第740話 きのこたけのこ戦争
「こんにちはー」
「おう、坊主か」
ホムセンである。ジェレパパさんのホムセンにやってきた。
そして、ホムセンにやってきたからには――
「ちょっと待っていてください」
「あん?」
「よいしょー」
「おぉ……」
「無理でした」
「……おう」
お店に展示してあるハンマー――例の感慨深いハンマーを持ち上げようとしたのだが、残念ながら今回もチャレンジは失敗に終わった。
そんな感じで、ホムセンでのルーティーンを無事に消化したところで、僕はカウンターのジェレパパさんの元へと足を運んだ。
「おう、今日はどうした?」
「ええはい、ちょっと聞いてくださいよ。実は昨日、ダンジョンに行ってきたのですよ」
「ほー? 狩りか?」
「いえ、ディアナちゃんに誘われて、ダンジョンの温泉に浸かってきました」
「あー、温泉なぁ」
「そうしたところ、偶然ジェレッド君と温泉で会いまして」
久々のジェレッド君だった。だいぶ久々にジェレッド君とじっくりお話をした気がする。楽しいひとときだった。
「ジェレッド? ……そうか。女連れで温泉に行ったら、真面目に狩りをして汗を流しに来たジェレッドと会って、気まずい思いをしたわけか」
「…………」
……そんなことは考えていなかった。
でも確かにそうだな。よくよく考えると、確かにそんなシチュエーションだった。むしろ一瞬でも気まずさを覚えなかったことに問題がありそうだ……。
「――あ、でもそのあと僕も狩りをしたんですよ」
一応は僕も真面目に狩りをしたわけで――まぁそれもジェレッド君と会ったからなんだけどね。ジェレッド君と会って、せっかくだし一緒に狩りをしようという流れになっただけである。
「ジェレッド君と一緒に温泉から出て、ディアナちゃんと合流して、それから僕とジェレッド君とディアナちゃんとレリーナちゃんの四人で狩りを始めて――」
「……あん?」
「はい?」
「レリーナどっから出てきた?」
「ああ、ディアナちゃんと合流した後で、レリーナちゃんにも偶然会ったんです」
「偶然か……」
「偶然です」
「本当に偶然なのか……?」
「やめてくださいよ……」
おかしなことを言うのはやめてほしい。偶然じゃなかったらなんだというのだ。
「そんなわけで、幼馴染四人パーティで狩りでした。なかなかに興味深い狩りでしたね」
興味深く感慨深く、いろんな意味で刺激的な狩りであった。
それにしても、あれほどまでに息が合わないとはねぇ……。幼馴染四人なのになぁ……。
「さておき、狩りの戦利品として面白い物を手に入れたので、買い取ってもらおうと持ってきたのです」
「へぇ? なんだ?」
僕の話を聞いたジェレパパさんは、興味を引かれた様子で僕がマジックバッグから取り出す物に注目してくれた。そこで僕が取り出したるは――
「こちらです」
「トード皮かよ……」
そして一瞬で興味を失った。
「いやいや、ちゃんと見てくださいよ。良くないですか? すごく高級そうなトード皮だと思いませんか?」
「んー?」
今回僕が持ってきたのは、様々なマークが規則的に配置されたデザインのトード皮だ。花のマークだったり、星のマークだったり、そして何より目を引くのが――アルファベットの『L』と『V』が重なったマークである。
うん、つまりはアレだ。『LV』なのだ。そんなどこぞの高級ブランドっぽいトード皮なのだ。
「おそらくこのトード皮ならば、高値で買い取っていただけるのではないかと――」
「一律同額だ」
「…………」
ジェレパパさんは僕の言葉を封殺し、ちゃりーんとカウンターに硬貨を転がした。
「どうする? それ以上は出さねぇぞ? 買い取りやめるか?」
「仕方ないですね。この額で構いません、よろしくお願いします」
「毎度あり」
まぁパチモンだしな……。いくら高級ブランドっぽい代物でも、ナナさんがデザインしたパチモンの『LV』だからな……。
そんなわけで商談成立。僕は硬貨を手に取り財布に収め、ジェレパパさんは熟練アパレル店員っぽい手付きでトード皮をササッとたたみ、カウンターの下から取り出したマジックバッグに押し込んだ。
「ふむ。ちょっと見ていいですか?」
「あん? この中か?」
「はい、どんな柄があるのかなと」
「いいぜ? 何枚でも何十枚でも買っていってくれ」
「あー、そうですね、良い物があったら……」
そう答えたものの、別に今はトード皮で水着を作る予定もないため、単なる興味本位でしかなかった。
「では失礼して――ふむふむ。やはりいろんな種類の柄がありますね」
適当にマジックバッグからトード皮を引っ張り出して確認してみたところ、僕も初めて見る柄がたくさん収められていた。
何気に今も新作をリリースし続けているらしいからな。なんともマメなナナさんだ。
「……おお?」
「ん、なんか良いのがあったか?」
「これはすごいですよ……。あ、これも……」
だいぶ興味深い柄を発見してしまった……。アルファベットのCが左右対象に重なっているトード皮である……。そして次に見付けたのは、アルファベットのHが描かれたトード皮……。
とりあえずその二枚のトード皮を並べて、その隣に僕がさっき買い取ってもらった『LV』のトード皮を置いてみた。
「世界三大ブランドが揃ってしまいました……」
……まぁ全部パチモンなわけだが。
というか、すごいなナナさん。相変わらず異世界だと思ってやりたい放題やっている。
「んー、何か他に面白い物は――お、これ懐かしいですね。僕も同じ物を納品した記憶があります」
「あー、鳥か? 青い鳥?」
「そうですね。青い鳥です。何かを呟きそうな青い鳥」
「呟きそう……?」
140文字くらいで呟きそうな、そんな青い鳥のトード皮。
なんだか懐かしく思いながら、次のトード皮を引っ張り出すと――
「…………」
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
次に現れたトード皮のデザインは――バツ印のマークだった。
バツ印。アルファベットで言うなら――エックス。
「青い鳥のマークと、エックスのマークですか……」
「んん? なんだ? その二つが気になるのか?」
「ええまぁ、気になるというか……。なんとも言えない気持ちになると言うか……」
「ふーん? わかんねぇけど、俺はどっちかっていうと青い鳥の方が好きだな」
「そうですよねぇ……。僕もそうです……」
だけど青い鳥はもう……。今はもうエックスだから……。
というか、ナナさんすごいな。いろいろ考えるなぁ。
「さて、お次は――おや?」
「あん? なんだそれ? きのこか?」
「きのこみたいですね」
はて、これはどういうことだろう。たぶんナナさんのことだから、なんらかの意図を持ってきのこ柄のトード皮を用意したのだと思うけど…………ハッ!
きのこ柄だと? じゃあもしかして、次の柄は――
きのこの次に出てくるトード皮は――
「たけのこか?」
「……たけのこですね」
たけのこのトード皮も発見した。きのこたけのこである。
さらっと恐ろしいものを作ったなナナさん……。その話題は荒れるぞ……。
「ふーん? わかんねぇけど、俺はどっちかって言うと――」
「待ってくださいジェレパパさん、言わない方がいいです。この二種類については、迂闊なことを言わないようにお願いします。大変なことになります。下手したら――村が割れます」
「なんでだよ……」
とりあえずジェレパパさんは何も言わないでいただきたい……。無駄に事を荒立てる必要はない。無駄にみんなで争う必要はない。この件に関しては、僕も何も言わないようにするから……。
僕も何も言わないように口を噤んで――
でもまぁ――たけのこの方が良いに決まっているんだけどね?
そもそも比較対象にすらなりえないのが現実だ。たけのこの優位性は圧倒的である。しかし世の中には、きのこ派なる可哀想な人達もごくわずかに存在していて、そんな連中が滑稽に喚き散らすため、無駄な議論が無駄に長引く結果に陥っている。
たけのこが至高だと、いったい何故悟れないのか。まったくもって理解に苦しむ。きのこ派の愚鈍さに、我々は呆れ果てるばかりである。
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