第710話 無限お皿地獄2
天界から帰ってきて、なんだかんだで一ヶ月ほどが経過した。
ここ一ヶ月は毎週ミコトさんと遊んだりもしていたが、それは週に一日のことであり、それ以外の日に僕が何をしていたかと言うと――
「お皿が一枚……。お皿が二枚……」
お皿である。お皿を作っていた。来年の新春パン祭りで配るための白いお皿だ。
今も音楽室にて、黙々とお皿を作っている最中であった。
「無限地獄とは、よく言ったものですね……」
「……うん、同じ物を延々作るのは、さすがに大変そう。アレクは頑張ってる」
「おぉ、わかってくれますかジスレアさん……」
僕の作業をぼんやりと眺めていたジスレアさんが、労いの言葉を掛けてくれた。
そうなのよ。やっぱり大変なのよ。木工エルフを自称する僕だけど、さすがにこの作業は楽しくない。同じお皿を何百枚だものなぁ……。
「ただ、個人的にはこういう作業風景を見ることができて良かったかもしれない」
「おや、そうですか」
「今までもアレクはいろんな物を私達に作ってくれたけど、その現場を見られて良かった。アレクやジェレパパが一生懸命作って、こうして私達の元へ届けられる」
「ええまぁ、そうですねぇ……」
なんか教育番組のテロップみたいなことを言い出した……。様々な製品の製造過程を紹介する番組の、締めのセリフのようだった……。
でもまぁ、嬉しいセリフではあったかな。僕やジェレパパさんの苦労をわかってもらえたのは、僕としても少し救われる。
「――というか、そこですよ。普段は僕とジェレパパさんの二人で作っているのに、今回は僕一人です。ワンオペです。そこがつらいのです。作業量が増えるのはもちろんのこと、一人で頑張っているという孤独感が、僕を苛むのです」
苛む。とても苛まれている。何故なのだ。何故僕は一人なのだ。こんな地獄に一人で挑むだなんて、そんなことは――
「ジェレパパは、時々一人でやっていたような気もするけど」
「……おや?」
あー。でも確かにそうなのかな? 確かにそんなこともあったような?
無限水着地獄とか無限スキー板地獄とか無限熊手地獄とか、そういうのはジェレパパさん一人でやっていたかも?
……振り返ってみると、わりとジェレパパさんのワンオペ多いな。しかも当然のことながら、事の発端はすべて僕である。主に僕のダンジョン関連で、ジェレパパさんの無限ワンオペ地獄が発動していた。
「――まぁそれはさておき、やはり一人はつらいです」
さておきつらい。それはそうとしてつらい。
どうにかならんもんかなぁ。こうなると悔やまれるのは――ナナさんがアイテムボックスを使えなかったことだ。
もしもナナさんがアイテムボックスを共有できたら――ジェレパパさんにもお皿を作ってもらって、ナナさん経由で輸送してもらって、届いたお皿を僕が『ニス塗布』で仕上げて、そしてナナさんに完成品を送り返す。そんな手段も使えたのに。
でもできない。それはできないんだ。残念ながらナナさんはアイテムボックスを使えないので……。ナナさんがアイテムボックスを使えたら良かったのに……。
……うん、まぁ間違ってもそんなことナナさんには言えないね。またDメールでブチ切れられてしまう。
「やっぱり一度メイユ村に戻るべきだったのかなぁ……」
「うん? メイユ村に?」
「一度戻って――と言っても、村には入れないので村の近くまで戻って、それからジェレパパさんにお皿作りを手伝ってもらおうかなってことを考えていたんです」
以前にミコトさんともそんな話をしていた気がする。どうにかジェレパパさんを巻き込もうと、そんな作戦を企てていた記憶がある。
「ジェレパパに手伝わせるために村へ戻るとか、さすがにそれは……」
「微妙ですかね……?」
やんわりと苦言を呈されてしまった。
そうか、やっぱりダメか。まぁ確かにちょっと不埒で不誠実な帰還理由ではあるかもしれないかな……。
……というか、そんな理由で故郷に帰った場合、その後の展開も明るいとは思えない。
たぶん帰ったときには、みんなも久々の再会を喜んでくれるとは思う。だがしかし、それからお皿を作って、そのままなんとなくダンジョンのアレクハウスで生活を始めたりして、そのまま新年を迎えて新春パン祭りを開いて、それからエルフの掟ノルマ達成まで待って、その後でメイユ村に入ったとして――
――果たしてみんなは、僕が無事に掟を達成して旅から戻ってきたことを、お祝いしてくれるだろうか? 感動的な凱旋となるだろうか?
どうなんだろう。とりあえず僕としては、大歓声で迎えられて凱旋パレードくらいはやっておきたい所存なのだけど、でもそういう雰囲気にはならないような気がして……。そういった凱旋の感動とかが、まるっきりなくなっちゃうような気がして、なんなら旅をしていたことすら認めてもらえないような気もして……。
そう考えると、やっぱり今は帰れないのかな……。
「――あ、そうだ」
「ん?」
「むしろ逆に、ジェレパパさんを呼んだらどうでしょう」
僕がメイユ村に帰るのではなく、ジェレパパさんをラフトの町に呼ぶという逆転の発想。どうだろうか。
「うーん……」
「ダメですか?」
「ただ単に手伝わせるだけじゃなくて、遠くまで呼びつけて手伝わせるとか、むしろ余計にひどくなった気がする……」
「それは確かに……」
だいぶ自分本位で考えてしまったな。ジェレパパさんの都合を考えていなかった……。これには僕も反省。
んー、それでもお願いしたら駆けつけてくれそうな気はするんだけどねぇ。ジェレパパさん優しいし。
それにほら、無限地獄ってつらくて大変だけど、なんかちょっと楽しいところもあるじゃない。なんというか、文化祭の準備みたいな感じでさ。終わった後の達成感とかはすごいと思うのよ。
――なんならジェレパパさんも楽しみにしているんじゃない? みんなが新春パン祭りを楽しみにしているように、ジェレパパさんは新春パン祭りの準備を楽しみにしているとか、そういうこともあるんじゃないかな。
ダメなのかな。本当に頼んじゃダメ? もう僕の中でジェレパパさんは無限地獄に参加したくて参加したくてウズウズしている妄想が出来上がってしまっているのだけれど、やっぱりダメなのかな……。
「いろいろと考えた結果、案外ジェレパパさんもお皿作りに参加したいんじゃないかという説が……。むしろ今すぐ呼んだ方がいいんじゃないかという話も……」
「さすがにそれはジェレパパの都合を考えずに、自分本位で考えすぎだと思う」
「…………」
……おかしいな。ほんの一瞬前に、そう反省したはずだったのに。
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