第701話 パンと木材と気遣い
検証の結果、アイテムボックスからミコトさんの菓子パンを回収することに成功し、僕もアイテムボックスを利用できることが確認できた。
めでたいね。非常にめでたい。
思えばここまで無駄に長かった。アイテムボックス能力を手に入れて、実際に自分で使ってみるまで、まさかここまで引っ張ることになるとは夢にも思わなかった。
「さておき、まだまだ検証自体は必要ですよね。さっきミコトさんが言ったように、容量や時間経過は確認しておきたいところです」
「んー」
はんぶんこにした菓子パンを食べながら、僕とミコトさんはそんな会話を交わした。
ミコトさんの方は菓子パンに気を取られているのか、だいぶゆるめの反応である。
「まずは容量の検証として、試しにいろいろ入れてみようと思います」
「んー」
半分だけでは物足りなかったのか、追加で菓子パンをもう一個食べ始めたミコトさんを横目に、検証は続いていく。
菓子パンを食べ終わった僕は、ポケットからウェットティッシュを生成して指を拭いた後、自分のマジックバッグに手を伸ばし、適当に何か大きな物を探すことにした。
「やっぱり木材とかかなー。こっちのバッグから木材を移して、あとは普段使いのバッグにもいくつか入っているから、これも移して――」
「キー」
「おぉ、ありがとうヘズラト君」
ヘズラト君も自前でいくつか木材を持っていたようで、容量の検証に協力してくれた。
ヘズラト君も木材をアイテムボックスに移送して……というか、ヘズラト君がこんなに木材を保管していたとは知らなかった。
たぶんだけど……僕のためなんだろうな。
年がら年中木工をしている木工エルフの僕のために、一応自分でも予備の木材を保管していたのだろう。
うん、ありがとうねヘズラト君。その気遣いに、もはや僕は涙を禁じ得ない。
「どうしたアレク君……」
「あ、いえ、なんでもないです……」
「パンを食べるか……?」
「いえ、大丈夫です」
どういう気遣いだミコトさん……。なんか急に感極まってしまった僕を前に、元気づけようとしてくれたのだろうか? とはいえ、それでパンって……。
◇
なんやかんやありつつも、木材の移送作業をどんどん進めていた僕とヘズラト君であったが――
「全部入ってしまいました」
「キー」
サクッと移し終えてしまった。もうマジックバッグに木材は一本も残っていない。すべての木材がきっちりアイテムボックスに収まってしまった。
「おー、すごいな。見ていた感じ、かなりの量があったと思ったけど」
「そうですね。少なくとも、その辺のマジックバッグよりは容量もありそうです」
僕のバッグもヘズラト君のバッグも、何気に高価で高性能なバッグだったりする。それ以上の容量を備えているとなると、もうそれだけで十分すぎるほどの性能だと言えよう。
「はてさて、あとどれくらい詰めることができるんでしょうね」
「もしかしたら、無限に入れられたりするのかな?」
「無限ですか……。どうでしょうね。なんといってもチートルーレットの景品ですし、その可能性もなくはないかと……」
なんならそっちの方が自然なのかなぁ。なにせアイテムボックスだしなぁ。
まぁもしも無限だとしたら、検証するのは不可能ってことにもなっちゃうんだけど。
「ふーむ。これからさらに検証を進めるとしたら、いったい何を詰めたものか」
「そうですねぇ。それこそ川の水とかを流し込んだりしたら、ある程度調べられそうな気もしますが……」
ナナさんも水攻めの準備で水を保管しておけとか言ってたっけかな……。
「とはいえ、それでもしもアイテムボックスの容量が本当に無限だったりしたら……」
「川が干上がってしまうな」
……そう考えると、やめた方がよさそうである。
水の収納をしているときにも問題が起こりそうだし、そのあとで水を捨てるときにも問題が起こりそうだ。排水の加減を間違うと、それこそどっかの町が水攻めをくらうことになりかねん。
「ひとまず容量検証はこのくらいにしておきますか。とんでもない大容量だということだけはわかりました」
「うん、使いながら調べるとしよう」
今後もバンバン収納していって、そのうち詰まることがあるのかどうなのか、アイテムボックスの行く末を見守っていくこととしよう。
「じゃあ次は――時間経過ですか」
アイテムボックス内で時間経過があるのかどうか。これだね。これも非常に気になるところだ。
もしもこれで時間経過がなかったら、マジックバッグとは一線を画す代物になりそうだけど――果たしてどうなのか。
「おー、時間経過か。しかし、どうやって検証したものかな。やり方はいくつかありそうな気もするけど」
「ふっふっふっ、そこはしっかり考えております」
一週間ほどアイテムボックスのことを思いながら無駄な時間を過ごしていたからね。検証方法もしっかり検討済みである。
「おぉ、それじゃあ任せてもいいかな?」
「お任せください。――ですが、そのためには準備が必要なもので、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ふむ? それはいいけど、外に出るのかな?」
「まぁ移動するのは宿の中ですけどね。それでは行ってきます」
そう伝え、僕は部屋のドアへ向かい――
「――おぉう」
ドアが……。ドアが開かない……。
「アレク君……?」
「そういえばニスで固めていたんでした。図らずも、ニスによる防衛力の高さを実感してしまいました」
「うん、気を付けて……」
「ありがとうございます。ではでは、改めて行ってまいります」
それじゃあニスを解除してから、移動するとしよう。
これから僕が目指すのは――宿の食堂だ。
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