第718話 旅の終わり3
「おかえりなさいジスレアさん」
「うん、ただいま」
ジスレアさんが戻ってきた。
僕が託した新春パン祭りセットをメイユ村へ届け、そして無事にラフトの町まで戻ってきた。
「お手数おかけしました。お祭りも大盛況で閉幕したようで、何よりです」
「なんで知ってる?」
「はい? なんで? なんでと言われましても――――あ」
……いかん。確かにそうだ。それはナナさんのDメールで教えてもらったことで、本来僕が知っているのはおかしなことだった。
えぇと、どうしたものか。なんて言い訳しよう。いきなりの窮地だ。のっけから無駄にピンチ。
「ええまぁ、お祭りが大盛況だったことは――ジスレアさんの顔を見たらわかります」
「……顔?」
「そうですとも。顔でわかりますよ」
「パン祭りが無事に開催されて、大盛況だったことを予感させる顔をしていた……?」
「ええまぁ……」
「なるほど――確かにそうかもしれない。私もパン祭りを楽しんできた。そのときの楽しい思い出が、顔に出ていたのかもしれない」
「…………」
納得してもらえた……。自分で言っておいてなんだけど、まさかこの言い訳が通るとは……。
――あれ? でも待てよ? よくよく考えると、Dメールのことはジスレアさんにも伝えてあるし、こんな無茶な言い訳をせずともナナさんから聞いたとそのまま伝えたらよかったのか。
……まぁいいや。なんかジスレアさんも納得してくれたみたいだし、このままにしておこう。
僕の無茶な言い訳に納得してくれるくらい、ジスレアさんもパン祭りを楽しんでくれたようで、それならば何も言うことはない。もう余計なことは言わずに、そそくさと話題を変えよう。
「ところで村はどうでしたか? ジスレアさんも一年ぶりのメイユ村ですよね? 何か変わったことはありましたか?」
「レリーナがだいぶ強くなっていた」
「…………」
話題を変えたところ、何やら妙な話題に転がってしまった。藪をつついて蛇を出してしまった。
どういうことなのか。何故そんな話になったのか。というか、何故レリーナちゃんの強さを確かめる事態に陥ったのか。
いったいどうして……いや、でもどうなんだろう。むしろ聞きたくないかもしれない。
なんか怖いし、詳細は聞かないことに――
「レリーナからアレクの様子を聞かれたから、この一年私とアレクは一時も離れることなく、常にそばにいて、寝るときも一緒で、すぐ隣からずっとアレクの様子を見守ってきたと、そう伝えたところ――」
「まぁ待ってくださいジスレアさん。それは確かに気になるお話ですが、僕が聞きたいことは少し違うんです」
というか、その話を聞きたくなかった。なんて恐ろしい会話をしているんだ。どんだけ煽り散らかすのだジスレアさん。
「とりあえずレリーナちゃんの話はやめておきましょう。二人の間でいろいろと深いやり取りがあったようですが、あまりにも深すぎて、僕が聞いていいことなのか判断が付きません」
「そう? まぁそうなのかな?」
たぶんそうだろう。きっとレリーナちゃんだって、煽られてブチ切れて襲いかかったなんてバラされたくないはずだ。
「ちなみに、他の人達はどんな感じでしたかね」
「んー、やっぱりみんなアレクのことを気にしていたかな。みんな寂しがっていたと思う」
「ほほう? それはそれは」
それそれ。そういうの聞きたい。その話は詳しく聞きたい。
なにせ一年だからね。僕という村の宝が一年間も消えてしまったのだ。そりゃあみんなも意気消沈というものだろう。
「やはりそうですか。僕がいなくなってみんな寂しがっていましたか」
「うん、そんな気はした」
「村人全員の心に大きな穴がぽっかりと空いてしまったようで、もはや村の中は火が消えたような雰囲気でしたか」
「さすがにそこまでじゃあない」
「…………」
……そうか。さすがにそこまでの影響は与えられなかったか。ちょっと調子に乗りすぎてしまったか。
まぁいいんだけどね。みんな元気にしているってことだから、むしろ喜ばしいことなんだけどさ……。
◇
「さて、こうして無事にジスレアさんも帰ってきたということは――いよいよ本格的に旅の終わりが近づきつつあるということです」
「うん」
「なるほど」
「キー」
「…………」
というわけで、僕とジスレアさんとスカーレットさんとヘズラト君とリュミエスさん――同じ宿で暮らすパーティメンバー全員で会議である。今後のことについて、いろいろと話し合わなければいけない。
「それで、アレク君達はいつ出発するのだろうか」
「そうですねぇ。掟達成まであと一週間ですからねぇ」
あと一週間。こうなると、もういつ出発しても構わない。なんなら今すぐ出発してもいいくらいなのだが――
「でもまぁ、掟達成の瞬間を待ってから出発することにしますか」
帰宅途中で死んだら掟失敗なんじゃないかって話もあったしな。ここは万全を期して、しっかり掟達成を確定させてから出発することとしよう。
「ふむ。それじゃあ大体一週間後に出発ということになるのかな?」
「そのつもりです」
「なるほど、じゃあ私もそのタイミングで出発かな。アレク君達はメイユ村へ、そして私は王都へ、そしてリュミエスは引き続き町に滞在か」
「そうなりますね」
スカーレットさんの言葉に頷いて、チラッとリュミエスさんに目を向けたが――相変わらず無表情で無反応。
おそらく町に残るはずで、そのつもりで僕も準備とか進めちゃっているんだけど、大丈夫なのかな……。
「それにしても、長かった世界旅行もいよいよ終わりですね。感慨深いです。振り返ってみると、本当にいろいろありました」
初めて世界旅行に出発したのは、僕が十六歳の頃だったか。そこから二年間の旅を続け、もうすぐ僕は二十一歳の誕生日を迎えようとしている。
いやはや長かった。なんか計算合わないけど、とりあえず長かった。
「本当にいろいろあって……。いろいろ……」
「うん?」
「……いろいろあったんですかね」
「え? いや、そんなことを聞かれても……」
「冷静に振り返ってみると、大したことはしていないような……」
実際のところ、この世界旅行はどうだった? とりあえず旅らしいこととか、冒険っぽいことはあんまりやっていないよね。もう本当に何事もなく毎日が過ぎていって、そして旅が終わりそうで……。
「…………」
「あ、そうですね。リュミエスさんと出会えたのは世界旅行のおかげですね。それは確かに大きな出来事でした」
なんかリュミエスさんから視線を感じた。すごいアピールしてくる雰囲気を察した。
「ふむ。それを言うなら私もだな」
「それもそうですね。大きな出来事です」
便乗してスカーレットさんもアピールしてきた。うんうん、大きい大きい。
そう考えると、いろいろあったと言うこともできるか? なにせ勇者様と魔王様だ。この二人に出会えただけでも、この上ない財産になったのではなかろうか。
「とはいえ、そんな勇者様や魔王様と何をしていたかと言うと……」
「まぁ確かに何かした記憶はあんまりないかな……。のんびりとした毎日で、楽しかった記憶はあるけれど……」
やっぱりそうだよねぇ……。もうちょっと何かすればよかったな。もうちょっといろんなところに行けばよかった。
基本的にはカーク村とラフトの町にずっと滞在していて、掟ノルマだけを消化していって……そもそもカーク村とラフトの町って、メイユ村からすると隣村と隣町だからね。
基本的に隣村と隣町でゴロゴロして、木工やってただけの二年間と言えなくもない。果たしてそれで世界旅行と言えるのだろうか……。
「んー、隣村と隣町だけなのはさすがに……今更ながら、王都くらい行けばよかったかなって、ちょっぴり反省しています」
「おぉ? それじゃあ一緒に行こうかアレク君」
「いや、さすがに行きませんけど……」
もう今回の旅は終わりなので、さすがに今から王都は厳しいかもです……。
「あとはまぁ、こんなことならリュミエスさんに連れられて魔界に行くのもありだったのかなって……」
「…………!」
「いや、さすがに行きませんけど……」
だからもう帰るので……。というか、もし魔界に行くとしても、竜形態のリュミエスさんに掴まれての空輸を自分から望むことはしないです……。
「まぁ次回ですね。掟のための世界旅行は終わりですけど、またそのうち旅をすることもあるでしょうし、そのときは王都や魔界まで足を運びたいと思います」
次回こそは、もっと広い世界を体感してこようではないか。世界旅行の名に恥じぬ旅をしてこよう。
そう心に決めて、そんな次回への展望を抱く僕なのであった――
「とか言いつつ、やっぱり次回も隣村か隣町をウロウロするだけで満足して帰っていくアレク君な気がする」
「…………」
……そんな気もする。
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