第702話 僕の考えた最強の検証プラン
「ただいま戻りました」
「ん、お帰りアレク君」
「キー」
部屋に戻ってきた。
アイテムボックス検証の準備として、宿の食堂に向かった僕であったが、無事に準備を終えてミコトさんとヘズラト君の待つ音楽室まで戻ってきた。
「おや? その手に持っているのは? ――鍋かな?」
「ええはい、鍋ですね。検証のために食堂で準備した物です」
そして、その準備と言うのが――
「食堂にて――温かいスープをテイクアウトしてきました」
お鍋を持参して、食堂でスープをよそってもらった。熱々の野菜とお肉のスープである。
「おぉ、それは良いね、さっそく食べよう」
「…………」
そうではない。検証のためだと言っただろうに、何故普通に食べようとしているのか。
でもまぁ……それでこそミコトさんだよね。むしろそのリアクションを期待していた僕がいたとかいなかったとか。
「確かに今すぐ食事にしたいほど美味しそうなスープですが、これは検証のために購入した物なのです」
「ふむ? 検証のため?」
「今は熱々のスープですが、これをアイテムボックスに入れておくことで――時間経過を確認しようという計画です」
「ああ、それで冷めることがあったら、時間経過があったということか」
「その通りです」
これこそが、僕の考えたアイテムボックス検証プラン。僕が一週間掛けてたどり着いた、最強の検証プランだ。
ずっと熱々なら時間経過がなくて、冷めていたら時間経過があった。単純明快でわかりやすい検証である。
「なるほど、じゃあアイテムボックスに入れて――ひとまず三十分くらい待ってみようか?」
「そうですね、三十分もおけば……いや、それもどうなのでしょう」
「うん? ダメかな? それだけあれば、十分冷めそうなものだけど」
まぁそうだよね。それだけあれば普通は冷める。それで検証結果も出るような気がする。
「とはいえ――マジックバッグにも、保温性や保冷性にすぐれているものがありますよね?」
「あー、確かにそういう物もあるけれど……。なんなら私のマジックバッグもそうだけど……」
それと同じで、もしかしたら保温性抜群のアイテムボックスだったという可能性もなくはない。三十分後も熱々だったけど、保温性が優れていただけという可能性もなくはない。何故そこまで保温性に力を入れたかは謎だけど、可能性だけならなくはないと思うんだ。
だとすると、三十分という検証期間ではあまりにも短すぎる。
「なので検証の期間としては――一週間」
「一週間……?」
「一週間、アイテムボックスに入れっぱなしにしておこうかと思います」
それだけ待てば、さすがに十分だろう。それでも熱々ならば、時間経過はなかったと判断してもいいはずだ。
「しかし、それでアイテムボックスに時間経過があったとしたら……? そうしたら、スープは腐ってしまうのでは……?」
「そうですね」
「そうですねって……」
「検証のためには――致し方なし」
「なんと……」
そりゃあ僕だって心苦しい。僕だってこんなことはしたくない。なにせ前世では、日本に生まれて日本で育った僕なのだ。もったいない精神で生きてきた元日本人なのだ。
だがしかし、検証のためには――致し方なし。
検証に犠牲はつきもの。断腸の思いで検証断行だ。
「というわけで、さっそくアイテムボックスに――」
「…………」
「おや? ヘズラト君?」
何やらヘズラト君の様子がおかしい。何か言いたげだけど、言うのをためらっている表情だ。どうしたというのだろうか。
「なんだろう。気になることがあったら遠慮なく言ってほしい。ヘズラト君がそういう顔をしているということは、何か気がかりなことがあるんだよね?」
はて、ヘズラト君は何を思ったのか。まぁ今回の検証に不備があるとは思えないけど、一応話は聞いておこう。なにせ一週間も考えたわけで、非の打ち所がない検証だと僕は自負しているが――
「キー……」
「え……?」
「キー……」
「…………」
あー、そうか。それは、確かにそうだね……。
「うん? どうした? ヘズラト君はなんて?」
「ええまぁ、なんというか……お湯でいいんじゃないかって」
「お湯?」
「わざわざスープにしなくても、ただのお湯にしたらいいんじゃないかという指摘が……」
ヘズラト君から、そんな指摘があった。その通りだと思った。
「キー……?」
「いや、いいんだよヘズラト君、ありがとうね……」
「キー……」
指摘したことによって僕を辱める結果になってしまったのではないかと、ヘズラト君から謝罪があった。
とはいえ、ヘズラト君は悪くない。確かに恥ずかしい感じになっちゃったけど、それはヘズラト君のせいではない。すべては僕の責任であり、指摘してくれたヘズラト君には感謝だ。
確かに僕としては、だいぶ恥ずかしい思いをしているけれど――
「あぁ、確かにお湯でいいな。むしろ何故スープを持ってきたのか疑問でしかない。わざわざしっかり調理されたスープを持ってくるとか、よくよく考えるとなんかちょっと面白い」
「ぐっ……」
ヘズラト君とは真逆で、むしろ積極的に僕を辱めようとしてくる人が……。
いやでも、言い訳させてもらうと、元から食材とかの保存を考えていたためにスープにしちゃった経緯があると思うんだよね。温かいスープを時間経過なしで長期保存できるんじゃないかって、そういう発想から検証プラン作成に至ったわけで……。うん、まぁ言い訳なんだけど……。
「じゃあお湯にしますか……。スープがダメになってしまう可能性を考えると、やっぱりお湯の方がいいですよね……」
「そうしよう」
「で、そうなるとこのスープは余ってしまうわけですが……」
「うん、それじゃあ――食べようか」
「そうしましょうか……」
結局ミコトさんの希望通りになってしまったな。本当に食べることになってしまった……。
そんなこんなで、お皿とスプーンを用意して、お皿にスープをよそって――
「美味しい」
「そうですねぇ……」
まぁスープは美味しいし、ミコトさんも喜んでいるし、これで良かったのかもね……。
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