたとしても、死にはしないさ……」
さっき追加で回復薬を飲んだばかりなので、たぶんあと一時間くらいは無敵のはずだ。
自分の体と大ネズミの体で行った実験の結果――回復薬は、十ミリリットルで一時間ほど効果が持続するということがわかった。
回復薬のビン一本が百ミリリットルだから、回復薬一本で十時間だ。
「十時間か。もし大ネズミに一本全部飲ませていたらと考えると……震えるな」
三時間でも十分に地獄だった。十時間なんて、考えただけで震える。
それに、十時間も戦っていたら夜になってしまう。いつまでも村に戻ってこない僕を心配して、捜索隊が派遣されていたかもしれない。
そして発見される『大ネズミと泥仕合を繰り広げるアレク少年』か……。一瞬微妙な空気が流れた後、大ネズミの異常性に気付いて大騒ぎだっただろうな。
「それにしても、すごいな回復薬……」
紛れもなくチートだ、チートアイテムだ。
チート過ぎるおかげで、ひどい目に遭った。
こんないかれたアイテムに、『回復薬』なんて普通の名前をつけないでほしい。
「……こんなことなら、ツノウサギで実験すればよかった」
いくら大ネズミが弱いとはいえ、さすがに無抵抗で引っ掻かれたり、噛みつかれたりしたら危険だ。
その点ツノウサギなら危険はない。ツノとかいっても、刺されても大して痛くもない丸っこいツノだ。適当に三時間モフっているだけで、回復薬の効果も切れただろう。
それでも僕が大ネズミでの実験にこだわったのは、何故か『回復薬の実験は大ネズミでやらなければいけない』と思い込んでいたからだ。
……なんでだろう? モルモットだからだろうか?
ソロハンター生活十日目辺りで、『別に大ネズミじゃなくてもよくない?』ってことには気が付いたが、今更別のモンスターで実験するのもなんだか悔しくて……。
それにまぁ、大ネズミなら酷いことをしても別にいいかなっていう……だってネズミだし……。
「いかん、このままぼんやりしていたら眠ってしまいそうだ」
なんとなく地面に寝転がったまま、ここ三週間のことを振り返っていたが、このままだと寝てしまう。さすがにそれはまずい、回復薬の効果も切れてしまう。
というわけで、のっそりと立ち上がると――
「うわぁ……」
改めて辺りを見回すと、なかなかに凄惨な現場が広がっていて、陰鬱な気分になった……。
なんかもう、そこら中に大ネズミの一部が……。
「どうしよう、これ……」
打ち倒した大ネズミと、その周りに散乱した大ネズミの一部……。どうしよう、持って帰る? 持って帰って食べる?
……なんだかあまり『帰ってネズミを食べよう』という気持ちにならない。この回復薬で促成栽培された大ネズミの一部は、食べても大丈夫なんだろうか?
とはいえ、このまま放置もしづらい。他の野生動物がこのネズミ肉を食べたらどうなるんだろう……?
まぁ特にが何か起こるとも思わない。思わないけど、もしかしたら……。
「……できるだけ頑張って埋めるか」
◇
「さらば大ネズミ……。お前もまさしく強敵だった」
とりあえず、大ネズミは全部埋めて、心の中で合掌しておいた。
どうやら三週間前の僕も、『回復薬を投与した大ネズミはそのまま埋めよう』と考えていたらしく、マジックバッグの中にはシャベルが入っていた。
なのでそのシャベルを使い、一生懸命穴を掘って埋めた。
なんだかとんでもない重労働だった。
なんせ量が多い。大ネズミ十体分くらいの量があった気がする。
途中で回復薬の効果も切れてしまい、疲労を感じるようになったが、追加で回復薬を服用することはやめておいた。
ここで使ってしまうのは、なんだか危ない使い方な気がして……。
その後エクスカリバーを回収して、弓を回収して、百本近い矢も回収して――ただの棒も一応回収した。
大ネズミの口を開かせるために使った棒だし、そのまま捨てていこうかとも思ったけど……なんとなく捨ててはいけない気がしたので、とりあえず水の魔道具で少し洗ってから、マジックバッグに放り込んだ。
「さぁ帰ろう、もう疲れた。今度は正真正銘、本気で疲れた」
帰って休もう。というか、帰ったらしばらくのんびりしようかな……。
思えば今日もそうだし、この三週間はちょっと頑張り過ぎた気がする。狩りも少しお休みして、のんびりしようか。
そうだな、のんびりしよう。のんびりスローライフを送ろう。
――転生後に貰ったチートでとても酷い目に遭ったので、田舎でのんびりスローライフを送ろう。
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