第715話 第三回新春パン祭り
「終わったー。終わったぞー」
ついに終わった。全部終わった。
「疲れたー。疲れたぞー……」
さすがに疲れた。もはや疲れ果てたので、僕はのそのそとソファーへ向かい、そのままごろんと寝転がった。
「お疲れ、アレク」
「あ、ジスレアさん、ありがとうございます」
すべてをやり遂げた僕を、ジスレアさんが労ってくれた。
こんな格好ですみませんジスレアさん、なにせ僕はもう疲れてしまったのです。
「これでお皿作りは終了?」
「そうですね。新春パン祭り用の白いお皿――合計400枚。なんとか作り終えました」
たった一人で400枚ものお皿を作ったのだ。すごいことだと思う。
というか、本当にすごいよね。改めて考えるとすごい。なんなら異常だ。常軌を逸している。いったい何がそこまで僕を駆り立てるのか……。
「ようやく一段落したようで、何より」
「ええはい、最近はずっと木工ばかりしていましたからねぇ」
もうずいぶんと長いこと木工漬けの日々だった。日数的には……五ヶ月くらい?
うん、そのくらいか。内訳としては、人族バージョンのリュミエス人形に一ヶ月、竜形態バージョンのリュミエス人形に二ヶ月、そして白いお皿に二ヶ月って計算になると思う。いやー、長かったね。
「しかし、ずいぶんギリギリになってしまいました。年が明けるまで……あともう二週間ですか」
まだまだ時間はあると思っていたのだけれど、気付けば期限ギリギリだ。
……まぁリュミエス人形二体に三ヶ月取られたので、そうなるのも納得ではある。
「というわけで、あと二週間しかないです。二週間以内に、完成した白いお皿をメイユ村まで届けなければいけません」
「私なら余裕。任せてほしい」
「……そうですか。ありがとうございます」
余裕なのか……。ちなみにだけど、僕なら余裕で間に合わない時間と距離である。
「では、さっそくお皿を渡しますね」
「ん、今? 私はいいけど、アレクは疲れていない?」
「確かに疲れていますけど、お皿の受け渡しくらいなら、ササッと済ませてしまおうかと」
「でも、400枚でしょう?」
「…………」
そうか、400枚だものな。あんまりササっと済ませられる量ではないな。
こういう会話をする度に、400枚の異常さを再確認させられるな……。
「ちょっと休んでからにしようと思います」
「うん、それがいい」
「ありがとうございます……」
もうちょいソファーでごろごろしよう……。400枚のお皿の受け渡しとか、たぶん普通に重労働だしな……。
◇
「では今からお皿を出していきますので、回収お願いします」
「うん」
しばし休んだ後、お皿の受け渡しが始まった。僕はマジックバッグからお皿を出してテーブルに並べていく。
出しては並べて、出しては並べて……うん、やっぱり普通に大変。さすがは400枚だ。普通に面倒。
「よいしょ、よいしょ」
「うん」
「よいしょ、よいしょ」
「…………?」
「よいしょ、よいしょ」
「……なんだかおかしくない?」
「よい――はい? 何がですか?」
僕がせっせと作業を進めていると、ジスレアさんから疑問の声が飛んだ。
おかしいとは、なんのことだろう。
「マジックバッグなのかな……。マジックバッグからお皿を取り出す仕草が、どこか不自然なのだけど……」
「…………」
「アレク?」
「……気のせいでしょう」
「そう……?」
鋭いなぁジスレアさん……。ジスレアさんの言う通りで、実はちょっぴり不自然な動きをしている。
とはいえ、さすがに僕が何をしているかまではわかっていないようで――
「まるでマジックバッグからお皿を取り出しているのではなく、手から出現したお皿を、マジックバッグから取り出すフリをしているような……」
「…………」
ほぼバレているじゃないか……。
お皿はマジックバッグじゃなくてアイテムボックスに入れていたので、どうしてもそういう動きになってしまうのだ。
こうも正確に言い当てられちゃうと、ジスレアさんが鋭いというより、僕の動きが不自然すぎるだけだったようにも思えてくるな……。
◇
なんやかんやで作業は進み、すべてのお皿の受け渡しが完了した。
「……普通に疲れましたね」
「お疲れアレク」
「ありがとうございます。ジスレアさんもお疲れ様でした」
さすがは400枚だ。またしても400枚の異常さを確認してしまった。もう一回ソファーでごろごろしたいくらいには疲れてしまった。
「というわけで、お皿の受け渡しは終わりましたが――他にもいくつか運搬をお願いしたい物があるんですよね」
「他に? なんだろう?」
「まずは、これです」
「んん? 紙?」
「紙ですね。ポケットティッシュ能力で作った包み紙です」
「ああ、そうか。パン祭りのパンを包む紙か」
「そうですそうです。新春パン祭りにはこういった物も必要なのです。あと忘れちゃいけないのが――お皿の引換券です」
パンと一緒に包み紙に入れておき、お皿と交換できる引換券だ。
当然こちらも400枚ある。これを作るのも何気に大変な作業だった。
「これらの荷物を、とりあえずナナさんに――いや、父ですかね。父に渡していただきたいのです」
新春パン祭りについてはDメールでナナさんと打ち合わせ済みなのだけど、やはりここは父に渡しておこうか。なにせ父と言えば新春パン祭り実行委員会会長だ。ならば父に頼むのが筋というもの。会長としての役目を、しっかり果たしてくれることを期待している。
「なるほど、他にはない?」
「他に?」
ふむ。新春パン祭りについては、もうないと思うけど――
「――あ、そうだ」
「うん?」
「パン祭りとは別なのですが、これをお願いできますか?」
ふと思い付いたことがあったので、僕は再びマジックバッグに手を伸ばした。
そして取り出したのは――
「これは……お金?」
「お金ですね」
「ずいぶんあるみたいだけれど……」
マジックバッグからお金の入った袋をいくつか取り出して、どすんどすんと並べていく。
こんなもんかな? いや、もうちょいかな。もうちょい持っていってもらおう。
「……えぇと、これをどうしたら?」
「このお金を――ダンジョンの賽銭箱に入れてほしいのです」
これまた年末年始の恒例イベントだ。ダンジョンのユグドラシル神像に奉納されたお供え物やらお賽銭やらを、年末に金の延べ棒に変換し、年始にユグドラシルさんへ届けるという毎年のイベント。
思えばこの一年はほとんど旅をしていたため、僕が奉納する機会もほとんどなかった。だとすると、例年に比べて一回り小さな金の延べ棒になってしまうのではないだろうか? そうなると、ユグドラシルさんもしょんぼりしてしまうのではないだろうか?
まぁ上納が少ないと怒り出すユグドラシルさんではないだろうけど、あんまりみんなから慕われていないのかと心配してしまうユグドラシルさんはいるかもしれない。
そうはさせないためにも、最後の最後に駆け込みで奉納しておこう。これだけの額を納めれば、十分なサイズの金の延べ棒が作れるはずだ。
「これできっと世界樹様も喜んでくれるはずです」
「そうなのかな……。むしろ困ってしまう世界樹様が想像できるけど……」
そんな気がしないでもない。いやでも、しょんぼりさせてしまうよりは良くない? 良いよね。きっと良いはず。
「とりあえず、ジスレアさんにお願いしたいのは以上ですかね」
「ん、それじゃあ明日、荷物を持ってメイユ村へ向けて出発する」
「よろしくお願いします」
「ラフトの町に戻ってくるのは、年明けになると思う」
「おや、そうですか」
移動に関しては余裕と言っていたジスレアさんだし、もしかしたら年が変わる前に戻ってくるかと思ったけれど――
「新春パン祭りは、私も参加する予定」
「……なるほど」
しっかり参加してから戻ってくるのか……。そういえばジスレアさんは、パン祭り楽しみにしてくれていたっけかな……。
うん、でも嬉しいよね。そう思ってくれているのは企画している側として嬉しいことだ。
みんなも楽しんでくれるといいね。みんなが新春パン祭りを楽しんでくれますように、そしてユグドラシルさんが金の延べ棒を喜んでくれますように――
まぁ金の延べ棒で大喜びするユグドラシルさんというのも、あんまりイメージが沸かないというか、解釈違いがすごいというか……。やっぱりジスレアさんの言う通り、困っているユグドラシルさんの方が鮮明にイメージできてしまうけれども……。
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