第95話 VS大ネズミ2
「おおおぉ……」
少し離れた場所から回復薬を飲んだ大ネズミを観察していると――瀕死状態だったはずの大ネズミは、見る見るうちに回復していった。
「すごいな……。手とか新しく生えているじゃないか、ピッ◯ロさんみたいだ……」
さすがは神の回復薬。部位欠損すら完治するのか。
「あ、起きた」
ぐったりと地面に横たわっていた大ネズミが、すっくと立ち上がった。
自分に何が起こったのかわからないのだろう、立ち上がった大ネズミは不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。
とりあえず動きを見る限り、新しい手も問題なく使えているように感じる。
「あ、気付かれた」
大ネズミがこちらを見ている。観察していた僕に気が付いたようだ。……どうしよう。
「いやまぁ、どうしようもこうしようも――やるしかないか」
やるしかない。
せっかく復活したばかりの大ネズミではあるが、申し訳ないけど討伐させてもらう。
君のおかげで回復薬の効果は確認できた。せめて痛みを知らずに、安らかに死ぬが良い――
「やー!」
「キー!」
こちらへ向かってくる大ネズミの頭部目掛けて、僕は全力で矢を放った。
矢は大ネズミの頭部を貫き、一撃で大ネズミは絶命し――――あれ?
「キー」
「え? 外した?」
矢を放った瞬間、大ネズミは一瞬だけ怯んだものの、再びこちらへ突進してくる。
……外した? この距離で? おかしいな……全力で射ったから手元が狂ったのかな?
「って、やばいやばい。めっちゃ迫ってきてる。やー、やー」
「キー」
「…………え?」
僕が続け様に放った二本の矢は、大ネズミの頭部と首筋に突き刺さった。突き刺さったのだけど――大ネズミは矢が突き刺さったまま、こちらへ突進してきた。
「え、なにそれ……。脳と頸椎に、ガッツリ入ったよね? というか入りっぱなしだと思うんだけど……? なんで生きて――――回復薬?」
え、そうなの? そういうことなの? もしかして回復薬は効果が持続するの?
あ、もしかして僕が最初に放った矢も、ちゃんと命中していたのか?
脳を貫通して、その直後に回復薬が脳を修復した可能性が――って、そんなのどうしたらいいんだ?
脳を破壊しても復活するとか、まるっきりチートじゃないか、ズルいぞ!
「キー!」
「え、待って待って。と、とりあえず『パラライズアロー』!」
「キッ!」
「お? よしよし、さすが『パラライズアロー』だ」
『パラライズアロー』の効果により、大ネズミは硬直して地面に倒れた。
少しだけ考える時間が稼げて安堵する僕。しかし『パラライズアロー』の麻痺状態は、それほど長くは続かない。……さて、どうしたものか。
「とりあえず、安定の『パラライズアロー』コンボを決めるか……」
ずいぶん接近されてしまったので、今一度大ネズミと距離を取ってから、弓を構える僕。
「やー、やー、『パラライズアロー』、やー。やー、やー、『パラライズアロー』、やー――」
これで倒せるといいんだけど……。
◇
「倒せなかった……」
百本以上の矢を体に受けてなお、未だ健在の大ネズミ。
大ネズミの周りには、僕が放った矢が無数に散乱している。てっきりハリネズミ状態になるかと思ったけど、刺さった矢はすぐに大ネズミの体から抜け落ちた。
どうやら回復薬の効果で、自動的に異物を体内から排除しているようだ。至れり尽くせりだな……。
まいった。このままだと矢が尽きる。というか、その前に僕の魔力が尽きてしまう……。
「仕方ない――やるしかないか」
本日二度目の『やるしかないか』だ。
僕は覚悟を決めて、弓を手放す。そして弓の代わりに、マジックバッグから剣を取り出した。
仕方ない、やるしかない。ここからは――剣による接近戦だ!
『パラライズアロー』の効果が切れてこちらに向かってくる大ネズミに、僕は剣を構えた。
「製作日数五ヶ月の、世界樹の剣こと――『聖剣エクスカリバー』だ。剣の錆にしてくれるぞ、大ネズミ!」
ユグドラシルさんの枝、すっごく硬いのよ。ちょっとずつしか削れなくて、完成まで半年近くかかってしまった。
ちなみに戦闘で使うのは初めてだ。そもそも僕は、剣での実戦がほとんどなかったりするので。
「剣聖である父ですら、『いいなぁ、それいいなぁ……』と羨ましがったエクスカリバーを、くらえい――!」
「キー!」
おお、当たった。なんだかんだ毎日頑張って剣の練習はしていたからな。ほぼほぼ初めての実戦だけど、案外体がスムーズに動く。
「やっ! はっ! てーい!」
「キッ! キィ! キー!」
おう……すごいなエクスカリバー。大ネズミの前足が千切れ飛んだぞ……。
といっても、すでに大ネズミには新しい足が生えているわけだけど……。
というかこれって、斬っても斬っても復活するの? え、これ……いつ終わるの?
こうして始まった僕と大ネズミの第二ラウンド。それは、とても壮絶な泥仕合であった――
◇
「疲れた……」
さすがに疲れた……。もう一時間くらい戦い続けている気がする。いい加減、頭も体も疲労でくたくただ。
「キー」
一方大ネズミ君は元気いっぱいだ。たぶん回復薬の効果で疲労もないんだろうな……。
「キッ」
「いたい」
大ネズミに軽く引っ掻かれてしまった。痛いけど、すでに僕の悲鳴にも元気がない。
これは……まずいぞ、本格的にまずい。
「これはもう――やるしかないか」
本日三度目の『やるしかないか』だ。
一時間戦ってわかった。少なくとも、回復薬の効果が続いている大ネズミを倒すのは不可能だ。
何度も何度もエクスカリバーで吹っ飛ばしたり叩き斬ったりしているけど、すぐさま起き上がり、すぐさま斬られた部位も復活する。
一度首を斬り落とすことに成功して『やったか!?』と叫んだものの、次の瞬間には首から下が生えてきた。もうどうしようもない。
どれだけダメージを与えても復活し、体力も減らない大ネズミ。
一方僕はダメージも受けるし、体力も枯渇気味。――このままではジリ貧だ。
もう、やるしかない。僕も――――回復薬を飲むしかない!
「てーい!!」
「キー……」
エクスカリバーの角度を変え、剣の腹を思いっきり叩きつけて大ネズミを吹っ飛ばす。少し距離を作ってから、僕は後ろへ駆け出した。戦術的後退だ。
僕は走りながらマジックバッグから回復薬を取り出す。チラリと後ろを振り返ると、大ネズミも僕を追って駆け出しているのが見えた。
まぁ問題ない。大ネズミは魔物化した時点で、元来ネズミにあるような俊敏性や跳躍力などといったものは失われている。
大きくなったせいか、ネズミのくせにすばしっこくない、奴らは遅いのだ――
「けど、微妙に、追いつかれている、気がする……!」
そんな鈍重な大ネズミよりも、僕は遅いらしい……。
『素早さ』3がマジックバッグを背負って両手に剣と回復薬のビンを持った状態だと、大ネズミにかけっこで負けるようだ。
荷物が全部なければ、さすがに負けないと思いたいな……。
「いいや、とりあえず、追いつかれる前に、飲む!」
できることなら飲みたくなかった。少なくとも、どの程度で回復薬の効果が切れるのかは確認しておきたかった。
流石に永久に効果が持続するなんてことはないと願いたい。いきなりそんな人外じみた存在になってしまうのは少し――いや、かなり怖い。
というか、もしそうだとしたら、僕はうっかり無敵の大ネズミを誕生をさせてしまったことになる。
僕は責任を取って、永久に大ネズミと戦わなければいけないのかもしれない。……なんかどっかに、そんな神話ありそうね。
さておき、事ここに至っては、もう飲まざるを得ない。
僕は意を決して――
「おれは人間をやめるぞー!」
とりあえずお約束の台詞を叫びながら、僕はビンのフタを開け、勢いよく回復薬を呷った――
「んぐ…………グッ! ゲホッ! ゴホッゴホッ!!」
むせた。
……そうか。そりゃそうだ。こんなにも呼吸が乱れた中で、走りながら液体を勢いよく呷ったら、むせるに決まっている。
どうも『回復薬』ってワードのせいで、ゲーム的な発想になっていたのかもしれない。てっきり普通に飲めるもんだと思い込んでいた。
飲んでいる最中や飲んだあとの隙は警戒していたが、飲む行為自体は全くの無警戒だった。まさかこんな罠があるとは……。
「気管に、ちょ、ゴホッ! 待っ……ゴホッ!」
当然大ネズミは待ってくれないので後ろから引っ掻かれた。痛いな、もう。
「ゴホッゴホッ……あれ? あんまりエフッ……痛くない? ケフッ」
ほとんど吐き出してしまったけど、どうやら少しは回復薬を摂取できたらしい。疲労も回復して、傷も癒えた気がする。
じゃあ……とりあえず戦闘を再開しようか。ほんの少ししか飲んでないけど、もし途中で効果が切れたらまた飲み直そう。
……結局自分で用法用量を確認する羽目になってしまったな。
――こうして、僕と大ネズミの第三ラウンドが始まった。
この泥仕合は、大ネズミの回復効果が切れるまで、二時間ほど続くこととなる……。
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