第70話 歩くキノコはどうでしょう?
「ど、どうなさったのですか?」
「あわわわわわわ……」
「ちょ、ちょっとアレクちゃん?」
――あ、いや違う。あれは勘違いだった。
そうだそうだ。レリーナパパはモンスター相手に性的興奮を覚えるような人ではなかったんだ。
「ちょっとアンタ、アレクちゃんに何したんだい?」
「え? いえ、私は何も……」
「だってこんなに怯えているじゃないか」
あ、いかん。レリーナパパがレリーナママに問い詰められている。
「すみません、誤解です。えぇと……急にレリーナパパさんが現れて、それで驚いただけです」
「そうかい? そんな感じには見えなかったけどねぇ……? こいつになんかされたんじゃないのかい? 前にも迷惑をかけたって聞いたしねぇ」
「い、痛いです……」
レリーナママがレリーナパパの耳を引っ張りながら、僕に問う。
尻に敷かれているなぁレリーナパパ……。おっと、それより早く止めないとだ。このままでは、レリーナパパの耳がエルフ耳になってしまう。
「いえ、本当になんでもないです。レリーナパパさんは、僕を怖がらせるような人じゃないですよ。……ないですよね?」
ないと言ってくれ。
あれは誤解だと言ってくれ。歩くキノコに快感を覚えさせることをライフワークになんてしていないと、僕にそう言ってくれ。
「は、はい。アレクシスさんを怖がらせたり怯えさせるようなことは、していないと記憶していますが……」
「本当だね?」
「は、はい……」
レリーナパパがそう答えると、レリーナママが耳から指を離した。
ちなみにエルフ耳にはなっていなかった、残念。
「あの、それよりですね、ちょっとレリーナパパさんに聞きたいことがあるのですが……」
「はぁ、なんでしょう?」
「レリーナパパさんは森でモンスター相手にテク――技を試すと、レリーナちゃんに聞いたのですが?」
一応しっかり確認しておこう。うん、一応。
「技ですか? ええまぁ、よく村々を移動するので、その最中に」
「ムラムラ……? あ、いえ、なんでもありません。それで、移動中に技を試すのですか?」
「はい、普段から技術が衰えることがないように、一応気をつけています」
「なるほど。村々の移動や戦闘は、何人程度で行うのですか?」
「基本一人ですが……?」
一人なんだ? まぁ商人っていっても運ぶ荷物はマジックバッグ一つで事足りるわけで、それほど人数はいらないのかな?
しかし一人で行動しているわけか……。ある意味、疑惑は深まったな――
「戦闘はどのように? 何かその……ど、道具なんかは使ったりしますか?」
「道具ですか? 基本は弓を使っていますが……」
「そうですか……」
「ときどきですが、罠を使ってハメるときもありますかね?」
「ハメる!?」
は、ハメるのか……。あぁいや違う、罠だ。罠にハメると言ったんだ。
「そこまで頻繁ではないですが、珍しいモンスターの素材などを求めて、ときどきそんなこともありますね」
「珍しいモンスターですか……。何かその……こ、好みのモンスターなんてのはいるんでしょうか?」
「好みですか……? そうですね、やはり私は商人ですので、需要が大きく、高値で売買できるモンスターが好みといえば好みですが……」
「歩くキノコはどうでしょう?」
「え? 『歩きキノコ』ですか? いえ、どこにでもいるモンスターですので、別段……」
「そうですか……」
「まぁキノコは私の好物ですので、好みのモンスターといえばそうかもしれません。見つけたら美味しくいただきます」
「好物!? 美味しくいただく!?」
お、美味しくいただいてしまうのか……。あぁいや違う、キノコだ。キノコ自体が好物だと言ったんだ。言葉通り、普通に食べるだけだろう。
――っていうか、僕が過剰反応しているだけな気がしてきた。
ついついワードをそっち方面に解釈してしまっている。まるで思春期の少年みたいだ……。
「……あの、これは一体なんのお話なんでしょう?」
「え? あ、えぇと、レリーナパパさんがどのようにモンスターと戦っているのか気になりまして……ええ、それだけです。他意はないです」
意図の読めない質問を繰り返し、不可解な反応を示す僕に対し、さすがにレリーナパパも疑問を覚えたようだ。
「――もしかしてアレクちゃんは、初狩りのことが気になったのかい?」
「はい?」
僕とレリーナパパのやりとりを黙って聞いていたレリーナママだったけど、今度はレリーナママが僕に意図の読めない質問をしてきた。
「レリーナから聞いたんだよ。アレクちゃんが初狩りのことを、ずいぶん心配しているみたいだってね」
「そうなんですか……」
確かに僕はレリーナちゃんに、初狩りが不安だと打ち明けたことがある。
本当は僕だってそんな相談をレリーナちゃんにしたくはなかったんだけど……頻繁に教会へ通う理由を厳しく問い詰められて、仕方なく……。
「アレクちゃんは初狩りのことが気になって、戦闘のことを質問したんじゃないのかい?」
「えぇと……」
「違うのかい?」
違うけど……まぁそれでいいか。
まさか正直に、『あなたの旦那さんが、モンスターに性的なアプローチを試みていないか確認しています』なんて伝えるわけにはいかないし……。
「はぁ、まぁそうです……かね? なんというか、戦闘のことを詳しくレリーナパパさんに聞きたくて……」
「やっぱりそうかい、なるほどねぇ。そりゃあ初めてモンスターと戦うんだ、不安になる気持ちはわかるけどね」
確かに初狩りの方も、そっちはそっちで本当に不安ではある。
「だけどアレクちゃんは、いつも真面目に訓練してるらしいじゃないか。なら大丈夫さ」
「はぁ、そうなんでしょうか?」
「そうさ。それに……ここだけの話、初戦闘でそこまで危険なことをやらせはしないよ。そんなに心配する必要はないんだよ?」
そう言って、レリーナママが僕の頭を撫でてくれた。
「そうですか……。あの、ありがとうございますリザベルトさん」
「――え?」
「うん? どうかしたのかい、アンタ」
「今……え? 『リザベルト』って……え? アレクシスさん? え?」
レリーナパパの視線が、僕とレリーナママの間を何度もせわしなく行き来している。
僕がレリーナママの名前を呼んだことが、そこまで意外だったのだろうか? レリーナパパは激しく動揺している様子だ。
「なんだい、アタシの名前だろう? まさか忘れちまったのかい?」
「いえ、私は忘れていませんが……アレクシスさんが『リザベルト』という名前を覚えていたのが意外で……」
「何言ってんだいアンタ……? 何年家族ぐるみの付き合いしてると思ってるのさ」
「そうなんでしょうか……。で、では私の名前も、実は覚えてくれていたりするのでしょうか……?」
そこまで名前を呼んでほしいのだろうか……。何やら強い期待を込めた視線を、レリーナパパが僕にぶつけてきた。
……なので僕は、視線をそらした。
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