第723話 総集編13 ――一年十ヶ月の旅路
「結局のところ、隣村と隣町に一年いただけですか」
「…………」
な、なんてことを言うのだナナさん……!
ひとまず自室にて、旅の振り返りをナナさんに聞いてもらっていたところ、ひどい暴言を投げ付けられてしまった!
……いや、まぁ確かにその通りなんだけどね。
実際僕もその点は反省していて、次の旅では改善したいと考えているところではある。しかし、だからといって改めて指摘することもなかろうに。
「あー、でもほら、一応は旅をしてきたから……。エルフ界を飛び出して、他の世界で一年過ごしてきたことは間違いないから……」
「カークおじさん宅と、町の宿屋でぬくぬくしていただけなのでは?」
「いやいやナナさん、それはナナさん……」
まぁその通りなのだけど……。それもやっぱりその通りなのだけどナナさんよ……。
「――とはいえ、親元を離れて一年間旅を続けて、しっかり掟を達成したことは素晴らしい成果だったと思います」
「お、そうだよね。ナナさんもそう思うよね?」
「そうですとも。見事にやり遂げましたね。おめでとうございます。長い間お疲れ様でしたマスター」
「うんうん、ありがとうナナさん」
アメとムチ。アメとムチの使い分けがすごいよナナさん。
「そうだねぇ。そんなわけで一年間旅をしてきて……あれ? 一年間?」
「はい? どうしました?」
「僕からすると一年じゃなくて……一年十ヶ月なのでは?」
「一年十ヶ月……? えぇと、どこから十ヶ月が?」
「途中で天界に十ヶ月滞在したから」
下界で一年。天界で十ヶ月。合計で一年十ヶ月だ。それだけの月日を経て、ようやく故郷に戻ってきたのだ。
「あぁ、そうでしたね。そう考えると、一年十ヶ月ですか」
「そう考えると……その分余計に褒めてほしい気持ちもある」
「……はい?」
「さっきナナさんは、長い間お疲れ様でしたと言ってくれたけど、その言葉は一年間の旅を労う言葉だったわけでしょう? つまり、残り十ヶ月分の労いは込められていなかったと思うんだ。言うなれば、46%オフの労いだった。やはり僕としては100%の労いを頂戴したいわけで――」
「ぬくぬくしていただけのくせをして、厚かましいですね……」
「…………」
ムチである。追加のアメは貰えなかった。その変わりにムチ。
まぁ仕方がない。ナナさんはそう言う。そう簡単にはアメをくれないタイプだ。こういうのを頼むのは――ユグドラシルさんだな。ユグドラシルさんからアメを貰おう。あとでユグドラシルさんに伝えて、1.8倍褒めてもらおう。
「まぁそんなわけで一年十ヶ月旅をしてきて、なんだかんだで長かったよね。振り返ってみると、それなりにいろいろあったような気がする」
「ほうほう。ちなみに、マスターが特に印象に残っている出来事とかはありますか?」
「特に印象に? あー、なんだろうな。大きな出来事と言うと――」
ぬくぬくしていただけではあるけど、その中で強いて挙げるとするならば――
「やっぱりリュミエスさんと出会えたことかな」
「ああ、魔王様とやらですか」
「そうそう。なにせ魔王様だからね。あれは大きな出来事で、大きな出会いだったと思う」
「Dメールでも度々話題に上がっていましたね。いきなり攫われたと聞いたときには、それはそれは心配してしまいましたが」
「…………」
そうだったかな? ナナさんはDメールで草を生やしていた記憶があるのだけれど?
「あと大きな出来事と言えば、レベル45のチートルーレットでアイテムボックスを獲得――」
「チッ……」
「…………」
舌打ち……。なんか普通に舌打ち。普通にイラついた様子で舌打ち……。
やはりそうなのか。Dメールでは細かい感情の機微までは伝わらなかったけれど、自分だけアイテムボックスを使えないことに対し、普通に本当にイライラしていたんだな……。
「まぁ私は諦めていませんが」
「……うん? 諦めてない?」
「アイテムボックスの利用を諦めない」
「え、そうなの……?」
いやでも、それはもう無理って結論が出ちゃったから……。それは努力でどうにかなるものではないのでは……?
「そもそもマスターの召喚獣だから全員使えるというのもおかしな話だと思うのですが、それが許されるのならば、私も使えていいと思うのです」
「えぇと、そうなのかな……?」
「召喚主と召喚獣の絆によるものなのかもしれませんが、それで言うなら私とマスターも親子としての絆があります」
「親子の絆……。あー、うん。それはその、そうなのかもしれないけど……」
でも親子の絆でどうにかなるものではないような気もして……。いや、親子の絆ってのは大事なものだとは思うけどね……?
「まぁそんな絆などというあやふやな関係性以外にも、明確なつながりがあります」
「そうなんだ……」
親子の絆では弱いとナナさんも感じたのか、いきなり絆を切って捨てよった……。
「何と言っても、我が母ダンジョンコアを介してのつながりがあります。マスターはダンジョンコアとリンクしていて、ダンジョンコアは私とリンクしています。そうしてマスターの知識や経験が私に引き継がれましたし、私達は同じダンジョンマスターでもあります。これ以上のつながりがありますか?」
「まぁ確かに……」
「であれば、私がマスターのアイテムボックスを使えたとしてもおかしくはないでしょう? 違いますか?」
「まぁ確かに……」
「――だというのに!」
「おぉう……」
「だというのに、何故か私はアイテムボックスを使えないのです。こんなにも深くつながっている私なのに……。そのくせ召喚獣はアイテムボックスを使うことができて、それどころか私達のダンジョンメニューを使うこともできる。こんなのおかしいです」
「おかしいよねぇ……」
「ズルいです」
「ズルいよねぇ……」
ナナさんのイライラがすごい……。たぶんそこが一番引っかかっているんだろうな。みんなはダンジョンメニューを使えるのに、何故こちらはアイテムボックスを使えないのか、その部分でイライラしているのだろう……。
「というわけで、私も使えなければおかしいです。いつか私も使えるようになると信じています。そのときまで、私はアイテムボックスを諦めません」
――ってなことを、天井を見上げながらナナさんが宣言した。
おそらく天界のディースさんに向けて話しているのだろう。宣言というより、もはやディースさんへの陳情である。
「どうかお願いします、ディースお祖母様」
というか、もうストレートにお願いし始めた……。ディースお祖母様と呼んで媚まで売る……。
前はディースさんのことを奇乳呼ばわりしていたのにな……。
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