第748話 アイテムボックス探索隊3 ――尊厳を守るために
なんやかんやあったけど、ひとまずアイテムボックス探索隊の活動は順調に進んでいる。
実際ここに至るまでは紆余曲折あった。なんとなくペナントを飾ってみたり、何故かナナさんに水攻めされそうになったり、十字路までの通路をひたすら往復したり、ミートサンド神隠し事件に遭遇したり、いろいろあったけど探索自体は順調に進んで――
「……あんまり順調でもないのかな?」
ざっと振り返ってみたところ、余計な時間を浪費している場面があまりにも多いような……?
「……まぁいいや。それでも調査は進んでいる。ちょっとずつでも進んでいる。だんだんとアイテムボックスの謎は解き明かされているはずだ」
というわけで、ひとまずはこの部屋をもう少し見て回ろう。今いるアイテムボックス保管庫――おそらくは僕が収納した荷物が保管されているこの部屋を、もうちょっと探索してみよう。
最近は結構雑に荷物を突っ込んでいるので、自分でも何を入れたかいまいち把握できていなかったりする。
なので、なんとなく大掃除の途中で古い漫画やアルバムを発見したかのような感覚を覚えつつ、保管庫の棚を見て回っていた僕であったが――
「うん? なんだこれ」
お鍋がある。水の入ったお鍋だ。
はて、こんなの入れたっけ? スープとかでもなく、ただの水っぽいけど……。
「あ、これってもしかして……熱湯か?」
熱湯? あのときの熱湯なの?
あれは確か、第三回アイテムボックス検証会議のときだ。時間経過を調べようとして、熱湯の入ったお鍋をアイテムボックス内に放置した記憶がある。一週間経っても熱湯だったことを確認して、ひとまずは役目を終えた熱湯だと思ったが……。
あの後で、また収納したんだっけ? すっかり忘れていた。あれから今日まで――もう半年以上放置されていたことになる。
「いやでも、あんまり熱そうには見えないな……」
これはどういうことか。さすがにあのときの熱湯で間違いないと思うし……そうじゃなかったら、本当に何故こんな物を収納したのか意味がわからない。
え、まさか半年経って冷めちゃったとか? この半年でぬるま湯になってしまった? なんなら冷水まで行ってしまった?
あれやこれや考え込みながら、熱湯の入った鍋を手に取ってみると――
「おぉ……。やっぱり熱湯なのか……」
熱湯だ。最初は熱湯かと思いきや、実は熱湯ではないのかと思いきや、やはり結局は熱湯だった。
手に取った瞬間、鍋から熱を感じて、湯気まで上がり始めた。それはまるで、止まっていた時が動き出したかのように――
「あ、そうか。『まるで』じゃなくて、本当に止まっていた時が動き出したんだ」
なるほどなぁ。やっぱりアイテムボックスの中は時が止まっているんだな。でも生物の時間は止まっていなくて、生物が触れた物も時が流れ始めるとか、きっとそんな感じなのだろう。
いやはや、まさかここでも検証の役に立ってくれるとは、なんとも素晴らしい熱湯だ。
アイテムボックス検証は、この熱湯とともにあったと言っても過言ではない。ありがとう熱湯よ。
「それで、えっと……この熱湯はどうしたものかな」
このままでは本当に冷めてしまう。せっかくだし、このままずっとアイテムボックス内に放置して、このままずっと熱湯なのか検証を続けたいところなのだけど……。
「ひとまず棚に戻してみたりして」
元々あった場所に戻して、鍋から手を離してみた。
「おぉ、止まった」
湯気も止まり、再び時が止まった。生物から離れると止まるらしい。よくできてるねぇ。
「ふむふむ。それじゃあこの調査結果も、ナナさん達に報告しておこう」
そう思って、開きっぱなしのダンジョンメニューに視線を落とすと――
「……というか、メニューで時間がわかるな」
ふと気が付いた。ダンジョンメニューには時計機能があるのだ。この時計が示す時刻というのも、何気に興味深い情報なのではないだろうか。
さっそく時計を確認してみると――
「午後4時44分」
……何やら縁起の悪い時刻を踏んでしまった。
さておき、時計はしっかり動いているようだ。秒数もずっと動いている。確か天界での滞在中は、メニューの時計は止まっていたと思う。このあたりの違いも興味深い。
――このことを受けて、ナナさん達には別のメッセージを送ってみた。
『ところでナナさん、今何時かな?』
『こちらのダンジョンメニューでは――午後4時44分44秒です』
4時44分44秒……。さてはナナさん、44秒になるまで待っていたな。しばし待ってから、僕に不吉なゾロ目を送りつけてきたな……。
でもまぁ、とりあえずこっちの時計とも同じ時刻のようだ。ちゃんと外と同期しているっぽい。4時44分か。
「……ふむ。わりと長いこと探索したね」
時刻を確認して、改めてそんなことを思った。正確な探索開始時刻は記憶していないけど、かれこれ二時間以上はアイテムボックス内を探索したんじゃないかな。
二時間である。二時間もあるとすれば――
「……ちょっとトイレ行きたいかも」
それだけ時間が経てば、当然そんな生理現象も発生する。
一旦帰ろうか。当然ここにはトイレなんてあるわけなくて、そうなると漏らすしかなくて、それはさすがに避けなければならない。僕の尊厳が損なわれてしまう。
ここでは立ちションなんてこともできないし――
「……いや、それはどうなのかな?」
ふと、新たな疑問が湧いてしまった。どうなのだろう。ここで立ちションしたら、果たしてどうなるのだろうか。
わからん。まったく想像が付かない。いったい何がどうなってしまうのか。
「でも上手くいけば、それはとても画期的なアイテムボックス活用法だと思う……」
誰しもトイレに行きたいのに行けない状況を経験した過去はあるはずだ。
限界まで我慢して、本当の危機に陥った時、得てして人は自分の不幸を呪ったり、おもむろに神様に祈ったりなんかして――
何気に僕の周りって神様が多かったりするわけで、ひょっとするとミコトさんやディースさんやユグドラシルさんは、トイレに行きたい人から『助けて!』って祈られることも多いのかなって、ふとそんなことを思ったりなんかして――
「そんな状況で僕ならば、ササっとアイテムボックスに用を足すことで窮地を乗り越えることが――」
……いや、ないな。
やっぱりそれはない。自分のアイテムボックスに用を足すとか、冷静に考えるとありえない。しかも自分だけじゃなくて共同のアイテムボックスなのだ。たぶんアイテムボックスを利用した時点で、結局僕は尊厳を失ってしまうだろう。
うん、やっぱり帰ろう。もうタイムリミットだ。もう帰らねばならん。僕達の探索はこれまでだ。すべては尊厳を守るために。
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