第738話 二人で温泉
「そこでバッグ預けられるから」
「うん? バッグ?」
ようやくたどり着いた温泉エリアにて、『バッグを預けられる』とディアナちゃんから伝えられた。
えぇと、どういうことだろう。バッグってのはマジックバッグのことだよね? 預けられるというのは?
「付いてきて」
「ふむ」
わからんけど、付いてこいと言うので付いていく。
どうやらエリア入口の正面にある建物に向かっているようだ。ディアナちゃんがそのまま中へ入っていったので、僕もその後に付いていく。
そして中へ入ると――
「おぉ? ゴーレム? 何やらゴーレム君がいるけど……?」
中の部屋は受付っぽいカウンターで仕切られていて、カウンターの向こうにはゴーレム君が佇んでいた。
「んー、じゃあこれとこれだけ持っておいて――」
そんなことを呟きながら、ディアナちゃんはタオル等の小物をいくつか自分のマジックバッグから引っ張り出して、それからバッグをカウンターへ置いた。
「よろしくー」
ディアナちゃんがそう言うと、ゴーレム君はディアナちゃんのバッグをスッと手に取り、カウンター奥の扉へと消えていった。
「……え、これで預かってもらえるの?」
「そうそう。それで温泉から戻ってきたら返してもらえる感じ」
「なんと……」
そうなのか……。ここは荷物預かり所なのか。まさかそんなサービスをやっていたとは……。
「いやー、すごいね。これはありがたい。確かに温泉に入っているとき、荷物をどうしたらいいのかって悩みそうだしさ」
「便利だよねー」
「うんうん。とても便利で、とても素晴らしいサービスで――」
……いやでも、これはどうなの? このダンジョンって、『完成形をそのまま提供するのではなく、村の人達自身の手で改良して完成させてほしい』とかいうコンセプトのはずじゃなかった?
なにこれ? どうなっているの? これナナさんでしょ? 明らかに村人達の手ではなく、ナナさんの手が入っているよね?
「……ちなみに、この荷物預かり所ができたのはいつ頃のことなのかな?」
「ここ? えーと、いつだっけかな? 確か温泉の施設が完成した後で、やっぱり荷物を預ける場所があったらいいよねって話になって、それから少ししたら――いつの間にか勝手に建っていたような記憶」
「……なるほど」
アイデア自体は村の人の発案なのか。……じゃあセーフ? ギリセーフなのか?
村の人が最初に考えて、それをちょっと手伝っただけと考えれば……。ナナさんが発案したアイデアではないというのならば――
「たぶんナナが頼んでくれたんじゃない?」
「……うん?」
「荷物預かり所が欲しいって言い出したのもナナだし、それとなくナナがダンジョン創造主である世界樹様に伝えたんじゃないかなって」
ナナさん発案だった。ナナさんが発案して、ナナさんが提案して、ナナさんが実現した荷物預かり所だった。ナナさんの自作自演であった。
「どした?」
「……ううん、なんでもないよ。便利なのは間違いないし、こうして預かり所も完成しているわけで、それなら僕も使わせてもらうよ」
すでに完成していて、みんなが喜んで使っている以上、もう僕にはどうしようもない……。
ディアナちゃんと話している間にゴーレム君もカウンターに戻ってきたので、僕もマジックバッグを預かってもらうことにした。
「アレクも温泉で使う物まで預けないようにね」
「ああ、そうだったそうだった。ありがとうディアナちゃん」
そうだな。それじゃあ必要な物だけ引っ張り出して――
「とりあえずタオルと――あとこれを」
「何それ?」
「手ぬぐいだね」
「手ぬぐい?」
「赤い手ぬぐい」
マフラーにもなるやつ。
◇
なんやかんやあったけれど、いよいよ温泉である。
いよいよこれから僕は、ディアナちゃんと二人で一緒に温泉へ――!
……というわけではなく、当然のことながらここの温泉は男湯と女湯で分かれている。
預かり所を出た後で、じゃあまたねと二人は別れて、それぞれ別の温泉施設へと移動した。
「まぁそれでこそ赤い手ぬぐいも活躍するというものだ」
僕の方が先に出たら、赤い手ぬぐいをマフラーにしてディアナちゃんを待っていよう。
「で、ここが脱衣所だね。ひとまずここに脱いだ服を入れて――うん?」
脱衣所には棚が並んでいて、正方形に仕切られた区画にはそれぞれ竹カゴが置かれていた。
しかし、誰かの衣類が収まった竹カゴはひとつもないように見える。
「誰もいないのかな?」
入浴中の人がいたら、どれかのカゴは使われているはず。しかし今はどのカゴも使われていない。
ということは、今は温泉に誰もいないのか。はたまた服を脱がずに入っているのか、もしくは元から服を着ていない人なのか……。
「単純に今は誰もいないのかな? じゃあ貸し切りか。贅沢だね」
まぁダンジョンマスターの立場から言うと、温泉エリアの人気がないというのも問題なんだけど……。
とはいえ、初めての温泉エリアで貸し切りというのも嬉しくはある。僕一人で存分に楽しんでしまおうではないか。
そう考え直し、服を脱いでカゴに収めて、脱衣所から温泉への扉を開いた。
すると――
「おー、良いねー。すごいねー。広いねー。すごいねー」
屋根を取っ払った広々とした露天風呂。そして中央には、おそらく十人以上が悠々と入れるであろう巨大な木の湯船がどどーんと据えられていた。
「いやはや、これを作るのはフルールさん大変だったろうなぁ……」
立派すぎて、ついついそのことを考えてしまう。しかも男湯と女湯で二つだからねぇ……。
「他に温泉施設を作るときには、是非僕も手伝わせてもらおう……」
ディアナちゃんに聞いたところ、今のところ温泉施設は二つだけのようだ。
他にも例えば――家族風呂とかあったらいいよね。さすがに僕がそこに混ざることはないけれど、父と母と妹で入れるような家族風呂があったらいいと思う。
この案はディアナちゃんにも伝えたのだけれど――あくまで妹のためだ。妹がいるから家族風呂のことを思い付いて、妹のために家族風呂を作りたいのだとディアナちゃんに伝えた。あくまで父と母と妹のためなのだ。
このことをしっかり伝えておかないと、ディアナちゃんから『あ、そういうこと? アレクはアタシと一緒に二人で温泉に入りたいんだ?』なんてことを聞かれかねない。
そして、そんなふうにディアナちゃんから聞かれてしまったら……もう僕は『そうだね』としか答えられない。もはやそういうお約束で、そういうルールだから……。
まぁ女の子と二人で温泉とか、それはなかなかに羨ましいシチュエーションな気もするけれど、やっぱりさすがにねぇ……。
とかなんとか、考えていると――
「――アレク」
「えっ……!?」
ディアナちゃん!? 嘘でしょう!? まさか本当に僕と二人で温泉に!?
突然後ろから掛けられた声に、僕が慌てふためきながら振り向くと――
「よお」
「…………」
……ジェレッド君だった。
「な、なんだよ……」
「ううん、なんでもないよ……。奇遇だねジェレッド君……」
なんだか無駄にドキドキしてしまった……。
でもまぁ、それはそうだよね……。いくらイタズラ好きなディアナちゃんとはいえ、いきなり男湯に突っ込んできたりはしないよね……。
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