第91話 ここは俺に任せて先に行け!
「終わったよー」
「終わりました」
「お疲れ様」
僕とレリーナちゃんは、ボアの解体終了を父に報告をした。父はねぎらいの言葉と共に、僕らに木の実を差し出してくれた。
「ありがとう父」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ流すね?」
そう言ってから手に持っていた水の魔道具を起動させる父。僕とレリーナちゃんは魔道具から流れ出した水で、ジャブジャブと手を洗う。
モンスターだから血で汚れることはないんだけど、脂肪とか肉片とかがね……。
脂肪なんかは水では流れてくれないので、父から貰った木の実をこするようにして手を洗う。この木の実はこすると泡立って、なんだか洗剤的な役目を果たしてくれるのだ。
「さてアレク」
「うん?」
「アレクは今回、ボアを倒したわけだけど」
「うん」
「ボアを倒せたということは、もう一人前の狩人だね?」
「うん……うん?」
「つまりは、もう一人で狩りをできるってことだね?」
「え、そうなの?」
そうなのかな? 正直あんまり自信がないんだけど?
「……というか、そういう決まりなんだよね。『ボアを一人で倒したら一人前』っていう」
「あぁ、エルフの掟なんだ……。あれ? 一人? ボアは、僕とレリーナちゃんで倒したんだよ?」
「けどたぶん、さっきのあれは一人で倒したってことになると思うんだよね……」
「えぇ? だって僕はレリーナちゃんがいたから安心して戦えたのに……」
なんだかんだレリーナちゃんとのタッグは安心感がある。特に壁が、前に壁があると安心できる。
それよりなにより、後ろに父がいてくれるからちゃんと戦えているんだと思う。
前に壁、後ろに父――この二つが奪われたら、正直僕は不安だ。
「まぁ別に、これからは常に一人で狩りをしなさい――ってことでもなくてね、あくまで一人で狩りをしてもいいって許可が下りただけだよ」
「あぁそうなんだ。なら大丈夫」
そうかそうか。それならこれからも、基本は父にくっついて狩りをしていこう。寄生万歳。
「あ、けどごめんねレリーナちゃん。僕とレリーナちゃんの二人でボアを倒したはずなのに、僕だけの手柄みたいになっちゃった」
「ううん。いいんだよお兄ちゃん。実際にお兄ちゃん一人で倒したんだから。それに、私はお兄ちゃんが言ってくれた、『レリーナがいるから戦える。レリーナのためなら戦える』――その言葉だけで十分だよ」
「そうなんだ……」
とりあえず呼び捨てにはしていない気がする。というか、拡大解釈がすごい。
原文は『レリーナちゃんがいたから安心して戦えた』かな? これはもう捏造レベルじゃないかな?
「それに大丈夫だよ。私もすぐに一人でボアを殺して、お兄ちゃんに追いつくからね」
レリーナちゃんが可愛らしく両手で握り拳をつくり、屈託のない笑顔で僕に宣言してくれた。
屈託のない笑顔で、『殺して』とかあんまり言わないでほしい。
「えぇと、頑張ってねレリーナちゃん。あ、けど無理はしないでね?」
「大丈夫、ありがとうお兄ちゃん」
まぁ父もついているし、心配することはないか。
「それからアレク、一人で狩りの許可が下りたと言っても、場所は決まっているからね?」
「そうなの?」
「ボア討伐で行ける範囲は、メイユ村とルクミーヌ村の間だけだね」
「そっか。それなら強いモンスターも出ないかな?」
ちなみに今僕たちがいるこの場所も、メイユ村とルクミーヌ村の間だ。
……そういえば、初狩りのときも二つの村の間だったな。まぁ、あのときは歩いて十分程度の近場にしか入らなかったけど。
初狩りか……。もう一年半も前の話だけど、なんだか初狩りのことは昨日のことのように思い出せる。
まるで、父と修行に明け暮れたこの一年半が、バッサリとカットされてしまったかのように……。
さておき、修行中は何度もメイユ村とルクミーヌ村を往復した。この範囲なら強いモンスターもいないので、たとえ一人でもそれほど危険はないはずだ。
ちょっと不安だが、一人でルクミーヌ村まで出かけることもできるだろう。
「さて、じゃあどうしようか? せっかくここまで来たんだし、ちょっとルクミーヌ村に寄っていこうか?」
「うーん、私は特に用事もないですから……」
「そうかい?」
「それに、今日は村に帰ってからお兄ちゃんとデートする予定だから」
レリーナちゃんがもじもじと照れながら、今後の予定について父に話した。
ちなみにその予定、僕は初耳だ。
「それなら村へ帰ろうか。アレクもそれでいいかい?」
「うん」
「よし、それじゃあ――」
「――やっぱりルクミーヌ村に寄っていきましょう」
父と僕がメイユ村に帰ろうと踵を返したところで、村に帰る気満々だったはずのレリーナちゃんが待ったをかけた。
「寄っていきましょうセルジャンさん」
「え……? えっと、別にいいけど、急にどうしたの?」
「今、お兄ちゃんの様子が怪しかったです」
「え?」
レリーナちゃんの指摘を受け、父が驚いたように僕の顔を見た。見られても困る。
というか、怪しかったの? 僕は村に帰るか聞かれて、『うん』と答えただけなんだけど……。
「えぇと、怪しかった? アレクが? そうなのかな、僕は気が付かなかったな……」
「怪しかったです。お兄ちゃんと親しい人ならわかると思います。すごく不自然でした」
「そうなんだ……僕はわからなかったな……」
地味にショックを受ける父。
父はわからないけど、レリーナちゃんにはわかるらしい。
……そうか、わかっちゃうのか。
「行きましょうセルジャンさん。ルクミーヌ村には、何かあるはずです」
「何かって……。いや、レリーナちゃんが気にするようなことは別に――――あ」
「『あ』? 『あ』ってなんですか?」
「え? いや、その……」
「セルジャンさん……何か知っているんですか? 何を知っているんですか? 何か隠していますか? 何を隠しているんですか? お兄ちゃんのことですよね? お兄ちゃんのことなのに、なんで私に隠しているんですか? なんで私に言えないことがあるんですか? なんで私が知らないことがあるんですか?」
「待って待って」
剣聖さんが、暗い目をした少女に胸ぐらを掴まれて厳しく問い詰められている……。
……そういえば、一人で狩りをしていい許可を貰った僕は、ここからメイユ村に一人で帰ってもいいんだよね?
父がレリーナちゃんを食い止めている間に、一人で逃げるってのはどうだろう? 『ここは俺に任せて先に行け!』を息子相手にできるんだ、たぶん父も本望じゃないかな……。
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