第725話 妹
「……妹?」
「そう。アレクの妹」
「妹……」
妹らしい。母が腕に抱いている赤ちゃんは、僕の妹なのだそうだ。
「おぉぉ…………おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうアレク」
未だ混乱の最中にいる僕ではあるが、どうにかこうにか両親にお祝いの言葉を伝えることだけはできた。
母は笑顔でありがとうと返し、父もちょっと照れくさそうにありがとうと返した。
「いやでも、本当に――」
「ん?」
――本当に父の子?
そう言い掛けたところで、僕は慌てて口をつぐんだ。
待てアレク、それは違う。そのセリフは間違っている。なんか無駄に不穏なセリフだ。そんなセリフを今この場で投げ掛ける必要はない。
そうじゃなくて、とりあえず本当に父と母の子でいいんだよね? 僕をからかっているだけで、実はやっぱり親戚の子を預かっているだけとか、そういうわけではないんだよね?
「アレク、どうかした? 『本当に』ってのは、何がかな?」
「あ、えぇと、本当に何も知らなかったから、驚いちゃって……」
ひとまず父にはそう返した。まぁこれも僕の本音だ。実際驚いているし、まだまだ混乱の最中である。
だってさ、息子の僕が何も知らない間に二人目の子供が生まれているとか、普通ないよね。いったいどうなっているの?
「あー、そうだねぇ。アレクには何も知らせていなかったから」
「そこだよ。待望の第二子誕生を、なんで第一子に伝えていないのか」
知らせる方法など、いくらでもあるはずなのに……。
――というかナナさんだ。何故なのだナナさん。
「なんで知らせてくれなかったのさナナさん」
「旅をしているアレク坊っちゃんに、私からお知らせする方法などございません」
「もちろんそうだとも」
父と母の前でDメールのことを話すわけにもいかなかった。
うっかりそのことを忘れてナナさんに話し掛けたため、だいぶ不自然な会話になってしまった。
「ちなみに、もしもそんな方法があったとしても、私からはお知らせしなかったはずです」
「そうなの?」
「セルジャン様とミリアム様が、そういうお考えだったのですよ。遠く離れた人界の地でエルフの掟を達成しようと一生懸命に奮闘するアレク坊っちゃんに、心配を掛けまいというお二人の親心です」
「あー、そうなんだ……」
「なにせアレク坊っちゃんは遠く離れた地で、真面目に真摯に懸命に努力していたわけですから」
……なんか皮肉っぽいなナナさん。
「一応最初はそんなことを考えていてね。それでこうして無事に生まれてきてくれたわけだけど――どうせならずっと黙っていて、帰ってきたアレクを驚かせようかなって」
「あー、うん。そういう意味では大成功だけどね……」
とんでもないサプライズだ。驚いた。本当に驚いたとも……。
「どう、アレク、抱いてみる?」
「え、僕が?」
僕が妹を抱っこ……。どうだろう。僕も抱っこしてみたい気持ちはあるけれど……。
「でも赤ちゃんを抱っこなんてしたことがないから、上手くできるかどうか……」
「まぁ最初はそうだよね。僕も最初は抱き方がなっていなくて、赤ん坊だったアレクを泣かせてしまったことがあるよ」
「あー……」
覚えてるわ。父に抱っこされた瞬間、首のあたりにほんの少しだけ負担を感じて、泣き出してしまった記憶がある。
「ごめんね父。ほんの少しの抱き方の違和感すら許せない僕でごめん。堪え性のない息子でごめん」
「え、いや、いいよ別に……。アレクは赤ちゃんだったし、むしろ僕の方こそごめんね」
二十一年の時を経て、ようやくあのときのことを父に謝ることができた。それだけでも我が妹に感謝したい気持ちになった。
「しかしそのことを思うと、やっぱり少し躊躇してしまうね……。僕も同じように泣かせてしまうかもしれない。事前に練習したいかもしれない」
適当なぬいぐるみかなんかで、練習させてもらえないだろうか。過去の父と同じ轍を踏まないためにも、事前練習を……。
「僭越ながら、どうしてもというのなら私がアレク坊っちゃんの練習に付き合いますが」
「うん?」
「どうしてもというのなら、私を抱っこしても構いませんよ?」
「……ありがとうナナさん、気持ちだけ受け取っておくよ」
ナナさんを抱っこするのと、赤ちゃんを抱っこするのではだいぶ違うでしょうに……。
たぶんだけど、僕の娘を自称するナナさんなのに、僕に抱っこされたことがないなと思い至ったのだろう……。確か、おんぶはしてあげたことがあるような気もするけどね……。
とかなんとか、家族でそんな会話をしていると――
「あ、起きた」
母の腕の中で我が妹がむずむずと動いて、瞳を開いた。起きたらしい。
「おぉ、なんか見られてる……」
起きてキョロキョロと周りを見た後、僕に気が付いたらしい。
不思議そうな顔で、我が妹が僕を見ている。
「や、やぁ妹よ。僕が君のお兄さんだ」
「なんですか、その喋り方は……?」
「…………」
いやだって、どう話し掛けたらいいかわからなくて……。
なにせほんの数分前まで兄になったことすら知らなかったんだ。兄としてどう振る舞ったらいいのかまるでわからない。
やっぱり赤ちゃん言葉で話し掛けるべきなのかな。でも兄としての歴史が数分の僕には、それもなかなかハードルが高くて……。
「というか、名前はなんていうの?」
「アンナよ」
「おー、そうなんだ。良い名前だね」
ここへ来て、ようやく妹の名前を知る兄。またしても兄としての歴史の浅さを露呈。……まぁ仕方がない。実際浅いのだから仕方がない。なんなら浅いのは僕のせいではない。
さておき、とりあえずもう一回話し掛けてみよう。名前を呼んでみよう。
「アンナちゃーん。お兄ちゃんだよー」
「なんですか、その喋り方は……?」
「…………」
なんでよ。今のはそこそこ良かったでしょうよ。わりとお兄ちゃんらしいセリフだったでしょうに。
「だー」
「おぉ、喋った」
僕の言葉に反応して、妹が声を上げた。
そして、ぱたぱたと僕に向かって手を伸ばした。
その手に対し、僕もおそるおそる手を伸ばすと……。
「うー」
「おぉ……。可愛らしい……」
妹が僕の人差し指をきゅっと握った。とても可愛らしい。
うん、なんかあれだ。母性やら父性やらみたいな感じで――兄性? 兄性に目覚めたような感覚だ。
「――魂で」
「うん?」
「魂で理解しましたかアレク坊っちゃん」
「え、何……? 魂……?」
「体で、心で、魂で、この子は自分の妹だと理解できましたか」
「あー……」
懐かしいな……。なんか無駄に懐かしい。
いきなり妙に大げさなことを言うなと思ったけど、赤ん坊だった頃に僕が言っていたやつか……。
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