第717話 旅の終わり2
――ギルドの食堂にて。
「というわけで、旅の終わりです」
「あー、そうなんだな」
「そうなのね、お疲れ様アレク君」
パーティメンバーでもある冒険者クリスティーナさんと、ラフトの町の門番であるケイトさんに旅の終わりを告げた。
例によって別れの挨拶というには少し早いのだけど、ギルドで非番のケイトさんに偶然出会って、いつものように一人ぼっちのクリスティーナさんとも出会うことができたので、もうすぐお別れということだけは伝えておくことにした。
「もうアレク君もこの町に長いこといたから、いなくなると思うと寂しいわね」
「ええはい、長らくお世話になりました。振り返ってみると、ケイトさんには迷惑を掛けっぱなしだった気がします。そんな僕がいなくなったら、ケイトさん的には仕事が楽になるかもしれませんね」
「……町に平穏が戻ってくるわね」
「…………」
ケイトさんから寂しいと言ってもらえて、照れ隠しにちょっとした軽口を叩いたつもりが、しみじみと町の平穏を乱す輩だったと伝えられてしまった。
「あ、でも寂しいことは寂しいわ。それも本当よ?」
「ええはい。そうですねぇ。僕も寂しいです」
慌ててフォローしてくれたケイトさんだが、『それも本当』と言っているあたり、僕が町の平穏を乱していたという評価は変えるつもりがないらしい。
「そんなわけで寂しくて――あと、クリスティーナさんも寂しいです」
「あん? なんだそのアタシも寂しいってのは」
「僕達がいなくなって、クリスティーナさんも寂しがると予想しています。これでなかなか寂しがり屋なクリスティーナさんですから、きっとしょんぼりして――むーむー」
発言の途中でほっぺをむぎゅっとされて、むーむー言わされてしまった。
「いやでも、寂しいですよね? ここで寂しがってくれないと、僕としても寂しいのですが」
「あー、まぁそれはな……」
「特にクリスティーナさんはお友達が少なめなので、僕達がいなくなるとクリスティーナさんのお友達の人数は壊滅的な数字となってしまって――むーむー」
再びむぎゅっとされて、むーむーにされてしまった。
……でも状況が状況なだけに、僕としては本当に心配しているのよ。
「僕だけならまだしも、スカーレットさんも王都に戻るらしいですからね」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな」
「あら、そうなの? 勇者様も?」
「さすがにそろそろ帰らないといけないらしいです」
「そりゃあそうだろうな。アレクよりも長いこといて……どれくらいだ?」
「確か、一年半くらいはいたんじゃないかしら……」
「このままだと、パーティを追放されかねないと言っていました」
スカーレットさんのパーティなのにねぇ。勇者パーティから勇者が追放という、面白いことになってしまう。
「というわけで僕とジスレアさんとヘズラト君が故郷に帰って、スカーレットさんも王都に帰ってしまうわけですが――しかし安心してくださいクリスティーナさん」
「あん?」
「リュミエスさんだけは、しばらく町に残ってくれるみたいです」
「あ、そうなのか? リュミエスは残るのか?」
「わかりません」
「は?」
なんというか、たぶん残るっぽい雰囲気なんだけど……でも改めて聞き返されると、僕もそこまでの自信はなくて……。
なにせリュミエスさんは喋らないしリアクションすらしてくれないので、正直よくわからない。まさしく雰囲気だ。雰囲気でなんとなく予想しているにすぎない。
「最初はリュミエスさんも町を離れるつもりだったようで、なんなら僕に付いてくる雰囲気だったんですけどね」
「あー、まぁアレクはだいぶ懐かれてるしな、わからなくもないな」
「ですがエルフの森には結界が張られていまして、エルフではないリュミエスさんは弾かれてしまいます」
「そっか、そのまま付いていくことはできねぇのか。アレクの村に行くとしても、一人だけ遠回りになっちまうな」
「そうしたところ、むしろリュミエスさんは僕を魔界に連れ帰ろうとしていました」
「懐かれてるなぁアレク……」
懐かれてるとかそういう話なのかな……。
ひとまずそのプランは丁重にお断りした。旅の終わりと言っているのに、ここから魔界に連れて行かれたら、終わることなく新たな旅が始まってしまう。
「そんな話をしているうちに、ふと気付いたのです。僕達が帰って、スカーレットさんが帰って、そしてリュミエスさんまでいなくなってしまったら、またクリスティーナさんがボッチになってしまうと――むーむー」
「……なるほど、そんな話し合いがあったのね。良かったじゃないクリスティーナ、みんながあなたのことを心配してくれているわよ?」
「なんでそんなことでみんなから心配されてんだか……」
「とかなんとか言いつつ、みんなに感謝しながら照れるクリスティーナさんなのであった――むーむー」
立て続けにむーむーにされてしまった。
さておき、そんな話し合いがあって、リュミエスさんは残ることになった。……まぁ実際のところは、それもちょっとわからん。繰り返しになるが、なにせリュミエスさんは喋らないしリアクションもしてくれない。話し合いとか言っているけど、リュミエスさんだけは話していないのだ。
「そういうわけでリュミエスさんが残ることになったら、逆にクリスティーナさんもリュミエスさんのことをよろしくお願いします」
「ああ、そうだな。しばらく二人で行動することになんのかな……。アタシ的には、いまだにリュミエスとはどう付き合ったらいいのかよくわかんねぇんだけどな……」
ボッチでコミュ障っぽい雰囲気のクリスティーナさんだけど、なんならリュミエスさんはそれ以上のコミュ障かもしれないからねぇ……。
だいぶ心配な二人である。そんな二人の様子を、陰ながら見守りたい衝動に駆られたりもする。
「それでですね、ひとまずクリスティーナさんには、こちらを渡しておこうかと」
「……なんだこれ」
マジックバッグから袋をいくつか取り出し、どすんどすんとテーブルに置いた。
まぁあれだね。いつものやつだね。
「当面のリュミエスさんの生活費です」
「こんなの渡されても……」
「たぶんリュミエスさんって、生活力がだいぶ低めだと思うので、いろいろとサポートしてあげてほしいんですよ……」
ろくに話すこともできないリュミエスさんだ。お店で食事を注文するだけでも一苦労。きっとラーメン◯郎やサブ◯ェイは注文できないに違いない。
「そういえば最初に王都に現れたときは、近くの森に住み着いて生活していたって話だったわね」
「それは……あれか? アタシがどうにかしないと、リュミエスが野宿することになっちまうって言ってんのか? それでいいのかって聞いてんのか?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃないけど……」
いいぞケイトさん。いい圧の掛け方だ。
しかしリュミエスさんからすると、その生活が悪いかどうかもわからんかったりする。人間の生活圏で生きるより、森での生活の方が気楽って可能性もなくはない。もはや何もわからない。いつまでもミステリーなリュミエスさんだ。
「……まぁいいや。なんだかんだでリュミエスはアタシのために残ろうとしてくれてんだろ? だったらアタシもやれることはするわ」
「おぉ、ありがとうございます」
「でも別にアレクの金はいらねぇぞ?」
「えぇ?」
「わざわざアレクに出させることもねぇだろ。それならアタシが出すし、そもそもその気になったらいくらでもギルドで稼げる。二人で探索すればいいだけだ」
いやでも、今までも生活費は僕が出していたし、ここは是非出させてほしいのだけど……。
それなのにクリスティーナさんに出させるとか、それはさすがに……。
「わかりました。それでは――クリスティーナさんの生活費も僕が払います」
「なんでだよ……。いらねぇって言ってんのに、なんで増えてんだよ……」
「むしろ一番払うべきは、クリスティーナさんの生活費だった気もします」
「なんでだよ……」
やっぱり僕からお願いしていることだしさ。僕のお願いを受けてリュミエスさんの生活サポートを約束してくれたのだから、そのクリスティーナさんの生活サポートは僕が行うのが筋というものだろう。
というわけで二人だ。二人の生活費をサポートさせていただきたい。とりあえず二人分を払うとして――
「ついでにケイトさんの生活費も僕が払います」
「なんでよ……」
まぁケイトさんに払う理由は何一つなくて、むしろこっちはまったく筋が通っていないのだけど、せっかくだしついでに貢がせてくれんだろうか。
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