第734話 父へのお土産
「あー、いや、これはその……」
「…………」
父が……。父がセルジャンベッドメリーをとても渋い顔で見つめている……。
毎度のことながら、父には何も言わずに無許可で作成したセルジャンシリーズのセルジャンベッドメリーである。毎度毎度、フリー素材みたいな感じで使ってしまっている父の顔なのである。
そして今、初めてセルジャンベッドメリーを見て、やはり父は渋い顔をしているわけだが――
「い、妹は喜んでいるんだ!」
とりあえず弁明した。
妹のことを一番に優先して、妹のためを思って作ったのだと、妹を盾にして弁明してみた。
「ほらほら、妹の様子を見てみてよ」
「だー」
「うん、確かに喜んでいるね……」
「でしょう? 僕は妹の喜ぶ姿が何よりも見たいんだ」
「でもアレクは、それと同時に僕の困惑する姿を見て喜んでいるような気もする……」
「……え?」
いやいや、いきなり何を言い出すのだ父よ。
セルジャンシリーズに困惑する父の姿を見たいとか、むしろセルジャンシリーズは困惑する父の姿を見てようやく完成とか、そんなことは別に……。それは別に……。別に……。
「――さておき、やっぱり妹の玩具なんだから、妹が一番喜ぶ物を作りたいじゃない。そして妹は父の姿を一番喜ぶわけなのよ」
「うーん、そうなのかなぁ……」
そりゃあ僕だって妹が嫌がっていたらセルジャンシリーズを量産したりなんかしない。でも妹が喜んでいるから――妹が喜ぶと知ってしまったからには、セルジャンヘッド以外の選択はありえないのだ。
「だけどアンナの教育に良いのかって部分では、やっぱりちょっと不安だよね……」
「あー」
それねー。そこはユグドラシルさんも心配していたね。
「確かにちょっとだけ心配はあるかも。なんだか変なことを変なふうに覚えてしまって、そのうち妹が本物の父の頭部を鷲掴みにしそうな予感がする」
「それは困るなぁ……」
そして、しっかり胴体が付いている本物の父に違和感を覚えるようになるかも……。
「あと、単純に怖いんだけど……」
「ふむ?」
「僕の頭が五つ浮かんでいるんだよ? 普通に怖いでしょ。夜中、ふと目を覚ましたときに見たら、たぶん相当怖いと思う」
……それはまぁ、怖いかもね。
ただただ純粋なホラー映像で、ちょっとしたお化け屋敷のギミックである。
「むしろアンナは怖くないのかな……。目を開けば、常に僕の頭が浮かんでいるわけでしょう?」
「まぁ確かに大人の感覚からすると怖いかもだけど、妹的には――」
「だー、だー」
うむ。楽しげにセルジャンベッドメリーに手を伸ばしている姿からは、怖がっているようには見えないな。そこはやっぱり安心できる親の顔なのだろうか?
「もしかしたら、成長するに従って妹の反応も違ってくるかもね。認識能力が発達して物事がわかるようになって――そうしたらセルジャンヘッドを嫌がるようになるかもしれない」
「そうか……。なんだろう。それはそれで少しショックなような……」
そう言葉を漏らす父。そんな複雑な父の親心。
「まぁ逆にずっと好きってこともあるかもしれないけどね。僕が父のことを好きで、大好きな父のセルジャンヘッドを量産しているように、妹もずっとセルジャンヘッドが好きであり続けるかもしれない」
「……それはそれでやっぱり心配」
そうなのか。やはり複雑なのだな。そんな複雑な父の親心。
◇
「ところで父よ」
「うん?」
「実は父にお土産があるんだ」
次回予告リストにもあった、『父へのお土産』である。
何やら父を困らせてしまっているようなので、お詫びの気持ちも込めて、ここらで贈り物を進呈させていただこう。
「お土産?」
「世界旅行のお土産。とてもとても良い物で、きっと父も喜んでくれるはずで――」
「…………」
「どういう表情なのかな?」
何故そんな表情を浮かべるのか。
何故そんな訝しげな顔で、疑いの眼差しを僕に向けてくるのか。
「アレクにそこまで言われると、むしろ不安になってきてしまうのだけど……」
「何故なのか」
……まぁ日頃の行いのせいなのだろう。このお土産のことをユグドラシルさんに話したときも、まったく同じ台詞を言われた記憶がある。
まぁいいさ。今回ばかりは本当に良い物なのだ。実際に見てもらって喜んでもらって、汚名返上を図ろうではないか。
「ちょっと待っててね、今から持ってくるから」
そう父に伝え、ひとまず自分の部屋に戻り、保管していたお土産を探して――綺麗にラッピングされた細長い棒状のお土産を持って、リビングまで戻ってきた。
「さぁさぁ父よ、中を見ておくれよ」
「う、うん……」
僕が父にお土産を手渡し、父がラッピングを剥がすと――
「おぉ? 木剣かな? おー、格好いいね。意匠も凝っていて、なんだかすごく品があって高級感があって力強さを感じて……というか、本当にすごそうな剣なんだけど? あれ? これってもしかして、世界樹様の……?」
「うん、世界樹の枝で作った――世界樹の剣だね」
これこそ僕が用意した父へのお土産。
前回の世界旅行中に作った、二代目世界樹の剣である。
「というわけで、この世界樹の剣を――父にプレゼントします」
「わぁ! 本当に!?」
感嘆の声を上げつつ、父がぴょんと跳ねた。妙に可愛らしいリアクションを取りおる。
「いやでも、世界樹の枝はとても貴重な物で……」
「あー、確かに貴重な枝ではあるけれど、なんだかんだでちょいちょいユグドラシルさんから貰うこともできるから……」
というか次から次へと貰えるので、実はちょっと余り気味な現状があったりして……。
でもまぁ、あえてそのことを伝える必要もあるまい。貴重な枝であることには違いない。
「父は以前から世界樹の剣を気にしていたようだったし、二本目の剣を作ってプレゼントする計画を立てたら、ユグドラシルさんも良い親孝行だと褒めてくれたし――というわけで、是非とも父に貰ってほしい」
「やったー」
世界樹の剣を掲げ、わーいと喜ぶ父。
「嬉しいなぁ。本当に嬉しいよ、ありがとうアレク。まさか本当に良い物を貰えるとは思っていなかった」
「うんうん」
そこまで喜んでくれると僕としても嬉しい。なんかちょっと父の台詞に引っ掛かりを覚えなくもないが、とりあえず父が喜んでくれたのは良かった。
「さっそく使ってみたいな……。外でちょっと狩りをしてきてもいいかな?」
「いいともさ。大丈夫だとは思うけど、一応気を付けてね」
「ありがとう。この剣さえあれば、たとえどれだけ強大で規格外の敵であろうとも、あっという間に倒せそうな気がする!」
「おー、すごいね」
「じゃあ僕は行ってくるけど――アレクも一緒に来る?」
「行かんけども」
「そう……」
いや、行かないでしょ。これから父は強大で規格外の敵と戦おうとしているらしいのに、そこへ付いていこうとは思わんでしょ。
まぁ父が僕の剣を使っている様子を見たい気持ちはあるけどね。一本目の世界樹の剣からずいぶんと月日が流れ、僕の木工技術も格段に進歩したはずで、実際作っている最中も『なんかすごい木剣になりそうかも……?』みたいな予感はあったのだ。そうして完成した二代目世界樹の剣を、剣聖セルジャンが振るっている姿を自分の目に焼き付けたい気持ちはある。
……とはいえ、強大で規格外の敵は怖い。父の近くにいれば危険はないんだろうけど、でもやっぱり怖いものは怖い。なので実際に付いていくのはやめておいて、あとで父から話だけ聞かせてもらおう。
「僕は妹と一緒に父の帰りを待っているよ。頑張ってね」
「ありがとう。――じゃあ行ってくるね!」
「いってらっしゃーい。気を付けてねー」
こうして父は世界樹の剣を抱え、ドタバタと家から飛び出していった。
そして部屋の窓からは、剣を頭上に掲げて村を駆けていく父の姿を見ることができた。傍から見ると、ちょっとやばい人である。
「いやー、喜んでもらえて良かったねぇ」
「だー」
結構なはしゃぎっぷりの父を見送り、そうして部屋に残された僕と妹。
父も大喜びで、そんな父を見られて僕も大喜びなのだと妹に伝えていく。
「でもなー、惜しむらくはデザインだよね。父は良い意匠だと言ってくれたけど、僕としてはもうちょっとこだわりたいところで……。あのときユグドラシルさんが止めなければなぁ……」
「だー」
「とりあえず剣の鍔をセルジャンヘッドにして、刀身にもびっしり父の顔を彫り込んだりして……」
でもユグドラシルさんに止められたから……。だいぶ強い口調で『セルジャンの顔を付けるな』と二度も忠告されたから……。
あれがなければ、間違いなく実行していたのに……。
「そうしたらもっと父にも喜んでもらえたのにねぇ」
「だー」
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