第726話 総集編15 ――妹誕生秘話
いつの間にか誕生していた実妹との初邂逅を果たした僕であったが、しばらくすると妹は再び母の腕の中ですやすやと眠り始めたので、ひとまず僕はナナさんと一緒に自室まで戻ってきた。
「いやー、びっくりしたねぇ……」
「だいぶ驚かれていたようで、サプライズ大成功ですね」
「そうだねぇ……」
というか、『いつの間にか妹が生まれているサプライズ』とか、冷静に考えると意味がわからんけどね……。
「でもまぁ、ありえないことでもないのかな? 通信技術がそこまで発達していない世界だし――通信技術がそこまで一般に普及していない世界だし」
喋っている最中に通話の魔道具があることを思い出し、通信技術が発達しているのかしていないのかよくわからなくなってきたため、セリフの途中でちょっと言い換えた。
とりあえず通話の魔道具は一般家庭にはない物だからね。やっぱり普通の人が遠方の知人と連絡を取ろうとしたら、それなりに大変なものがあると思う。
「遠くに住んでいるとか、僕みたいに旅をしていた場合なんかは、いつの間にか兄弟が増えていたってこともなくはなさそう」
「そうですねぇ。特に一人息子が旅に出て、夫婦水入らずの状況になったら、それは子どもも生まれますよね」
「うんまぁ、それはまぁ……」
息子の僕からは、なんとも触れにくい話題ではある。
でもまぁ、とりあえず両親の仲が良いことは喜ばしいことなんじゃないかなって……。
「ちなみにですね、アンナ叔母様が仕込まれた日を逆算しますと――」
「いやいやいや」
なんてセリフだ。ひとつのセリフの中に、いったいどれだけのツッコミ所を詰め込むのか。
まず初っ端の『アンナ叔母様』という呼び方も軽く引っ掛かる。そうなのね? ナナさんからすると、父親の僕の母親の娘だから、アンナ叔母様なのね?
しかしそれ以上に、『仕込まれた日』という言い方はどうなのか。もうちょっと他にあるだろう。もうちょっと婉曲的で柔らかい表現はできなかったものだろうか。
そして何故逆算してみたのか。その日をわざわざ逆算して調べることになんの意味があるというのか。というか、何故僕に聞かせるのか。
「逆算したところ――実はマスターが旅に出発する前から、お祖母様のお腹にはアンナ叔母様の命が宿っていたらしいです」
「え、そうなの?」
そうなのか……。わざわざ逆算することはないと言っておきながら、その事実にはついつい反応を示してしまった。
はー、僕が旅に出る前か……。いや、まぁいいんだけどね。だからどうだっていう話でもないんだ。とりあえず普段から僕の両親は仲良しだったということで、それはきっと喜ばしいことなんじゃないかなって……。
「いやでも、それなら僕にも知らせておいてほしかったな。僕が旅に出る前なんでしょう?」
「まぁその時点では、妊娠していたかどうかは正確にはわかっていなかったのですが」
「あ、そうなんだ」
「その時点では兆候だけですね。兆候として、少し遅れているという――」
「やめようナナさん」
その話はやめよう。
というか、さっきから僕は何を聞かされているんだ。なんだか僕には触れにくい話題ばかり投げ付けられている。
「そんなわけで、ジスレア様に診ていただいたのですよ」
「あぁ、そんなことがあったんだ。それで、ジスレアさんはなんて?」
「ジスレア様は回復魔法を唱えるだけなので、何もわかりませんでした」
「そっか……」
そういえばそうだった。治療はしても診察はしないことで有名なジスレアさんだった。
「それからマスターが旅に出発して、その後でどうやらご懐妊らしいという結論になったわけです」
「なるほどなぁ……」
なんというか……体調の乱れ? 母の体調の乱れは、回復魔法を掛けてもらった後も収まらずに、それで発覚という流れか。
「そして十月十日の時が流れ――ちなみに出産時はジスレア様にも立ち会っていただきましたね」
「え、ジスレアさん?」
「やはりジスレア様と言えば、聖女と呼ばれるほどに超優秀なヒーラーですし、万が一に備えて来ていただいたのです」
「いやでも、ジスレアさんは僕の旅に同行していて……」
「途中で離脱することがあったと思いますが」
「……あ、あった。確かにあった。ちょっと用事があるとか言って、メイユ村に帰っていた」
あれは確か、ちょうど僕が木工に励んでいるときで――いや、まぁ旅の後半はずっと木工漬けの日々だったから、『ちょうど』とかいう話ではないのだけれど……。
まぁとにかく、僕がお皿作りやリュミエス人形制作に励んでいるときだ。そこでジスレアさんだけふらっとメイユ村に帰っていたのだけれど、どうやらそのときにメイユ村では僕の妹が生まれていたらしい。
あれがたぶん五ヶ月くらい前のこと? ってことは――現在妹は生後五ヶ月なのか。
ここへ来て、ようやく妹の年齢を知る兄。またしても兄としての歴史の浅さを露呈。……でもまぁ仕方がない。実際浅いのだから仕方がない。浅いのは僕のせいではない。
「ラフトの町に戻ってきたジスレアさんは何も言っていなかったんだけどねぇ……」
「それはまぁ、サプライズのためマスターには内緒にしていましたから」
「というかジスレアさんだけじゃなく、ナナさんも僕には知らせないようにしていたし、ルーレットで天界に行ったときも、ミコトさんやディースさんは何も言わなかったな……」
「サプライズですから」
みんなどれだけサプライズに全力なのだ……。
まぁジスレアさん以外は本来僕への連絡手段を持っていないはずで、その設定を守ろうと頑張っていたんだろうけどさ。
「ちなみに、ヘズラト君も知っていました」
「え、そうなの? なんで?」
「Dメールで、私がうっかりアンナ叔母様のことを話してしまったがゆえに」
「それはうっかりだね……」
そんなこともあったのか……。まぁ僕は旅の間Dメールのチェックを朝と夜の二回だけと決めていたから、僕は気付かずヘズラト君だけ気付くということも確かにあるだろう。
「ちなみに四、五回ありました」
「結構あったのね……」
「私達からすると、この一年はアンナ叔母様を中心に回っていたわけで、それはうっかり話題にも出してしまいますよ。そしてその度に、ヘズラト君がDメールの文章を修正してくれたのです」
人知れずサプライズを守り続けていたヘズラト君……。こんなところでも有能なヘズラト君……。
「そうして長年隠し続けていたサプライズが無事に成功して、私としては感無量でございます」
「そうなんだ……。それはなんというか……とりあえずお疲れ様ナナさん」
僕からはなんとも言えないけれど、みんな大変だったんだねぇ……。
毎日Dメールのやり取りをしていたナナさんもそうだし、毎日同じ部屋で顔を合わせていたジスレアさんやヘズラト君もそうだし、天界でずっと一緒だったミコトさんやディースさんもそうだし……こんなに近い距離にいるのに、数ヶ月に渡って隠し続けるとか、それはやっぱり大変だったんだろうなって――
「しかし何度私がDメールでミスをしても気付かず、なんならジスレア様やミコト様がうっかり口にしたこともあったらしく、その度にマスターは、『妹……? レリーナちゃんのことですか?』などと言っていたそうで、もはや何を言ってもバレないのではないかと思い始めていましたが」
「…………」
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