第704話 とりあえず飲んでみよう
「たぶん熱湯ですよね」
「おそらく熱湯だろう」
「キー」
アイテムボックス検証班である僕とミコトさんとヘズラト君の三人は、お鍋の中を覗き込んでそんな会話を交わした。湯気が立っているし、熱湯だとは思う。
でもこれは……どうやって確かめたらいいのだろう。
なにせ熱湯だ。おそらく熱湯なのだ。だとすると素手で触って確かめるわけにもいかない。さすがにそこまでのガッツはない。というか、熱湯だとわかっているのに手を突っ込んで火傷するとか、あまりにも間抜けすぎる。
「とりあえずコップに移してみたらどうだろう」
「そうしますか」
ひとまずテーブルに鍋敷きを置き、その上に鍋を置いた。それからおたまを使って鍋の熱湯を木のコップに注ぐ。
そしてコップに手を添えると――
「温かいです」
「おー、やはり熱湯か」
「ですね。とはいえ、木のコップ越しではいまいちわかりづらいので――実際に飲んで確かめてみましょうか」
実際に飲んでみたらわかるだろう。コップの中のお湯なら、気を付ければ火傷することもないはずだ。
「キー……?」
「うん、気を付けて飲んでみるよ」
「キー……」
心配してくれるヘズラト君に感謝しながら、コップを口に近づける。
「ふー、ふー」
「冷ましたらダメじゃないか?」
「あっ……」
……おぉ、今のは恥ずかしいな。だいぶ恥ずかしい。なんかすごい天然っぽかった。熱湯かどうか確かめようとしたのに、自ら冷ましてしまう天然っぷり。
「いやでも、これで口を火傷するのもイヤですし……」
「まぁそれはわかるけど」
というわけで、やっぱりもうちょっと息を吹きかけて、冷ましてから白湯をすする。
「――熱湯です」
「おー、そうか、やったなアレク君」
「やりましたねミコトさん」
よしよし。実験は大成功。検証結果もこの上ないものだった。
一週間経っても熱湯のままということは、アイテムボックスに時間経過はなかったということで間違いないだろう。
「キー?」
「え? 体? 別になんともないけど」
「キー」
「あっ……。そうだね、一週間前のお湯とかじゃなくて良かったね……」
なるほど、それでヘズラト君は心配していたのか……。熱湯で火傷よりも、一週間前のお湯を飲むことの方を心配していたわけだ……。
……というか、何故飲んだのだろう。
よくよく考えると……いや、むしろよく考えていなかった。何も考えずに、無駄に無茶をしてしまった。温かいコップを持っているうちに、お茶を飲むような感覚でグイっといってしまった……。
いやでも、これでちゃんとわかったから……。熱湯だとしっかり確認することができたから……。
「ところでアレク君、どうやら他にもいろいろと詰めていたみたいだけど?」
「あ、そうですね。熱湯の他にも検証できそうな品々をいろいろと詰めてみました。それらも出してみましょう」
ヘズラト君指導の元、あれやこれやと放り込んでおいたのだ。今から全部引っ張り出してみよう。
「まずは――氷です」
「ほう、氷」
熱湯の真逆で、今度は氷。お皿に氷を載っけて収納したのだが、果たしてどうなったのだろうか。
僕が再びアイテムボックスをさぐって、取り出してみると――
「おー、カチカチだな」
「カチカチですねぇ」
素晴らしい。カチカチの氷だ。溶けてお皿に水が垂れている様子もない。入れた瞬間の状態をしっかり保っている。
「良いですね。この調子でどんどんいきましょう。続いて――雑草」
「ほう、雑草」
そこら辺の雑草を適当に引き抜いて収納してみたのだ。
果たしてこれはどうなっているのか、取り出してみると――
「うん、雑草だな。これだけ見るとなんの変哲もない雑草ではあるけど、しおれたりもしていないし、引き抜いたばかりのように感じる」
「そうですね。みずみずしい雑草です」
物が雑草なだけにありがたみはないが、検証の役には立ってくれたような気がする。
「続いて――ウェットティッシュ」
「ほう、ウェットティッシュ」
僕の『ポケットティッシュ』能力で生み出したウェットティッシュ。
果たしてこれはどうなっているのか、取り出してみると――
「ふむ。ちゃんとウェットティッシュだ」
「そのようです。しっかり水分を含んでいるのがわかりますね」
「濡れているな。アレク君の濡れたティッシュだ」
「…………」
「うん?」
「いえ、なんでもないです」
なんでもない。何もおかしなことはない。何か変なことを考えたわけではない。
「そして最後に――ヒカリゴケ」
「ほう、ヒカリゴケ」
これまた僕の『ヒカリゴケ』能力で生み出したヒカリゴケ。まぁこのヒカリゴケはただのヒカリゴケではなくて、ちょっぴり細工を施してみたわけだが……。
果たしてどうなっているのか、取り出してみると――
「ふむ。光っているな」
「5、4、3……」
「うん?」
「2、1――0」
「お、消えた」
「消えましたねぇ」
取り出した瞬間はペカペカと光を放っていたヒカリゴケが、僕のカウントダウンがゼロになると同時に消灯した。
「今のは?」
「今のヒカリゴケは――5秒ピッタリで光が消えるヒカリゴケです」
検証のために編み出した、特別なヒカリゴケなのだ。
作り方としては単純で、『5秒で光が消えるヒカリゴケをイメージする』――これだけである。やはりイメージ。この世界はイメージで大体どうとでもなる。
「生み出した瞬間にアイテムボックスへ収納しておいたのですが、取り出してから5秒で消灯しました。つまりアイテムボックス内は――秒単位の時間経過もなかったという証拠になりますね」
「おぉ、すごいな……」
「すごいですねぇ」
すごい。すごいよね。というか、何気にヒカリゴケがすごくない?
今回ばかりはヒカリゴケが活躍したと言えるんじゃない? なんなら初めてかもしれない。初めてヒカリゴケが輝いた瞬間だったのかもしれない。
「とりあえず詰め込んだのはこんなところで――これで検証の方はひと段落した感じでしょうか」
「うん。いろいろなことがわかったな」
ひとまず結論としては――
『僕もアイテムボックスを使える』
『僕の召喚獣もアイテムボックスを共有できる』
『たくさん入る』
『時間経過なし』
――これくらいだろうか。
……これくらいのことを調べるために、二週間掛かった。
どうなんだろう。二週間という期間はどうだったのだろう……。これくらいなら、さすがにもうちょっと期間を短縮できたような……。
いや、でも入念に検証した結果だからな。時間が掛かったのは仕方がない。そこは受け入れるべきだ。受け入れてほしい。
なにはともあれ検証は無事に終了。一応はFINALと銘打っていたわけで、まずは本当に検証がFINALになったことを祝おうではないか。
なんなら終わることなく、このままずるずると検証が続いてしまいそうな気配すらあったしさ……。
「うんうん、これは私も下界での活動再開が楽しみになってきたな」
「ええはい、ミコトさんも存分に有効活用していただけると――」
「うん、これで食事が楽になりそうじゃないかな?」
「あー……」
「食生活が劇的に改善しそうだ」
「改善ですか……」
……改善というと、それはどうなのだろうね。
ミコトさんの食生活と考えた場合、それはむしろ悪化しそうな気がしないでもないけれど……。
next chapter:ラフトの町、お忍び観光ツアー




