第85話 両手を頭の後ろに組んで、ゆっくり地面に膝をつけ! いいな? ゆっくり、ゆっくりだ!
「敵!?」
「え? いや、よく見てごらん。レリーナちゃんのお父さんだよ?」
「うん。敵?」
「え? いや、レリーナちゃんのお父さんだよ? アレクが普段レリーナパパさんと呼んでいる」
「敵じゃないの?」
「いや、レリーナパパさんだよ……?」
だからそのレリーナパパが敵かどうかを聞いているのに!
父の話は要領を得ない! 混乱しているのか父よ! ……というか父もレリーナパパと呼ぶのか。
いや、混乱するのも無理はない。僕だって信じられないんだ。ずっと親しくしていたレリーナパパが、まさか敵だったなんて……。
だけど僕の勘が告げている。異世界転生者の勘が訴えかけてくれるんだ。
残念だけどレリーナパパは――
「おや? 申し訳ありません、驚かせてしまいましたか?」
「いえいえ、大丈夫です」
レリーナパパの問いかけに、父がのんきに答えた。
……あれ? なんか違うな。なんか僕が予想した会話の流れじゃないんだけど?
「あぁアレクシスさん、十歳の誕生日おめでとうございます。こうしてアレクシスさんが無事に初狩りの日を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます」
「あー、ありがとうございます……?」
レリーナパパが僕の誕生日を普通に祝ってくれた。
『そして今日が貴様の命日となる!』――とでも付け加えてくれたら敵なんだけど、そういうのもない。
……これは、違うんじゃないか? 違うみたいだぞ? 敵ではないみたいだぞ?
なんてことだ。どうやら僕はレリーナパパに対して、ひどい勘違いをしてしまったようだ。
危うく弓を構えて――
『両手を頭の後ろに組んで、ゆっくり地面に膝をつけ! いいな? ゆっくり、ゆっくりだ!』
などと叫んでしまうところだった。
当然それから僕はレリーナパパの後頭部を掴んで地面に押し付けて、後ろ手に縛り上げるつもりでいた……。
何が『異世界転生者としての勘』だ。なんて当てにならない勘だ……。
とはいえ、仕方ないじゃないか。あのタイミングで出てきたら、敵だと錯覚するのは仕方ないじゃないか……。
そもそもの話、レリーナパパはいったいここで何を――って、うん? あれは?
「父、あれは?」
「大ネズミだね」
「大ネズミ……」
今更ながら、レリーナパパが太い麻縄を握っていたことに気が付いた。
その麻縄の先を視線で辿っていくと、動物の前足を括っているのが見て取れる。父曰く『大ネズミ』らしい。
「大ネズミって、魔物だよね?」
「そうだね」
名前の通り、大きなネズミの姿をした魔物のようだ。今日聞いた話からすると、きっとネズミが瘴気を溜め込んでしまい、魔物化した姿なんだろう。
遠目からだけど、造形自体は普通のネズミとさして変わらない気がする。
ただでかいな、サイズがでかい。大型犬くらいありそう。なんだか遠近感が狂う。
「あれは生きているの?」
「生きているね」
それならあの大ネズミは、僕が見た初めての生きているモンスターってことになるんだけど……肝心の大ネズミは眠っているのか気絶しているのか、目を閉じて動かない。
それにしてもなんなのだろう? 何故レリーナパパは大ネズミを引き連れているんだろう?
おそらくは以前話に聞いたように、罠にかけて捕まえたのだ。珍しい魔物の素材が欲しいときに、罠にハメるとかなんとか言っていた気がする。
ただ、大ネズミはあんまり珍しい魔物には見えないが……。
だとすると……趣味? レリーナパパの個人的な趣味なんだろうか? やっぱり、そういうことなんだろうか?
そうなるとレリーナパパは、敵とまでは言わないものの、危険人物だという認識に間違いはないことになるんだけど……。
「少々お待ち下さいアレクシスさん」
「え? あっはい」
言われた通り、僕はレリーナパパを動向を見守る。いきなり何を始めるのか、心底ドキドキしてしまった僕だったけど、レリーナパパは特別変わったことをするわけではなかった。
手に持った麻縄を、近くの丈夫そうな木の幹に結びつけただけだ。ほどけないことをしっかり確認した後、レリーナパパはこちらへ歩いてきた。
「では、ご健闘をお祈りします」
「へぁ?」
「おや? ひょっとして、まだセルジャンさんから説明を受けていませんか?」
「はい? 説明ですか?」
僕はレリーナパパから父へと視線を移す。
「えぇと、あの大ネズミが初狩りでアレクが戦うモンスターなんだ」
「あ、そうなんだ」
そうか、僕はあの大ネズミを狩るのか……狩るっていうか、うん?
「え、なんか寝ているけど?」
「そうだね」
「なんかここから弓を射つだけで勝てそうだけど?」
「うん。頑張って」
頑張って? ……え、それでいいの? というか、それは狩りなの? それを狩りと呼んでいいの?
「こ、これで倒したとしても、僕は初狩りを達成したって言えるのかな? 初めて狩りをしたと言えるのかな……?」
「そんなこと言われても……初狩りってこういうものだし……」
「だって、これは……これじゃあ――ヤラセでは?」
「ヤラセって何かな?」
いや、ヤラセとは微妙に違うか? だけど僕の中では、そんなイメージを抱いてしまった。
テレビ番組で例えるなら、あらかじめ釣竿の先に魚を仕込んでおいて、タレントは竿をあげるだけみたいな、そんなイメージ。
なんだかバレたら、放送何とか機構みたいのに、審査されそうな案件なんだけど……。
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