第708話 せっかくなので
テーブルに並んだ料理をもりもりと平らげていくミコトさんを横目に、僕とクリスティーナさんはテーブルから少し離れた場所に移動した。
そして僕はクリスティーナさんに――
「誤解なんです」
「誤解なぁ……」
ひとまずクリスティーナさんに事情を説明していた。
誤解である。濡れ衣である。風評被害で名誉毀損である。別に僕は、ミコトさんの体を舐め回すようにチラチラと見ていたわけではない。
「まぁなんというか……最初に会ったときは、本当にスタイル抜群の美女だったのです」
「そうなのか……」
「でも、だんだんとふくよかになっていって……果たしてこのままでいいのかと、僕なりに心配して見守っていたのです」
「なるほど……?」
やましい気持ちで見ていたわけではない。それをわかってほしい。
というか、だんだんとふくよかになっていく人の姿をやましい気持ちで見つめていたら、それはもうそういう性癖の人だ。別に僕はそういう性癖の人ではない。
「どうにも最初と今では様変わりしていて……。そもそも最初の印象では、ちょっと抜けているところもあるけれど、生真面目なお姉さんといった雰囲気だったのですよ」
「ふーん?」
「そんな堅物なお姉さんが、今ではポンコツなお相撲さんに……」
「おすもうさん……?」
いや、それはさすがに言い過ぎか。上手いこと韻を踏めそうだったもので、好き勝手言ってしまった感がある。
一応今でも本質的な部分では変わっていないはず。ちょっと抜けているところは大いにあるし、妙に生真面目なところも健在で、年齢から言っても結構なお姉さんなのは間違いない。一応は元々のキャラクターコンセプトをしっかり守ってくれているとは思う。
「まぁとにかく、そんな感じの人です。悪い人ではないので、仲良くしてあげてください」
「ああ、うん、それは構わねぇけど」
「ありがとうございます。では話もまとまったところで、席に戻りましょうか」
クリスティーナさんも納得してくれたようだし――納得してくれたのかな?
なんか僕が一方的に捲し立てて、クリスティーナさんは困惑しかしていなかった気がしないでもない。
……まぁいいや。とりあえず戻ろう。
二人で内緒話をしていることをミコトさんも気にしているだろうし――あ、いや、別に気にしてないね。料理に夢中だわ。
「あ、そうだ。あともうひとつ誤解を解いておきたいのですが」
「んー? なんだ?」
「別に僕は――ミコトさんと密会するためにみんなを追い出したわけではないのです」
「……あぁ、確かそんなことも言ってたな」
いきなりそんなことをミコトさんが言い出したときには僕も驚いてしまったが、とりあえずその誤解を解いておきたい。女性と会うためにみんなを追い出すとか、そんな奴だと思ってほしくはない。
「んん? でもみんなに冒険勧めてたろ?」
「ええまぁ、それはそうなんですけど……でも密会のためとかじゃないですから。そもそも密会ではないのですよ。実際にミコトさんと会っていたときには、ヘズラト君もいましたから。――ね、そうだよね? 僕とミコトさんとヘズラト君の三人だったものね」
「キー」
「ほらほら、ヘズラト君もこう言ってます」
「いや、わかんねぇから」
ちなみにヘズラト君は、『三人一緒だったという点に関しては、嘘偽りのない真実だとお伝えすることができます』的なことを言ってくれた。
ヘズラト君らしい丁寧で誠実なコメントなのに、伝わらないのが残念である。
「それともうひとつ、これはお願いなのですが……」
「お願い?」
「できたらミコトさんのことは、みんなに内緒にしてもらえると……」
特にジスレアさんだ。ジスレアさんにミコトさんの名前が伝わるのはまずい。なので是非ともご内密にしていただきたく――
「なんでだ?」
「なんで? あー、えっと、それはやっぱり、追い出したと勘違いしてほしくないから……?」
「なんかふんわりしてんな……」
適当な言い訳をふんわりとでっち上げたもので……。
「えぇと、じゃあ何か……? みんなに冒険を勧めて、自分は別の女と会っていて、その女のことは内緒にしてほしいけど、みんなを追い出したわけじゃないって言いたいのか……?」
「ええまぁ……」
うむ。苦しいな。何やらだいぶ苦しい言い訳になってしまった。
「いやでも、追い出したわけではないので、そこは本当なので――ね、そうだよね? ヘズラト君もそう言ってくれるよね?」
「キー」
「……ヘズラト君もこう言ってます」
「いや、わかんねぇから。……というか、なんか様子がおかしくなかったか?」
まぁ実際のところ、追い出したと言われてもおかしくはない状況だったわけで、そこが気になったのか、『私からはなんとも……』と言葉を濁したヘズラト君がいたりもした。
ヘズラト君らしい丁寧で誠実なコメントだったが、他の人に伝わらないのをいいことに、軽く発言を捏造しようとする残念な僕がいたりもした……。
◇
なんやかんやありつつも、食事が終わったところで――
「では帰ろうか」
「いやいやいや……」
普通に帰ろうとするミコトさんを、慌てて引き止めた。
さすがにそれはどうなのですかミコトさん、ごはん食べただけじゃないですか。せっかくギルドに来たというのに、まだギルドっぽいことを何もしていませんよ。
「せっかくなので、もうちょっと見学してからでも……」
「ふむ。まぁそれもそうかな。せっかくの冒険者ギルドだし――――あ、そうだ」
「お、何か気になるものでも?」
「せっかくだし――私もギルドカードを作ってみたいな」
「ほう?」
なるほどなるほど、ギルドカードか。良いね。良い考えな気がする。とりあえず記念にはなりそう。
「良いですね。ギルドカードの申込みは、あっちの受付でやっています。ではさっそくですが――みんなで行きましょうか、クリスティーナさんも一緒に」
こういうところでしっかり誘ってあげないと、自分はどうしたらいいのかと困ってしまうのがボッチ属性のクリスティーナさんなのであって――
「え、アタシも行くのか?」
「ええまぁ、四人全員で」
「わざわざ全員で行くのか……」
誘われて、むしろ普通に困惑しているクリスティーナさんがいた。
まぁ確かにそこまでの人数はいらないかもしれないねぇ。
「でもいいじゃないですか。また前みたいに案内してくださいよ」
「前みたいに? あー、そうか、アレクがギルドカードを作ったときもアタシが案内したんだったか」
「そうですそうです。あれが――かれこれ二年ほど前になりますかね」
僕が十八歳だった頃。なので二年前。あのとき初めてギルドに来て、初めてクリスティーナさんに出会ったんだ。
「懐かしいですねぇ。ジスレアさんとスカーレットさんに置いてきぼりをくらって、一人で不安で心細くて震えていたところを、クリスティーナさんに助けていただいたのです」
「あー、確かそんな出会いだったか」
「そしてクリスティーナさんに話を聞いてもらって、ギルドの説明をしてもらって、ギルドカード作成に付き合ってもらって」
「あー、確かそんな流れで……まぁ、その辺りはアレクに無理やり付き合わされたような気もするけど……」
いやはや、懐かしい。すべて美しい思い出である。
あれから二年が経った。変わるものもあれば、変わらないものもある。とりあえずミコトさんは結構変わった。果たして僕はどうだろう? あれから成長できたのだろうか。とりあえずギルドカードは変わらず、今も僕はFランクである。
「というわけで、せっかくなのでみんなで行きましょう」
「んー、じゃあそうするか」
「ありがとうございます。では――こちらを」
「うん? なんだこれ……?」
マジックバッグからスペアの仮面を取り出し、クリスティーナさんに渡してみた。
「なんで仮面……?」
「せっかくなので」
「何がせっかくなのかわかんねぇんだけど……というか、そもそもなんでみんな仮面つけてんだ?」
今日はみんな仮面着用ですし、せっかくなのでクリスティーナさんも――というか、今の段階になって、ようやく全員仮面着用であることに突っ込まれるってのも、なんだかすごい話よね。
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