第699話 僕の考えた最強の防音室
――引き続き、僕とミコトさんとヘズラト君でアイテムボックスの検証会議である。
「というわけで、残念ながらナナさんはアイテムボックスを利用できないことが判明しました」
「そうだなぁ。残念だ」
「キー」
先の検証で、そんな事実が判明してしまった。
残念だ。ナナさんにとって非常に残念な結果で、ひょっとしたら使えるんじゃないかと期待させてしまった僕達としても、非常に重く責任を感じている。
ちなみに検証後、しばらくDメールで不平不満を撒き散らしていたナナさんだが、最終的には――
『せっかく見付けたので、お祖父様と一緒にセルジャン落としを楽しんでこようと思います』
――と言い残し、ナナさんは去っていった。どうやら父の元へ向かったらしい。
ナナさんが楽しむのはともかく、果たして父の方は楽しめるのか若干疑問ではあるが……というより、もしや父に八つ当たりをしにいったのではないかと疑ってしまう僕がいたりもした。
「さておき、それでは次の検証に移るとしましょうか」
「そうしよう。次は何かな? やっぱり容量の検証とかかな? あ、それとアイテムボックスには時間経過がないという噂を聞いたのだけど、その検証もしておきたいね。――うんうん、自分自身も使えるとなると、おのずと検証にも力が入るというものだ」
とかなんとか言いつつ、ホクホクしながら次の検証について話を進めるミコトさんだが――
「――待ってくださいミコトさん」
「うん?」
「それはそうと、そろそろ僕もアイテムボックスを使ってみたいのです」
さすがにそろそろ試しておきたい。ミコトさんの言葉を借りるならば、未だに自分自身が使えるかどうかわからないため、他の検証は気もそぞろな状態の僕なのだ。
「お願いします。どうか僕にもアイテムボックスの検証を……」
「あ、うん、別にいいけど……。それは全然別に……」
「ありがとうございます」
よくよく考えると、何故ミコトさんに許可を得なければならないのかも謎だし、ミコトさんの許可に感謝していることも謎ではあるが……。
まぁいいや。それじゃあさっそく検証しよう。気付けばここまでずいぶんと引っ張ってしまった。満を持して、アイテムボックス能力を引き当てた張本人である僕の検証だ。
「ではでは、さっそく――」
「キー!」
「へ?」
さっそく僕も虚空に手をわさわさやって、アイテムボックスをまさぐろうとしたところで――ヘズラト君から警戒の声が飛んだ。
何事かと振り向くと、ヘズラト君は一点を見つめていた。その視線の先をたどると――
ドアだ。ヘズラト君はドアを見つめていた。
よく見ると、何やらドアノブがガチャガチャと回っていて――
「あっ……」
――いかん! 外に誰かいるようだ! 誰かが入ってこようとしている!
まずいぞ! このままではミコトさんが見つかってしまう! 美女を密室に閉じ込めて、こっそり何かしていたアレク君という構図になってしまう!
「――あ、えっと、待ってください! 今開けますから!」
僕はひとまずそう声を掛けて、時間を稼ぐことにした。
こう言っておけば、こちらからドアを開けるまでは待ってくれるはずで――
「……あれ? なんかまだガチャガチャやってませんか?」
「聞こえていないのかな……?」
「く、音楽室の防音性が……!」
こちらの声は聞こえていないらしい。さすがの防音性である。さすがは僕の考えた最強の防音室。
なんならドアの向こうの人も、こちらに声を掛けていたのかもしれない。それでも返事がなくて、ドアにも鍵が掛かっているため、今のような行動を――
……おや? というか、もう鍵は開いているのか? なんか開いているっぽいぞ?
音楽室に鍵が掛かっていて、返事もなくて、なので部屋に戻ってスペアキーを持ってきて、鍵を開けて……その後だったりする? それでもドアと壁がニスで塞がれているために、開かない状況だったりする……?
なんてことだ。となると、次はどういう行動にでるだろうか……。
それでも開かないとなると、もう次は力付くでドアをぶち破ることに……!
「ああ! ドアが! ドアが!」
「ど、どうしたらいいんだアレク君! あれか!? とりあえず私は隠れた方がいいな!?」
「そ、そうですね、ひとまずクローゼットの中へ――!」
「キー!」
「あ、そうだった! ミコトさん、送還します!」
「あ、うん、送還だ!」
「――『送還:ミコト』」
急いで僕が呪文を唱えると、『後は頼んだぞアレク君……!』との言葉を残して、ミコトさんは消えていった。
なんかちょっと格好いいセリフだったな。志半ばで倒れた戦友の最後のセリフっぽい雰囲気だった。ここでそんな雰囲気を出されても少し困ってしまうのだけど……。
「さておき、これでひとまずは安心かな……」
「キー……」
いやはや、危ないところだった。人が来たらすぐに送還する予定が、僕もミコトさんも慌てすぎて、そのことをすっかり忘れていた。
ヘズラト君の指摘がなければ、きっとクローゼットにミコトさんを押し込むことになっていただろう。そして、おそらく一瞬で見つかっていたことだろう。
「キー」
「おっと、そうだね。危機は去ったとはいえ、あんまり悠長にもしていられないね」
音は聞こえないけど、ドアを開けようとバタンバタンしている様子は確認できる。
このままだと本当にドアをぶち破られてしまいそうな勢いなので、早いとこ対処しよう。
「それじゃあ……『ニス塗布』」
「――アレクくーん! アレクくーん!」
おぉ……。ニスを解除した瞬間、ドアを乱打する音と、僕の名前を呼ぶスカーレットさんの声が……。
「いるんだろうアレク君! 何をしているんだ! 無事なのか!?」
「スカーレットさん……」
僕のことを心配してくれたようだ。ありがたくもあり、申し訳なくもある。
しかし、どうしたものかな。ここまでの状況になっちゃうと、良い言い訳もあんまり思い付かなくて……。なんて答えたらいいんだろう。いったい僕が何をしていたかと言うと――
「昨日は一人で布団の中でゴソゴソしていて、今日は一人で部屋に閉じこもってゴソゴソと、いったいどうしたというのだアレク君!」
「…………」
なんかとんでもないこと口走っているな……。その状況って、むしろそっとしておいた方がいいんじゃないかな……。
え、というか、そんなことをずっと叫んでいたの……? こっちには聞こえなかっただけで、何やら妙な誤解を生み出しかねないセリフを僕の名前とともに、宿中に聞こえるような大声で今までずっと叫んでいたというの……?
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