第741話 地上に舞い降りた女神3
――自室にて、ナナさんと雑談を交わしていた。
最近の日課である妹の人形作りを行いつつ、ナナさんと取り留めのない会話を交わしていた。今の話題は、先日久しぶりに訪れたダンジョンでの出来事についてだ。
「ほうほう。楽しんでいただけましたか」
「うん、いろいろと思うところはあったけど……でも良かったと思うよ?」
てな感じでナナさんに感想を伝えた。ナナさんが手掛けたトード皮への感想である。
「見ていて楽しかったし、ナナさんの努力を感じることもできたよね」
「そうですかそうですか。そうおっしゃっていただけると、私も頑張った甲斐があるというものです」
大変だとは思うけど、これからも続けてくれたら嬉しいなって、それは本当に思う。
なんかちょっと怖くもあるけれど楽しみでもある。このまま続けてくれたら、また違った展開を見せてくれそうな予感がする。
「あと、温泉も良かったね」
「ああ、ついに行ってきたのですね。ご満足いただけたのなら何よりです」
「本当に良かったとも。温泉に入って、狩りをして、その後でもう一回入ってしまったよ。今後も温泉には足繁く通うことになりそうだ」
「マスター的にも大満足だったようですね。まぁ温泉に関しては、特に私が何かをしたわけではないので誇ることもできないのですが――なにせ我らが世界樹様の迷宮は、『完成形をそのまま提供するのではなく、村の人達自身の手で改良して完成させてほしい』というコンセプトですから」
うん。そうだね。少なくとも巨大フィールドタイプのエリアは、元々そういうコンセプトで運営していたダンジョンだ。
だがしかし、そういうコンセプトではあったものの――
「……でも、あのゴーレム君はナナさんじゃない? あのゴーレム君の荷物預かり所は、思いっきりナナさんの手によって生み出されたものでしょう?」
そうなんでしょ? なんかそこまで知らぬ存ぜぬで通そうとしてない?
「預かり所? ああ、あれは確かに私が設置しました。しかしあれは村の人のアイデアですから。村の人が発案し、私はそれを形にしただけですから」
「…………」
いやいやいや、それもナナさんの発案だってバレてるから。その村の人ってナナさんのことでしょ? ナナさんの自作自演なんでしょ?
……あれ? でも違うのかな?
ここまで平然と言い切られてしまうと、僕もよくわからなくなってくる。本当にそうなの? ナナさんは要望を叶えただけ……?
「――それはそうと、温泉に行かれたということは、またひとつ次回予告リストをクリアしたわけですね? おめでとうございますマスター。預かり所の由来なんかより、そのことについてお話しましょう」
「お、おう……」
なんというあからさまな話題そらし……。何やら一瞬騙されそうになってしまったが、むしろ今のでナナさんの自作自演を確信することができた。
……まぁ別にいいんだけどね。僕も怒っているわけじゃなくて、預かり所は普通に便利でありがたい施設だったしさ。
「さぁマスター、例のメモを見せてくださいよ。今はいったいどうなりました?」
「あー、うん、別にいいけど……」
というわけで、メモを取り出してナナさんに手渡す。
現在の次回予告リストが――
『父へのお土産』――完了
『ミコトさんディースさん顕現』
『アイテムボックス検証会議』
『世界樹の酒、開封パーティ』
『鑑定』
『新人力車』
『世界樹様の迷宮、新エリア』――完了
『世界樹様の迷宮、大改装』
『牧場エリア改築』
『温泉エリア改築』
『次の魔法スキル修行』
『第九回世界旅行』
『セルジャンパン』
――こんな感じだ。
「……なんだか増えていませんか?」
「うん、ちょっとだけ増やしたんだ。『父へのお土産』、『世界樹様の迷宮、新エリア』の項目を立て続けにクリアして、このままだとすぐにリストを完遂してしまいそうで、さすがにそれじゃあ味気ないからさ。それでディアナちゃんにアイデアを求めて、それからいろんな人にも話を聞いて――ナナさんにも聞いたよね」
「ああ、そういえば聞かれましたね。『これから先、僕はいったい何をしたらいいと思う?』などと質問されて、自分を見失っているのか、自分探しの旅にでも出るつもりなのかと訝しんでいました」
「そんなふうに思っていたのか……」
というか、まさにそういう旅を終えて戻ってきたばかりの僕なんだけどな……。
まぁそんな感じでナナさんにも話を聞いて、そしてナナさんからはだいぶ微妙なアイデアを提案されて……。
「そこで私が提案した『ナナさんがアイテムボックスを使えるようになるまでマスターがディース様に奉仕し続ける』というアイデアが採用されていませんが?」
「さすがにそれは……」
もちろんボツだとも……。それでディースさんがどうにかしてくれるとも思えないし、ただただ僕がディースさんに奉仕し続けるだけになってしまう。
「うっかり忘れてしまいましたか? 私が追加記入しておきましょうか?」
「やめてくれるかな……。とりあえずその案については……もうちょっと検討を重ねてからかな……」
「そうですか。では期待して待っています」
「うん……」
まぁ改めて検討したところで、やっぱりボツなのだけど……。
「ところでマスター、あんまりすぐにリストを完遂したくないとのことですが――そうのんびりしていていいのでしょうか? 早くに取り掛かった方がいいような案件もいくつか確認できますが」
「ん? そうなの?」
どれ? どれのこと? セルジャンパン? 急いだ方がいい?
「例えば、この『世界樹の酒、開封パーティ』です。確かこれは、『エルフの掟を達成して世界旅行から戻ってきたときの記念としてお酒を飲もう』みたいな話だったはずです」
「そうだね。戻ってきたら僕も成人を迎えているはずで、ちょうどいい催しだと思ったんだ。だから凱旋パーティで開封パーティを――」
「しかし、その旅から戻ってきて、もうなんだかんだで一ヶ月くらい経っていませんか?」
「……おや?」
あー、経ってるね。凱旋のお祝いのはずが、凱旋してから一ヶ月経っちゃっている。
……なるほど。確かにナナさんの言う通りだ。こればっかりは急いだ方がいい案件だった。
「まぁここまで来ると、すでに手遅れで、すでに機を逸したような印象もありますが」
「そうか……」
一ヶ月だものな……。今の時点でだいぶ今更か……。
「あとはこの『ミコトさんディースさん顕現』です」
「あー、それかぁ……」
「さすがにそろそろ召喚した方がいいのでは?」
「でもそれは前に話したじゃない? 僕とミコトさんとディースさんが一緒のタイミングで村に戻ってきたら違和感があるって、だからタイミングをズラした方が――」
「もう一ヶ月経っていますが」
「…………」
そうだった。一ヶ月経ってた。今の時点でだいぶズレていた。
「特にミコト様は、ここでの生活を気に入っているご様子でしたし、いつまでも召喚してくれないマスターに対して不満を抱えているかもしれません」
「んー、じゃあそうしようか……。まずはミコトさんから召喚してみようかな……」
まぁさすがに怒っているってことはないと思うんだけど……。
タイミングを考えたいってのは筋の通った理由だと思ったし、ミコトさんも納得してくれるはずだ。そして今の一ヶ月経過というタイミングも、むしろ召喚するのにちょうどいい頃合いな気がしないでもない。
きっとミコトさんもそのことをわかってくれて、なんのわだかまりもなく僕の召喚に応えてくれて、笑顔で地上に舞い降りてくれるんじゃないかなって――
◇
「――我が名はミコト。悠久の時を経て、今ここに再び現界した」
「…………」
本当に怒っているじゃないか……。待たされて怒っているバージョンの召喚台詞じゃないか……。
「……ずいぶんとお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いいんだアレク君、私は別に怒ってなどいない」
「そうでしょうか……」
本当にそうなのでしょうか……?
「ただ、なんだかんだと理屈を並べておきながら、結局は忘れていただけなんじゃないかと疑ってしまう私がいる」
「いえ、まさか忘れていたなんて、そんなことは……」
そんなことは……。まさかそんなことは……。
「本当に仕方のないマスターです。では謝罪の意味も込めて、ここはひとつ私が――ミコト様に喜んでもらえるようなプランを次回予告リストに追加しておきましょう」
「おぉ? 良いね。それは良い。そんなアイデアがあるなら是非とも追加してくれたまえ」
「ふふふ。このナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田にすべてお任せください」
わざわざフルネームまで持ち出して大見得を切ってから、ナナさんは新たな項目をリストにサラサラと書き込んだ。
さてさて、ナナさんはいったいどんな項目を追加したのか、ミコトさんに喜んでもらえる項目とはなんなのか。
僕がリストを覗き込んでみると、そこに追加された項目は――
『ミコト様のダイエット』
それもたぶん見られたら怒られるやつなんじゃないかな……。
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