第697話 食べかけのパン
「パンが……」
「パンが、消えましたね……」
ミコトさんが手に持っていたパンが、唐突に消えてしまった……。
なんだこれは、いったいどういうことなのか、いったい何が起こったのか。
「どこへ行ってしまったんだ――まだ食べている途中だったのに」
「…………」
食い意地がすごい。
いや、ひとまずそこはいいじゃないですか。今はそれどころではないでしょうミコトさん。
「えぇと、とりあえずミコトさんに心当たりはないのですね? そういうことでいいのですね?」
「んん? うん、私にもわけがわからない。食べている途中だったのに……」
ふーむ。『ミコトさん』、『菓子パン』、『一瞬で消える』というワードから、あるいは『ミコトさんが一瞬で食べただけでは?』なんて疑惑も持ち上がりかけたのだが、とりあえずはそういうことではないらしい。
「だとすると、これはいったい……」
「キー」
「おや、ヘズラト君?」
僕達と同じように考え込んでいたヘズラト君が、何やら意味深な行動を取り始めた。
えぇと、どうしたの? む、それは――薬草かな?
ふむ。薬草だ。ヘズラト君が自分のマジックバッグに手を伸ばし、中から薬草を取り出した。
そして薬草を持ったまま、おもむろに手を前に伸ばして――
「おぉ……!? 消えた……」
「キー……」
さっきのミコトさんと一緒だ……。
ミコトさんの手から菓子パンが消えたように、ヘズラト君の手からも薬草が消えてしまった……。
「アレク君……。いったい何が起こっているんだ……」
「これは……」
僕にもわからない。まったくもって状況が掴めない。なんか怖い。なんなのだこの怪奇現象は――!
「キー」
「うん?」
「キー」
「――うん、そうだね。たぶんそういうことなんだろう。僕の召喚獣であるヘズラト君とミコトさんにも――僕のアイテムボックス能力が共有されたのだと考えられる」
……ってことをヘズラト君に説明してもらったので、ヘズラト君の意見に同意してみた。
「なんと! そういうことだったのか!」
「ええまぁ」
「そうか、それは気付かなかった。アレク君はすぐに気が付いたのかな?」
「…………」
「アレク君?」
……ピンポイントで痛いところを突いてきよる。
そこは詳しく追及しないでいただきたい。
「でもまぁ、さっきのはあきらかにアイテムボックスの能力ですよね」
「うん、アレク君が言っていた通りのことができた」
「その能力をミコトさんもヘズラト君も使えるということは、おそらくは能力の共有でしょう。ダンジョンメニューでも同じことがありましたよね」
僕のダンジョンメニューも召喚獣のみんなが使える。みんなとメニューが共有されている。
たぶん今回のアイテムボックスでも、それと同じ現象が起こったんじゃないかなって――そんなことをヘズラト君が言っている。
「なるほどなぁ。しかし、なんとも予想外の検証になってしまったね。まさかアレク君よりも先に、私がアイテムボックス能力を利用することになるとは」
「そうですねぇ。それは確かに」
なにせ僕より先だものな。僕より先に……。
――僕より先ってなんなのか。一応は僕の能力なのに、ミコトさんが一番乗りとはどういうことか。
あ、いや、まぁ別にいいんだけどさ……。でもなんかちょっと引っかかるな。ちょっとだけ悔しいような気持ちになったりして……。
しかもそれでアイテムボックスに収納した物が、ミコトさんの食べかけのパンというところも引っかかる……。
記念すべき最初の収納物なのだから、そこはもう少し慎重に考えたかった。せっかくなら、なんか良い物を収めたかった。
だというのに、よりにもよってミコトさんの食べかけのパンとは……。
「じゃあつまり、すぐに取り出すこともできるわけだね?」
「あ、はい。たぶんできると思います。マジックバッグと同じ要領で取り出せませんか?」
「ふむふむ。――おぉ、出てきた」
「何よりです」
ミコトさんの手に、食べかけのパンが戻ってきた。
さっそくミコトさんが回収したパンを嬉しそうに頬張っておる。
「ヘズラト君も、薬草を回収できるよね?」
「キー」
しかしミコトさんが収納したのが食べかけのパンで、ヘズラト君が収納したのが薬草という点は、何やら二人の性格や特徴をよく表している収納物だったような……。
「ふむ。薬草か。あれ? もしかして――あ、取れた」
「え? おぉ、なんと……」
ミコトさんの手に――薬草が出現した。
あれはヘズラト君が収納した薬草だ。それをミコトさんが回収できるのか……。
「はー、そこも共有なんですね……。個人に一個というわけではなく、共有のアイテムボックスのようです」
「そのようだ」
そう言って、興味深そうに薬草を眺めていたミコトさんだが――別に薬草自体に興味はないのか、まるでミコトさんの感情をそのまま表現するかのように、ミコトさんの手から薬草が消失した。どうやらアイテムボックスに戻したらしい。
なんかすでにちょっと使いこなしているなミコトさん……。
――てな感じで、何やら検証がサクサクと進んでいく。小箱がどうのと無駄に時間を浪費していたのが嘘のようだ。
まぁ良いことだよね。それ自体は良いことだし、ありがたいこと。検証に付き合ってくれているミコトさんとヘズラト君に感謝だ。
とはいえ、僕抜きで検証が進んでいるのはどうなのかな……。
繰り返しになるが、一応は僕の能力なのだ。だというのに肝心の僕は能力を使う間もなく、検証だけが勝手にサクサクと進んでいくのはどういうことなのか……。
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