第733話 妹アンナ、異世界転生者疑惑
「だー」
「うんうん」
「だー」
「うんうん」
今日も今日とて、リビングのベビーベッドで横になる妹をあやしていた。
妹お気に入りのセルジャンガラガラを目の前で揺らすと、妹も大層ご機嫌で――
「だー」
「…………え?」
「だー」
「…………」
「だーだーだー」
「えっと……どうかしたのかな、ナナさん」
ナナさんである。横からナナさんが、抑揚のない声でだーだー言いながらちょっかいを出してきた。なんだと言うのだ。
「ふと思い返すと、私はマスターにあやしてもらった記憶がないなと気付いたのです」
「そうなんだ……」
まぁそれはないよね。僕もナナさんをあやした記憶はない。
え、もしかしてナナさんもあやしてほしいの……?
「妹であるアンナ叔母様には専用の玩具まで作ってあやしているのに、娘である私には何もなかったです。これはいったいどういうことなのか」
「それは、ナナさんが生まれた瞬間から大人だったから……」
「そういう屁理屈はいらないです」
「屁理屈なのか……」
だいぶ真っ当な理屈だと思ったのに……。
「んー、ナナさんがどうしてもと言うなら、ナナさんにもセルジャンガラガラを振ってあげるけれども……」
「まぁそれは怖いので結構ですが」
「なんなんだ」
妹と同じ扱いを受けたいと言うのであれば、妹と同じようにセルジャンシリーズを喜びなさいよ。
「――あ、そういえばまた新しいのを作ったんだ」
「新しいの?」
「新しい赤ちゃん用の玩具」
「ほう、そうなのですか? 確かマスターは、次回予告がどうのこうのと言っていたはずですが?」
「あー、うん、次回予告メモの中からひとつを選んで実行する予定だったんだけど、どれにしようか迷ってしまって……それで迷いながら悩みながら妹の玩具を作っていたところ、いつの間にか玩具作りがメインになっちゃって――そうこうしている間に、玩具の方が先に完成しちゃったんだ」
「なるほど、マスターらしいです」
「ありがとうナナさん」
「褒めてはいないです」
「そうか」
そんな話をしながら、僕は新たな赤ちゃんグッズをアイテムボックスから取り出し、妹のベビーベッドに設置しようと――
「待ってくださいマスター」
「うん?」
「それはいったいなんですか?」
「これは木工シリーズ第152弾『ベッドメリー』だね」
赤ちゃんの頭上でくるくる回るメリーゴーランドみたいなあれ。
ベビーベッドの柵に支柱となるアームを固定して、アームの先から本体部分となる回転盤がぶら下がっていて、そこからさらにいろんな飾りがぶら下がっていて――それらがくるくると回る赤ちゃん用の玩具である。
「まぁ呼び方はいろいろあって、ベッドメリーだったりベビーメリーだったり、モビールって呼び方もあるみたいで、なんならモビールの方が近いのかな? 動力とかないし、風でくるくる回るだけだから――」
「そうではなく、そのぶら下がっている物は――」
「父の頭部だね」
いつものセルジャンヘッドである。
ベッドメリーの本体部分からは、父の頭部が五つぶら下がっている。
「なんというか、さすがはマスターですね……。こいつは本当に頭がおかしいんだと、そう思わずにはいられません」
「言葉悪いなナナさん……」
本人を目の前にして、しみじみと頭がおかしいなどと言わんでくれるかな……。
◇
ナナさんからは散々な言われようだったけれども、妹からは好評である。
回る五つのセルジャンヘッドを興味深そうに眺め、時々きゃっきゃと笑っている。
そんな感じで、ナナさんと二人で妹をぼんやり眺めていると――
「ところでマスター」
「うん?」
「アンナ叔母様が異世界転生者であるという点については、どうお考えですか?」
「そうだね、妹は異世界転生者…………は?」
――なんか急にナナさんがとんでもないこと言い出した!
「な、なんで!? そうなの!? どうして!? 根拠は――エビデンスは!? エビデンスがあるんだよね!?」
「ありませんが」
「…………」
ないんかい。
「ふ、ふぐー」
「あ、ごめんね妹」
僕が突然大きな声を出したせいで、妹を驚かせてしまったらしい。妹は今にも泣き出しそうな様子でむずがっている。
というわけで、僕とナナさんで慌てて妹をあやす。僕はガラガラを振り、ナナさんはベッドメリーを優しく揺らす。
「だー」
「うんうん」
妹の機嫌が直った。さすがのセルジャンガラガラとセルジャンベッドメリーだ。ありがとう父よ。
「気を付けてくださいマスター、アンナ叔母様は繊細なのです」
「ナナさんのせいじゃないか……」
エビデンスもなしに、ナナさんが突然おかしなことを言うから……。
「というか、どういうことなの? 妹が異世界転生者って……」
「あくまで可能性です。そういう可能性もあるかと思ったのです」
「可能性……?」
「異世界転生者の元へ、二人目の異世界転生者が送り込まれる。そういう展開が――そういうテコ入れとか、ありそうな気がしませんか?」
「テコ入れて」
まぁ展開としてはありそうな気もするけれど……。そして送り込まれるとしたら妹や弟ってパターンも、確かになくはないのかな……? いやでも……。
「実際アンナ叔母様も大層可愛らしい顔立ちをしていますし、マスターと同じようにディース様が関与した可能性が……」
「うーむ……」
「もしかしたら、またミコト様が地球で誰かを踏んづけてしまった可能性も……」
「いやいや……」
またそれなの……? 異世界転生って、そのパターンしかないの……?
「しかも今のミコト様は、あのときよりも格段のウェイトアップをしているわけで――おそらく踏まれたら即死でしょう」
「やめたまえナナさん」
天界から見ているかもしれないし、余計なことを言うのはやめたまえ。
それから一応言っておくと、おそらく地球観光中のミコトさんは女神様バージョンのミコトさんなので、スタイル抜群状態のミコトさんのはずだ。なのでまぁ、踏まれてもすぐに病院に行けばおそらく命は助かるはず。
「というか、あんまりあのときのことに触れるのはよくないよ。わりとミコトさんも気にしているみたいだし……」
「そのようですね。――まったくもって気にする必要はないと思うのですが」
「…………」
それもどうなのだ。あれで前世の僕が――佐々木氏がしっかり昇天しているのだ。別に気にしてほしいとは僕も思っていないけど、まったくもって気にする必要はないというのはどうなのだ。
「あれは事故ですし、ミコト様は悪くありません。なんなら悪いのはマスターですから」
「あ、うん、それは確かに」
まぁそういうことなら納得だ。そういう意味ではミコトさんが気にする必要はなかった。悪いのは僕だった。
「美人OLに鼻の下を伸ばして、スカートの中を覗き込もうとしたのですよね」
「それは違う」
だいぶ語弊がある。
……まぁ美人OLさんに鼻の下を伸ばしたところまではあっているかもしれないけど、別にスカートの中を覗き込もうとして滑り込んだわけではない。
「さておき、あんな事故もなかなかないだろうし、妹も違うと思うんだけどね。……試しに聞いてみようか? 実際に直接聞いてしまおう」
「なるほど? しかしアンナ叔母様は喋れませんが?」
「ふむ」
確かに妹は喋れない。とはいえ、もしも妹が異世界転生者で僕の言葉がわかるのならば、意思疎通のやり方などいくらでもあるはずだ。
「んー、妹よ」
「だー」
「もしも妹が異世界転生者だというのなら――ゆっくりまぶたを二回閉じてほしい」
「……口を塞がれて喋れない人質に質問するシチュエーションっぽいですね」
確かに映画とかのワンシーンっぽい。
さておき、とりあえず質問を伝え、妹がまばたきしないかじっと見つめてみるが――
「だー」
「うんうん」
こちらの質問はまるっきり意に介さず、妹は僕に手を伸ばし、僕の頬をぺちぺち叩いてくる。
「やっぱり違うんじゃない?」
「まぁ前世の記憶があるのなら、ここまで無邪気に赤ちゃんらしい振る舞いはできない気もします」
確かにそうだね。僕もそうだった。赤ちゃんらしい振る舞いに迷ったし、それであんまり喋らないことを母に心配された記憶もある。
「そして、ここまで無邪気にお祖父様のシリーズを喜んだりはしない気がします」
「あー、まぁそうなんだろうねぇ……」
無邪気な赤ちゃんだからこそ喜べる物で、そうじゃなければ困惑と戸惑いしか生まないシリーズかもしれん……。
「……むしろ、これで本当に妹が異世界転生者だとしたら大変だ。今もしっかり冷静に論理的に僕を見ていることになるわけでしょう?」
「そうなりますね」
「父親の頭部を模した玩具を次々と開発して提供してくる兄とか……。やばい人だと思われてしまうじゃないか……」
冷静に論理的に考えて、やばい兄だと思われてしまう可能性が……。
「実際にどういう見られ方をしているかはさておき、やばい人であることは間違いないと思いますが」
「…………」
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