第696話 アイテムボックス
……まぁ実際のところ、手から小箱が出てきても困るのだけどね。
ミコトさんはしきりに小箱説を推してくるけれど、果たしてそんな能力で何をしろと言うのか。果たしてそれはチートだと言えるのだろうか?
そんなものは別にチートなんかじゃ――
……あ、でも出てきた小箱にもよるのかな?
その小箱が、普通の小箱ではなかったらどうだろう? 例えばその小箱自体が――アイテムボックスだったとしたら? 超高性能なマジックバッグ的な小箱を無限に出せるとしたら、それは確かにチートかもしれない?
他にもいろいろ考えられそうな気もする。例えば出てきた小箱の中に――何かしらのアイテムが入っているとしたら?
アイテムボックスという名前からは、そういう想像ができなくもないよね? だとすると、その中に入っている物はなんなのか。おそらくはチートと呼べるだけの何かが入っているはずで……。
……ふむ。あるいは小箱もありな気がしてきたな。
むしろ僕が想像していたアイテムボックスよりも良いかもしれん。何やら無限の可能性を感じてしまう。
――ふむふむ。それじゃあさっそく試してみようか。
ミコトさんの指示通り、小箱がころんと出てくる様子を正確にイメージしながら、僕は右手を突き出して――呪文を唱えた。
「『アイテムボックス』」
すると――
「ふむ」
「んー?」
「キー」
うん、呪文を唱えた。
唱えてはみたものの……。
「……ふむ」
「……んー」
「……キー」
――何も起こらんかった。
右手を突き出したポーズのまま、しばらく待ってみたものの、何も起こらんかった。小箱なんて出てこなかった。
そして――なんか微妙な空気が流れた。
……この空気やめてくれんかな。僕が失敗したみたいな雰囲気をやめてほしい。いや、まぁ失敗は失敗なのかもしれないけれど、こんなの僕のせいじゃないからね?
「えぇと……どうやら実験は失敗のようです」
「何故だろう」
何故と言われても……。
というか、ミコトさんの方こそ何故なのか。何故そこまで小箱説に絶対の自信を持っているのか。
「ひょっとすると、アレク君のイメージが曖昧だったのでは?」
「えぇ? そんなことはないと思うんですけどね、わりと真剣にイメージしましたよ?」
「わりと?」
「ええ、わりと真剣に」
「んー、申し訳ないけどその言葉では、ちょっと真剣さが伝わってこないなぁ」
「…………」
妙に厳しい……。言葉尻を捉えられて、なんかネチネチとイヤな感じで怒られてしまった……。
「もしくは、気合いが足りないんじゃないかな?」
「気合い……。そういう問題なんですかね……?」
「うん、とりあえずもう少し検証を続けてみよう。大事なのは気合いとイメージだ。続けていたら、そのうち小箱がころんとなるかもしれない」
「そうなんですかねぇ……」
どうやら続けるらしい。気合いとイメージで小箱を出してみせろと命じられてしまった。
「頑張ろうアレク君。私も応援するとも」
「はぁ、ありがとうございます……」
まぁいいけどね。本当に出せるのならば、僕だってチートアイテムボックスを出してみたい。なので検証続行もやぶさかではない。
……でも、大丈夫かな。なんかこれって……普通に失敗する流れだったりしない?
今までの傾向から言って、無駄に頑張って検証の回数だけ重ねて、でも結局何も起こらない流れだったりしない? 今までに何度も経験した流れなのでは……?
うーむ……。これはやっぱり、ディースさんの言う通りになってしまうのかな……。
今も天界でディースさんは、僕達の見当違いな検証を優しく見守っているのだろうか……。
◇
「どうやら違うらしい」
「無念です」
小一時間ほど検証を続けてみたものの、やっぱり小箱なんて出てこなかった。やっぱり見当違いな検証でしかなかった。
「諦めるしかないようだ」
「そのようです」
「まぁ手から小箱を出す能力とか、よくよく考えると意味がわからない能力だと思った」
こいつ……。
……いや、まぁミコトさんのことは責めるまい。
途中でミコトさんも『やっぱり違うのかな……』みたいなことを言ってはいたのだ。検証を始めてから十分くらいでそんな雰囲気を出し始めていた。たぶんその辺りで飽きたのだろう。
だというのに、むしろ僕の方が熱くなってしまって……。気合いを入れて頑張っていたら、なんだか本当にできそうな気がしてきて……。
そんなこんなで、小一時間ほど無駄にしてしまった。
一応今はミコトさんに隠れてもらっている状態で、なんなら一分一秒も惜しい状況だというのに、ずいぶんと悠長な時間の使い方をしてしまったものだ。
「となると、アレク君が最初に言っていたやつが正解なのかな? 何もない空間に、アイテムをしまえる能力だったか」
「おそらくそうだと思います。というより、アイテムボックスといえば普通はそれなのですよ。わりと定番の能力だったりします」
なので次はその実験をしようかと――うん、普通にこっちから始めればよかったよね。
そうしたら小一時間無駄に過ごすこともなかったのに……。
「なるほどなぁ。じゃあ例えば――これとか」
そう言って、ミコトさんが掲げた手には――食べかけのパンが。
……いや、いつの間にやら何を食っているんだミコトさん。
しかもただのパンじゃないな。なんか砂糖をまぶしてある甘い菓子パンっぽいやつだ。
検証中、もぐもぐしていたのだろうか。僕ときたら、そのことに気付かないくらい熱くなっていたようで……逆にミコトさんは、おもむろに菓子パンをもぐもぐしちゃうくらい冷めていたようだ……。
「それで、そのパンがどうかしましたか?」
「ああ、別にパンじゃなくてもいいんだけどね。パンは偶然手にしていただけで」
偶然ってことはないと思うが……。
「さておき、アイテムボックス能力を身につけたアレク君ならば、手にしたパンをすぐにしまうことができるわけだろう?」
「そうですね。僕の予想が正しければ、そういう能力です」
「ふむふむ。それは確かに便利そうだ。こんなふうに手に持っているパンを、何も無い空間にササッと出し入れすることが――あれ?」
「え……?」
え、あの、えっと、パンが……。
ミコトさんが持っていたパンが……消えたのですが?
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