第693話 帰還
「アレク君、アレク君」
「うぅ……」
「起きてくれアレク君」
「ダメですって……。その追加は意味がわからないです……」
だから言っているじゃないですかミコトさん、ラーメンに追加していいのは半チャーハンまでなんですよ……。
ラーメンにチャーシューメン追加は意味がわからない……。そこはせめて替え玉にしておきましょうミコトさん……。
「何を言っているんだアレク君、ちゃんと起きてくれ」
「ん……? んんん? あれ?」
あ、夢か。どうやら変な夢を見ていたようだ。
まぶたを開くと、そこにはラーメンとチャーシューメンを完飲するミコトさんはおらず、代わりにこちらを覗き込んでいるスカーレットさんの姿が目に入った。
――おや? というか、スカーレットさん?
「おぉ、スカーレットさんじゃないですか。――お久しぶりです」
「……うん?」
いやー、久しぶりだね。久々の再会で、なんだか嬉しくなる。
「かれこれ十ヶ月ぶりの再会となりますか」
「何を言っているんだアレク君……。ずっと一緒にいただろう……」
「……お?」
……あ、いかん。そうだった。全然久しぶりではなかった。僕からすると十ヶ月ぶりだけど、スカーレットさんからすると、僕はずっと同じ部屋で寝ていたのだった。
「どうしたのだアレク君。なんだか様子がおかしくないか……?」
「あー、えっと、ええまぁ……あれですよ、たぶん寝ぼけていたのでしょう」
「寝ぼけていた……?」
ひとまず寝ぼけていたという言い訳を――というか、実際そうなんじゃない? たぶん普通に寝ぼけていたよ? というより今も寝ぼけている。普通に眠いし、頭も回っていない。チャーシューメンの後にワンタンメンを頼もうとしていたミコトさんが現実だったのか夢だったのか、まだ僕にはよくわかっていない。
そもそも今何時なんだ? わからんけど、もしかしたら眠りについた直後に起こされたんじゃないかな?
そんな状態で、しかも十ヶ月ぶりの下界なのだから、そりゃあ混乱してしまうのも仕方がないというものだ。
「えぇと、とりあえず宿ですよね。みんなで借りている宿の五人部屋で……え、それで何かあったんですか? なんで起こされたんです?」
「あ、そうなんだ! 大変なんだよアレク君!」
「はぁ、大変と言いますと?」
「ヘズラト君がいなくなってしまったんだ!」
「ヘズラト君?」
あー、ヘズラト君か。その呼び方も懐かしいな。十ヶ月もの間、ラタトスク君呼びだったからな。
それで、そのヘズラト君がいなくなってしまったと……。
「なるほど、確かにヘズラト君が布団にいませんね」
「そうだろう? いきなりヘズラト君の気配が消えて、慌てて飛び起きたんだ」
「ほう?」
気配か。そういう索敵とかスカーレットさんは苦手だったはずだけど――あ、でも索敵範囲が狭いだけで、範囲内ならむしろ鋭かったりするのかな?
「ちなみに、アレク君の気配もおかしなことになっていたと思う」
「はい?」
「一瞬だけ、気配が消えたような――」
「気のせいです」
「え?」
「それは気のせいでしょう」
「気のせい……? あ、いや、私としては『なんの話ですか?』みたいな返答がくるかと思っていたのに、まさか『気のせい』と断言されるとは……」
「でも気のせいです」
「お、おう……」
本当に鋭いみたいだな……。ほんの一瞬だけこの世界から消えていたであろう僕のことを、的確に見極められてしまった……。
「そんなことよりもヘズラト君です。ヘズラト君がいないらしいですが」
「うん。いきなり消えたんだ。いったいどうしたのだろう……」
まぁ僕が天界へ呼び出しちゃったからねぇ……。
そういえば、それで騒ぎになることをディースさんからも心配されていたっけか……。そしてミコトさんからは『迂闊だなアレク君』とたしなめられて、軽くイラッとした記憶が……。
でもまぁ、それから十ヶ月の月日があって、僕もいろいろと考えた。
騒ぎになってしまったことを想定して、その釈明も考えたのだ。
それが、その釈明こそが――
「おそらくですが――寝ぼけて送還の呪文を唱えてしまったのでしょう」
――これである。十ヶ月考えて出した回答が、これなのである。
「寝ぼけて……? あー、うん、確かにさっき起こしたときも、アレク君はおかしなことを言っていたようだけど……」
「ですよね。寝言を言ってました」
「でも普段寝ているときは、あんまり寝言とか言わないような気がするけど?」
「あれ? そうなんですか?」
へー、そうなのか。自分ではわからんけど、あんまり言わんのか。まぁそれはそれでよかったな。
「それよりも、むしろアレク君は起きているときに寝言みたいなことを言う」
どういう意味か。
「うーむ……。ヘズラト君のことも気になるけれど、どうやらアレク君にも異変が起こっているように感じてしまうな……」
「はい? いやいや、別にそんなことは……」
「だって、あきらかに格好がおかしいじゃないか」
格好? あー、はいはい、それね。それも予測済みですとも。その問いかけも、僕はしっかり予想していましたとも。
「はっはっはっ、よく見てくださいよスカーレットさん、この通り僕は――パジャマ着用です」
ちゃんと対策しておいたのだ。出発前はパジャマ着用だったので、天界から帰る際もしっかりパジャマに着替えておいた。
もうちょっと正確に言うと、そのまま帰ろうとしたところ、ヘズラト君から着替えるように指摘された経緯があったりもする。ありがとうヘズラト君。
「そうじゃなくて、何故かマジックバッグを肩に掛けているだろう?」
「…………」
……そっか。それは確かにそうだね。パジャマ姿で肩にマジックバッグを掛けて布団に入るのは、確かにだいぶ怪しく感じてしまうよね。
やっぱり失敗だったかなぁ……。あるいは天界で『アイテムボックス』の検証をしていたら、マジックバッグを担いで帰ってくる必要もなかったかもしれないのに……。
「本当にどうしたのだ。まだ寝ぼけているのかな? それとも本当に何かあったのかな?」
「え? いやいや、何もないですって。別に僕は何かを誤魔化したり、嘘をついたりなんかしていないです」
「そんなことは言っていないのだけど……。アレク君は何かを誤魔化したり、嘘をついたりしているのかな……?」
「…………」
なるほど、誘導尋問か……。やるじゃないかスカーレットさん……。
「とりあえず僕としては寝ぼけて呪文を唱えて、ヘズラト君を送還してしまった説を推したいので――試しにもう一度召喚してみようと思います」
「説を推すって……。いや、まぁそれで召喚できたらいいんだ。ヘズラト君が無事ならそれでいい」
「ではスカーレットさんに安心してもらうためにも、さっそく召喚してみたいと思います。――『召喚:大シマリス』」
「キー」
僕が呪文を唱えると、ヘズラト君が床からにゅっと現れた。
細かいことだけど、ここもちょっとだけ対策を講じていたりもする。天界にいるとき、すでにヘズラト君は送還しておいて、下界では召喚呪文だけで呼べるようにしておいたのだ。
「おぉ、無事だったのかヘズラト君! 良かった良かった。いきなりいなくなったものだから、心配してしまったよ」
「キー」
スカーレットさんがヘズラト君を抱きしめて、頭のあたりをスンスンと吸っている。
うむ。感動の再会である。スカーレットさんからすると、いきなり消えてしまったヘズラト君との感動の再会で、ヘズラト君からしてもスカーレットさんと会うのは十ヶ月ぶりで感動の再会となる。どちらにとっても感動の再会だ。
「じゃあえっと……ひとまず寝ましょうよ」
「む。私としてはアレク君への疑いが晴れていないのだけど? 先ほどからの不自然な言動は、さらなる追及をしていきたいところなのだけど」
僕としてはもちろんやめていただきたいところではある……。
そういう意味でもやっぱり寝たいな。まだ眠いし、ぼんやりしているし、しっかり睡眠をとってから厳しい追及を躱していきたい……。
「とりあえず僕も眠いですし、スカーレットさんも眠いですよね? きっとリュミエスさんも眠いはずです。――というか、リュミエスさんもありがとうございます」
「…………」
スカーレットさんの後ろで何も言わずに佇んでいたのだけれど、きっとリュミエスさんも心配してくれていたのだろう。というわけで、ありがとうございますリュミエスさん。
「ちなみに私も一応起きてる」
「おぉ、そうでしたか。すみませんジスレアさん、騒がしくしてしまって」
「別にいい。ヘズラトも無事だったみたいだし、それなら良かった」
普通に寝ているのかと思いきや、ジスレアさんも布団の中から話を聞いていたらしい。
というか――なんか懐かしいね。スカーレットさんもそうだし、リュミエスさんもジスレアさんも十ヶ月ぶりの再会だ。なんだか嬉しい気持ちになる。
「さて、それじゃあ諸々一段落したところで、みんなとも無事に再会できたことですし、ひとまず今日は寝るとしましょう」
「んー、そうだねぇ。じゃあ寝ようか」
「僕としても久しぶりの再会で積もる話もありますが、ひとまず今日は寝て、話は明日に――」
「うん、明日だね。さっきからアレク君が繰り返している『久しぶりの再会』というワードを、明日は追及していこうと思う」
「…………」
……じゃあ寝ようか。これ以上余計なことを言う前に、もう寝るとしよう。
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