第707話 ミコトさんとクリスティーナさん
「キー」
「――あ、うん、そうだね。とりあえず食堂に行こうか、ここじゃあ邪魔になっちゃうだろうし」
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、クリスティーナさんと遭遇してしまった。
どうしたものかとあわあわしていたところで、ヘズラト君から『ひとまず食堂へ移動しませんか』との提案があった。
――何気に素晴らしい提案である。これでちょっとだけ考える時間が出来た。さり気ないヘズラト君のファインプレーである。
と言っても、ヘズラト君が時間を稼ぐ前に、もうすでに致命的な自白を漏らしてしまったような気がしないでもないが……。
うん、まぁそのことも踏まえて、やはり立て直すための時間が必要だろう。ひとまずみんなで食堂へ向かおうではないか。
「では、クリスティーナさんも一緒に」
「ん」
こういうところでしっかり誘ってあげないと、自分はどうしたらいいのかと困ってしまうのがボッチ属性のクリスティーナさんなのだ。
そうして食堂の席を確保しようと、全員で動いたところで――
「食べ物を買ってきてもいいかな?」
わくわくしながら、ミコトさんがそんなことを宣った。
さすがはミコトさんだ。たぶん今はそれどころではないと思うんだけど……でもまぁ、今日はミコトさんの観光ツアーの予定だったしな。好きにさせてあげよう。
それにしても、この様子を見る限り、ミコトさんは下手にいろんな場所を案内するよりも、適当に食べ物屋さんだけを回ったほうが喜ばれるような気もするな……。
◇
所狭しと料理が並べられたテーブルで、案外朗らかな感じで話し合いが始まった。
現状を見るに、むしろ料理を買ってきて正解だったかもしれない。ミコトさんによる、これまたさり気ないファインプレーだった可能性があったりなかったり。
「それはそうとクリスティーナさん」
「あん?」
「今日クリスティーナさんは、みんなと一緒に狩りへ向かったはずでは?」
ひとまずこれを聞いておきたい。いったいどういうことなのか。てっきりいないと思っていたもので、着いて早々に遭遇して腰を抜かしてしまった。
「狩り? なんのことだ?」
「狩りに誘われませんでしたか? みんなでギルドに寄ったと思うのですが」
「いや、知らねぇな。アタシもさっきギルドに来たところだし」
「あー、そうですか。行き違いになっちゃいましたかね……」
そっか、誘いに来たけど会えなくて、クリスティーナさん抜きで出発したのかな。
まぁそういうこともあるよね。前々から約束していたわけでもないので、そのパターンも大いにありえた。なんならそっちの可能性の方が高いかもしれないのに……何故僕はそのことに気が付かず、のこのこギルドまでやってきてしまったのか……。
「うーむ。別々の家に住んでいると、連絡を取り合うのにも苦労しますね……。これはやはり、クリスティーナさんも同じ宿に泊まってもらうしか……」
「なんでだよ……」
「どうですか? 宿に来ませんか? 六人で一部屋の生活とかになっちゃいますけど」
「前から思ってたけど、アレク達はよくそれで生活できるな……」
慣れですよ慣れ。大人数で共同生活というのも、案外楽しいものですよ?
それか、もういっそのことラフトの町で家でも買おうかと考えているのですが、是非とも購入した暁には、ラフトの町に定住しているクリスティーナさんにプレゼントしたいなってことも計画しているわけで――
「それより、アタシからも聞いていいか?」
「間取りですか?」
「なんの話だよ……。そうじゃなくて、まずは紹介とかしてくれよ。この仮面の女は誰なんだ?」
「あ、はい、この人は――」
「キー」
「え?」
まず初めにミコトさんの名前を伝えようとしたところで、ヘズラト君から指摘が入った。
ヘズラト君曰く、『ミコト様のことがジスレア様に伝わる事態を防ぐため、ミコト様の名前を出すのは避けた方が賢明かと』――とのことだ。
なるほど、一理ある。さすがはヘズラト君だ。
「そっか、そういえばまだ名前出してませんでしたっけ」
「名前? 誰の?」
「ミコトさんの名前を――あ」
「キー……」
……今しがた指摘されたばかりなのに、ついうっかり名前を出してしまった。
もうミコトさんのことをとやかく言えないな。僕も僕で、余計なことばかりを喋ってしまうタイプの人のようだ……。
「ふーん? ミコトって言うのか?」
「うん。私がミコトだ。よろしくクリスティーナさん」
「あー、おう、よろしくな」
こっそり僕が落ち込んでいる隣で、朗らかに挨拶を交わすミコトさんとクリスティーナさん。
……まぁミコトさんの方は、それよりも食事の方に気を取られている雰囲気はあるけれど。
「……で、結局誰なんだ?」
「えぇと、そうですね。まぁなんと言いますか……最近知り合った女性ですかね」
「……ふーん?」
なんだかなぁ。結局はナナさんが言っていた『その辺で引っ掛けた女性』みたいな釈明になってしまった。やっぱりこれ釈明にはなってないよね。
「それで、さっきの話だ。なんでもアレクは、みんなを追い出した後でスタイル抜群の美女と密会をしているって聞いたけど……」
「あぁ……」
うん、まぁそれはね……。それを説明しなきゃだよね。どうにか釈明しないと……。
「ちなみに、スタイル抜群の美女ってのは誰なんだ? どっかにいるのか?」
おぉ、またしても物言いが……。
そうか、まだクリスティーナさんはミコトさんとスタイル抜群の美女が結びついていないのか……。
「――私のことだが」
「え?」
どうしたものかと考えていると、ミコトさん本人が名乗りを上げた。
我こそがスタイル抜群の美女であると、力強く表明した。
「あー、美女なのか……? いや、まぁ仮面のせいでよくわかんねぇけど……」
「ふむ?」
あ、そっか。よくよく考えると、クリスティーナさんは『スタイル抜群の美女』に物言いを付けたのだ。仮面のせいで美女なのかわからなくて物言いを付けただけで、スタイルについては別に――
「仮面を外したら美女なのかもしれねぇけど……。でも、スタイル抜群ってのは……?」
スタイルの件についても、しっかり物言いが付いてしまった。
「んー、私のスタイルについてか。確かにそんなことを自分からアピールする必要はないと私も思っているのだけれど――アレク君が、常々そう伝えてくるもので」
「……え?」
え、僕なの? あ、いや、確かにそんなことを伝えたことがあった気もするけど、それは女神様バージョンのミコトさんのスタイルであり、召喚獣バージョンのミコトさんのスタイルはと言うと……。
「そして実際にアレク君は、私の体を舐め回すようにチラチラと見てくるわけで……」
「……え?」
え、待って。なにそれ。突然なんてことを言うのか。そんなことしてない。僕がミコトさんの体を舐め回すようにチラチラ見ているだなんて――
……あ、でもたまに見てるか? 確かに見ているかもしれない。
だけどそれは、『ミコトさん、またちょっと丸くなったな……』みたいな、そういう確認をしているだけで……。
……でもそうなんだな。知らなかった。それでミコトさんも自分のことを、スタイル抜群の美女だと繰り返すようになったのか。まさか僕がきっかけだったとは……。
となると、ミコトさんがいつまでもふくよかなのも、実は僕のせいだったりする……?
いや、さすがに違うよね? 違うと思いたい。そんな責任まで僕に負わせられても困ってしまうのだけど……。
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