第730話 教育上、好ましくないのではないか
というわけで、ユグドラシルさんと一緒に旅の思い出を振り返りつつ、無事にエルフの掟を達成して、世界旅行が終了したことを報告した。
ユグドラシルさんも僕の頑張りを大いに褒めてくれて、労ってくれてアメもくれて、なんなら世界樹の枝を三本もくれた。
そして最後に――
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
わーい、と二人でハイタッチを交わした。
やはり締めはハイタッチ。しっかり締まったね。長い長い僕の旅が終わったのだなと、改めて実感することができた。
「そんなわけで、本当ならしばらくはリフレッシュのための休暇をいただきつつ、あとは久々の故郷ですし、いろいろとやりたいこともあったのですが――」
なにせ一年ぶり――正確には一年十ヶ月ぶりの故郷だ。やりたいことがいろいろと溜まっている。むしろ山積み。やりたいことが山積み状態。
「とはいえ、今はそれどころじゃないですよね。ようやく実家に帰ってきたと思ったら、まさかの妹誕生ですから」
「おぉ、そういえばアレクには知らせていなかったはずじゃな。どうじゃった? 驚いたか?」
「そりゃあ驚きますよ……。驚きすぎて、思わず『本当に父の子?』と聞きそうになりました」
「……何やら物議を醸す発言じゃな」
「ええはい、僕も慌てて言葉を飲み込みました」
まぁそういうスキャンダラスな展開を想像したわけじゃないんだけどね。
もちろん本当に父の子で、僕の妹だということも理解できている。そのあたりは魂で理解した。
「さておき、僕としても他にやりたいことはあるのですが、やはり今は妹優先で――」
「ふむ。そうは言っても、ずっと付きっきりというわけでもないじゃろ? 実際今もそうじゃ。アレクが自分のやりたいことをやれる時間もあるのではないか?」
「いやいやユグドラシルさん、違います。それは違うと思います」
「違う?」
「ここで僕が別のことをやり始めたら――またストーリーが横道に逸れていきますよ?」
ちょっと別のことをするだけでは済まないのが僕なのだ。話が脱線していき、そこでたどり着いた話からもさらに脱線していき、そうして果てしない脱線を繰り返すのだ。そのことが鮮明に想像できてしまう。
「まぁそれ自体が悪いってわけではないんですけどね。むしろその横道こそが僕の道な気がします。横道こそが僕の正道。それこそが僕の王道」
「う、うむ……?」
「とはいえ、さすがに今は妹に集中して、妹のストーリーを進めたい気持ちの方が強いです」
「そうか……。正直アレクが何を言っておるのかまったくわからんが、妹のために何かしてあげたいという気持ちは素晴らしいと思う」
なんか悩みつつも褒めてくれた。ありがとうユグドラシルさん。
「なので今はすべてを放り捨てて、セルジャンガラガラを作ったりしていたわけです」
「それでセルジャンガラガラか……」
そしてまた悩み始めてしまうユグドラシルさん。
「正直なところ、あれは教育に良くないのではないかと思わんでもないが……」
「むむ……」
なるほど。ユグドラシルさんの言うことはわかる。セルジャンガラガラもそうだし、赤ちゃん用セルジャンシリーズは、妹の教育上好ましくないのではないかというユグドラシルさんの指摘は理解できる。
「しかしそれを言ったら――もう僕がそうですからね?」
「うん?」
「そもそも僕という存在自体が、教育上好ましくないと思われます」
「え? いや、別にそんなことは……。というか、自分でそれを言うのか……」
そこはもう妹のためなので、自分のことではあるけれど、しっかり厳密に評価を下しておきたい。
「教育の観点で言えば、僕はもちろん、ナナさんもだいぶ怪しくて、母もなかなかに怪しいと考えています」
「どれだけ問題のある家庭なのか……」
「頼れるのは父だけで……。あ、あと大シマリスのモモちゃんも頼れそうですね。妹に良い影響を与えてくれそうです」
僕達による妹への悪影響を、モモちゃんがどれだけ中和してくれるのか。妹の将来は、モモちゃんに託されたと言っても過言ではない。
……だがしかし、それで父とモモちゃんに妹を任せて、僕は何もしないってのもやっぱり違うと思う。
僕も僕なりに、妹のためにできることはしていきたい。僕だって何かできることはあるはずだ。その何かを探していきたい。
「あ、でも僕も褒められたことはあるのですよ?」
「ほう? 妹に何かしてあげて、それで褒められたと?」
「そうです。ある物を作ったところ、みんなからも大層褒められて――なんなら怒られました」
「……怒られた?」
「何故もっと早く作らないのかと、ナナさんに怒られてしまいました」
何故ならそれは旅をしていたからであり、しかも妹の存在を知らされていなかったからであり、そう考えるとだいぶ理不尽な怒られ方だった気もする。
まぁそれほど便利な物だったということだろう。ならば悪い気はしないか。
「それで、その褒められて怒られた物というのが――これです」
僕はズボンのポケットに手を入れて、ある物を取り出した。
ポケットから取り出した物――僕の『ポケットティッシュ』能力により、生み出された物が――
「紙おむつです」
これである。これはみんなに褒められた。
これがあったら楽だよね。妹のお世話も、すごく楽になると思う。ナナさんが怒るのも納得の代物だ。
「はて、これは?」
「『ポケットティッシュ』能力で生み出した、使い捨てのおしめですね」
「ほー? おしめか。しかし紙なのじゃろう? 紙ではいかんのではないか?」
「ふふふ、そう思ってしまいますよね? でも大丈夫です。見ていてください」
ちょいと実演してみよう。まずはテーブルに紙おむつを置き、そこへ手をかざして――『水魔法』スキルを発動した。
「申し訳ございません。僕の『水魔法』では色を変えることはできないのです。本当だったら青い水を出したいのですが」
「青い水……?」
やはりこういった検証は、謎の青い水でやりたいところだけれど、いかんせん着色技術がないために……。
というわけで普通の水だ。普通の透明な水をちょろちょろ出して、紙おむつに注いでいく。
「おぉ……。確かにしっかり水を受け止めておるな。一滴も漏れておらん。何故こうなるのじゃ?」
「ポリマーです」
「ぽりまー?」
「なんとかポリマー」
「何を言っておるのじゃ?」
正式名称がちょっとわからんくて……。えぇと、吸水なんとか……高吸水性ポリマーかな? 確かそんな名前だった気がする。
「ふーむ? それはつまり――紙ではないのか?」
「はい?」
「ポリマーというのはよくわからんが、それは紙ではないのか? お主の『ポケットティッシュ』は、紙を出せる能力と認識していたのじゃが」
「え? あ、はい、僕もその認識で……あれ?」
とりあえずポリマーは紙ではないよね。だってポリマーだし。
でも僕の『ポケットティッシュ』は紙を出す能力で……だとするとポリマーはおかしい? ポリマーではない?
「いやでも、ちゃんと吸水していますよ? じゃあやっぱりポリマーなのでは?」
「そもそもポリマーとはなんなのじゃ」
「…………」
正直僕もよくわかっていなくて、それを改めて聞かれると困ってしまうのだけど……。
「あ、それじゃあ実際に見てみましょうか。ハサミで切って、中を見てみましょう」
「おぉ、そうしてくれるか? わしも気になる」
「ええはい、ちょっと待っていてください」
ユグドラシルさんにそう伝え、ハサミを用意して、紙おむつをジョキジョキと切っていく。
「見てください、中にポリマーが…………入ってないですね」
ゼリー状にふくらんだポリマーが見られるかと思ったけれど、そんなこともなかった。普通の綿っぽい感じなのかな。綿が吸水している。
「どうやらポリマーではないようです」
「そうか、結局ポリマーとはなんじゃったのか……。というか、アレクも中身がわからんまま生み出しておるのじゃな……」
「ええまぁ……」
それでもちゃんと紙おむつとして機能する物を生み出せるって、なんかすごいよね……。『ニス塗布』もそうだけど、『ポケットティッシュ』も大概意味がわからん能力だよねぇ……。
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