第727話 兄らしく2
長い旅が終わり、故郷のメイユ村へ帰ってきた。
そして凱旋パレードを開催したり、みんなに掟達成を祝ってもらったり、最後に妹誕生というサプライズを受けたりして、なんやかんやあって――
――その翌日、僕は自室にて、黙々と木工作業を進めていた。
「んー。こんな感じなのかなぁ。やっぱり持ち手の部分と音にはこだわりたいよね。とはいえデザインも疎かにはしたくないわけで……」
そんな感じで悩みながら、僕は黙々と木工作業を――
「……あれ? でも今、独り言をつぶやいていなかった?」
そんな気がする。なんか無意識で喋っていた気がする。
となると、『黙々』ではないのか。黙々と作業はしていなかった。
「そうなのか……。普段からやたらと独り言の多い僕にとって、黙々と作業することは不可能だったのか……」
驚愕の新事実。僕の辞書には『黙々』という言葉はなかった……。
……まぁいいや。そんなことより作業を進めよう。そんなことより早く作ってしまおう。
「――何を作っているの?」
「ヒッ」
一人きりだったはずの部屋で、突然声を掛けられた。
僕が慌てふためきながら後ろを振り向くと――
「ああ、レリーナちゃんか……」
レリーナちゃんだ。レリーナちゃんがベッドに腰掛け、こちらを見つめていた。
「気付かなかったよ。居たんだね」
「うん、ごめんねお兄ちゃん。驚かせちゃったかも」
「いいんだよレリーナちゃん」
ひとまずそう返事をして――いや、別に良くはないんだけどね?
人の部屋にこっそり入ってきて、無言で後ろからじっと眺めているとか、それはたぶん良くないことだと思う。
「……あれ? というか、もういいの?」
「ん? 何が?」
「何がっていうか……いや、いいならいいんだけど……」
繰り返しになるが、僕がメイユ村に帰ってきたのが昨日のことだ。
つまり僕とレリーナちゃんの再会も昨日のこと。レリーナちゃんにいろいろあったのも昨日のこと。レリーナちゃんが僕を待ち伏せして、僕を襲撃して、ジスレアさんに捕縛され、簀巻きにされてムームー言っていたのも昨日のこと。
だというのに、もう解放されているのか……。もう釈放なのか……。
それでいいのだろうか。さすがに甘すぎやしないだろうか。そりゃあ別に僕だって厳しい処罰を望んでいるわけではないけれど、少なくとももうしばらく自宅謹慎くらいのペナルティがあってもおかしくはないのではなかろうか……。
「それで、お兄ちゃんは何を作っていたのかな? あんまり見たことがない物だから、なんなのかなって」
「え? ああ、うん、これは――ガラガラだね」
「ガラガラ……?」
まだまだ完成には程遠い状態だけど、完成した暁には――木工シリーズ第150弾『ガラガラ』になる予定である。
「簡単に説明すると、この筒の中に小さな玉をいくつか入れて、筒を振るとガラガラ音が鳴る玩具だね」
「へぇ……。それは、楽しいのかな……?」
「まぁたぶん僕達が使ってもそこまで楽しい物ではないんだろうけどね……」
ガラガラと音が鳴るだけだからねぇ。さすがに大人が楽しめる物ではない。これを本気で楽しめる大人がいたらちょっと怖い。
「これはアレだよ、赤ちゃん用の玩具なんだ」
「赤ちゃん用? ああ、じゃあアンナちゃんに?」
「そうそう。プレゼントしようと思っているんだ。なにせ僕は妹が生まれてから今まで、兄らしいことをひとつもしてあげられなかったから」
――とかなんとか、ちょっとそれっぽいセリフを口にしてみた。
まぁこればっかりは僕が悪いわけではない。だって僕は昨日まで妹の存在を知らされていなかったのだ。むしろ昨日の今日でさっそく兄らしいことをしようと奮闘している僕は、兄の鏡と言っても過言ではないはず。
「まぁ帰ってきたばかりで、僕としてもいろいろやりたいことはあるんだけどねぇ」
「やりたいこと?」
「あー、うん、やっぱりみんなに帰ってきたことの挨拶とかしたいかな。それで挨拶がてら、ローデットさんのところで鑑定したり、フルールさんのところで木材を補充したり、あとは無事に旅が終わるまで付き合ってくれたジスレアさんに改めて感謝を伝えたり――あ、それからルクミーヌ村にも行きたいかな。凱旋パレードでは村長さんも来てくれたみたいだし、あとディアナちゃんも――」
「…………」
「――そしてもちろんレリーナちゃんにも会いたかったよ。なんならガラガラ作りが終わったら、一番に会いに行こうと考えていたくらいだとも」
知人の名前を挙げているうちに、レリーナちゃんの目がどんどん冷たく暗くなっていったので、慌てて話の流れを変えた。
とても恐ろしい目だった……。女性の名前ばかり挙げてしまったのは失敗だったな。もうちょっと男性の名前も挟めばよかった。例えば――ジェレパパさんとか。
というか、普通にジェレパパさんにも会いたい。今年のパン祭りは、僕一人ですべてのお皿を作り上げたわけで、そこを労っていただきたい。そこを褒めてもらいたい。そして来年は一緒に頑張ろうねって約束したい。
「というわけで予定はたくさんあるんだけれど、なにせ妹が誕生していて、僕は兄なわけで、だからひとまず出掛ける前にガラガラくらいは作ってプレゼントしておきたいなって」
「そっかー、喜んでくれるといいね」
「そうだねぇ。そうだといいんだけど……というか、あれ? あの、レリーナちゃんって妹については……えっと、どういう……?」
「うん?」
どういう感じなのだろう? どういう感情を抱いているのだろう? 今更ながら、そこがちょっと気になった。
「なんというか……レリーナちゃんも妹とは仲良くしてくれているのかな……?」
「えー? してるよ? だって――私達の大事な妹だもの」
「……なるほど」
そうなのか。そんな感じなのか。
それなら良かった。とても良かった。レリーナちゃんのセリフに微妙な引っ掛かりを覚えたりもしたけれど、ひとまず良かったと言っていいだろう。
とりあえず『お兄ちゃんに妹は二人もいらない……』とか言い出さなくて良かった。
なんだかんだレリーナちゃんって、僕の家族に対しては好意的だよね。なんならナナさんにも寛容な気がする。そして妹にも優しく温かく接してくれているようで、それならば大変ありがたいことだと思う。
「でも羨ましいなー。お兄ちゃんからこんなにも愛のあるプレゼントを貰えて、ちょっとだけアンナちゃんが羨ましい」
「あー、えっと、レリーナちゃんもガラガラいる……?」
「んー、そういうことじゃないんだけどなー……。お兄ちゃんからのプレゼントは嬉しいけど、それは嬉しいけれど……」
そうか、違うのか。僕の妹的存在でもあるレリーナちゃんだし、実妹と同じようにガラガラをプレゼントしたらどうかと考えたわけだが、やっぱりガラガラはちょっと違うらしい。
「まぁレリーナちゃんが楽しめる物でもないだろうし、そもそもちゃんと作れるかもわからないしね」
「そういえば、さっきは少し悩んでいたみたいだけど?」
「うん、とりあえず持ち手と音かな。どうやったら持ちやすくなるのかと、どんな音なら喜んでもらえるのか」
なにせ赤ちゃんが持つ物だからねぇ。そして赤ちゃんが喜ぶ音ってのもちょっとわからん。
「あとはまぁ、デザインだよね」
「デザイン?」
「筒の部分をどういうデザインにしようか迷っているんだ」
「へー、そこで悩むんだ? ただの筒じゃないの?」
「とりあえず――父の顔にしようかと思っているのだけど、レリーナちゃんはどう思う?」
「…………」
「レリーナちゃん?」
「……お兄ちゃんらしいとは思うかな」
「なるほど」
なんか微妙に誉めているようで誉めてはいないような気がしないでもない。
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