第695話 小箱がころん
「さて、それではいよいよ検証に入りましょうか」
いつものように話が途中で脱線したりもしたけれど、いよいよアイテムボックスの検証を――
「ところでアレク君」
「はい?」
「本当にこのまま始めていいのだろうか」
「えっと、何か問題が?」
どうしたのですミコトさん、この上さらに話を脱線させようと言うのですか?
「とりあえず私はみんなに見付からないようにして、人が来そうな気配を感じたら送還してもらうという話だけど――」
「そうですね。そういう手はずでお願いしたいです」
「しかし私は、そんな気配に気付ける自信がない」
「なるほど」
そんなことを堂々と言われてもな……。自信がないと自信満々に言われても……。
いやまぁ、それを言ったら僕もそうか。あんまり自信はない。特に検証に熱が入っていたりしたら、気付けない可能性も高そう。
「んー、部屋の鍵は掛けたので、たぶん大丈夫だとは思いますが……」
あー、でも僕が今持っている鍵の他に、もう一本スペアの鍵があるんだったか。となると、誰かが開けようと思えば開けられるわけだ。
まぁ誰かが音楽室を開けようとしたり、開かなくてスペアの鍵を取りに戻ったりしたら、その間にミコトさんを送還するくらいはできそうだけど……。
「さすがにドアをガチャガチャしている音が聞こえたら、僕らでも気付けるのでは?」
「気付けるかな?」
「……どうでしょう」
そんなふうに念を押されると、ちょっと困ってしまう。僕もミコトさんも、何かとうっかりの多いコンビだから……。
「あ、でもヘズラト君もいることですし、それなら大丈夫じゃないですか?」
「おぉ、それもそうだな。ヘズラト君がいれば安心だ」
「キー……」
僕らの期待を一身に受けて、身悶えるヘズラト君。
ごめんねヘズラト君。ひたすらヘズラト君を頼ってしまう、頼りないポンコツコンビでごめんね。
「キー?」
「ん? あー、いや、さすがにそれは悪いよヘズラト君」
ヘズラト君が、『ドアの前で見張りとして立っていましょうか?』と提案してくれた。
とはいえ、それはさすがに申し訳ない。というか、それはそれでまずいのだ。そんな見張りよりもヘズラト君には――検証に参加してもらいたい。
……たぶん検証においても、ヘズラト君が一番頼りになりそうな気がするから。
ヘズラト君に頼むくらいだったら、むしろ僕かミコトさんが見張りに立っていた方が良さそうなものだが……でもまぁ、それはあまりにも本末転倒すぎる人選ではある。
「ふむ。それじゃあもうちょっと対策してみますか」
「ふむ? 対策?」
「これです――『ニス塗布』」
とりあえず音楽室のドアにニスを塗ってみた。
ドアと周辺の壁にニスを塗って――ドアが開かないようにガッチリ固めてみた。
「さて、どうですかね。――おぉ、開かない。本当に開かない」
「相変わらずの『ニス塗布』だなぁ……」
てな感じで、ちょっぴり呆れ気味なミコトさん。
あまりのチートっぷりに、最近は呆れられたりチクチクと文句を言われることが多い『ニス塗布』である。
「しかしアレク君、これでこの部屋は――完全に密室となったわけだ」
「密室? ええまぁ、確かにそうですかね」
「より一層気を付けなければいけないな。これでもしも誰かがドアを破壊して踏み込んできた場合――『スタイル抜群の美女を密室に閉じ込めて、こっそり何かしていたアレク君』という構図になってしまうわけだ」
「えぇと……。まぁそこまでやられたら、もうどうしようもないですけど……」
さすがにそこまではやらんだろう……。やるとしたらスカーレットさんあたりな気もするけど、さすがにそこまでは……。
あ、ちなみにスタイル抜群の美女というのはどうなのでしょうか。その部分には物言いが付きます。
◇
「さて、それではいよいよ検証に入りましょうか」
「そうしよう」
「キー」
毎度のことながら前置きが長くなってしまったが、いよいよアイテムボックスの検証だ。
「まぁ正直なところ、検証自体はすぐ終わるのではないかと考えています」
「ほほう?」
前置きの長さに比べて、検証自体はサクサク進むと予想している。
なにせもう能力の予想も付いているからね。やっぱりアイテムボックスと言えば、異世界ファンタジーでは定番のチートなわけだしさ。基本的にはマジックバッグと同じでしょう? 適当に手を伸ばして、虚空に現れるアイテムボックスをさぐればいいわけだ。
「とりあえずですね、手を伸ばして――」
「その手から箱が出てくるかどうかだな」
「…………」
まだ言うかミコトさん。まだその説を推してくるのか。
「アレク君がよく言っているように、大事なのはイメージだと思う。小箱がころんと転がり出る様子をしっかりイメージするんだ」
「はぁ……」
やめてくれんかな……。詳細なイメージを僕に持たせるのは是非ともやめていただきたい……。
なんか本当にそんな能力になってしまいそうで怖いのよ……。
「一応呪文も唱えた方がいいかな?」
「呪文ですか……?」
「小箱をイメージしながら、『アイテムボックス』としっかり叫ぶことが能力発動のトリガーだと考えている」
「そうですか……」
それはつまり、そうしろと僕に命じているわけですか……。
「えぇと……じゃあひとまずやってみますか」
いろいろと思うところはあるけれど、こうやってアイデアを出してくれるのはありがたいことではある。様々な視点を持つのは大事なことだと思う。
というわけで、試しにミコトさんの言う通りやってみよう。さすがにこればっかりは見当違いな検証だと思うけど、とりあえず一回やればミコトさんも満足してくれることだろう。
「では、いきます」
「うん、頑張れアレク君」
「キー」
応援してくれる二人に頷いてから、僕は右手を前方に伸ばし、小箱がころんと飛び出してくる画をできるだけ正確にイメージしながら――呪文を唱えた。
「『アイテムボックス』」
すると――
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