第69話 レリーナファミリー
訓練を終えた僕は、レリーナちゃんと共に訓練場をあとにした。
もちろん『パラライズアロー』をレリーナちゃんで試すようなことはしていない。
……いやはや、とんでもない勘違いをしたものだ。危うくレリーナちゃんのことを、とても開放的でえっちなお姉さんだと錯覚しそうになってしまった。
レリーナパパに関しても、酷い風説の流布を行うところだった。普通に両親や他の村人達に相談するつもりだったよ……。
勘違いに気づいた僕は、改めて『パラライズアローをレリーナちゃんに試す気はない』と彼女に伝えた。そもそもレリーナちゃんに向かって矢を放つなんて、僕にはできない。
というか、レリーナちゃんだって怖いだろうに、『自分に向けて矢を射ってもいい』なんて、なかなか言えることじゃないと思う。
彼女があんなふうに覚悟を決めた表情をしていたのも頷ける。その気持ちは確かに嬉しい。嬉しいを通り越して若干怖い気もするけど……とりあえず尽くそうとしてくれたその気持は嬉しい。
そんなレリーナちゃんへの恩返しってわけでもないのだけど、現在僕はレリーナちゃんのお家にお邪魔している。
自宅に帰る前に、ちょっと早口言葉のレクチャーをしようと思ったのだ――
「書けた?」
「うん、まぁこんなところかな」
「へー、いっぱいあるんだね」
「そうだねぇ」
口頭で伝えることを諦めた僕は、紙にいくつかの早口言葉を書いて、レリーナちゃんに手渡した。
「カエルぴょこぴょこ、三ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ、六ぴょこぴょこ? これが今日やっていたやつだね?」
「うん。そうだね」
正確には、『今日僕がやろうとしたけどできなかったやつ』ではあるけど……。
レリーナちゃんは、すらすらと淀みなく言えている。大したものだ。
「この竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけた?」
「うん。それを三回繰り返すんだ」
「夜ニンジン煮るよ?」
「うん。……うん?」
変なのが混ざっていた。間違えて入れてしまったようだ。
「これはあんまり難しくないね」
「ごめん、間違えたみたい。それは早口言葉じゃなくて回文だ」
「カイブン?」
「うん。逆から読んでも同じ言葉になるって文章だね。
「え? 夜ニンジン……よるにんじんにるよ……。あ、本当だ! 凄いねお兄ちゃん!」
「うんうん。……うん?」
……よく考えたら、この早口言葉も回文も、日本のものだ。
けれど、レリーナちゃんにはちゃんと通じているみたいだ。……どうなっているんだろう?
「レリーナ、入るよ?」
「あ、もう、お母さん。ノックしてよー」
「あーはいはい」
僕がこの世界の謎についてぼんやり考えていると、レリーナママが部屋に入ってきた。
勝手に入室したことに対して不満を口にするレリーナちゃん、そしてそれをあしらうレリーナママ。
レリーナちゃんも、普段僕の部屋へ勝手に侵入している気がするんだけどな……。
「よく来たね、アレクちゃん」
「お邪魔しています」
「うん? なんだい? 勉強でもしてたのかい?」
テーブルに出ていたの羽ペンと紙を見つけたレリーナママが、そんなことを聞く。
「呪文の練習だよ、お母さん」
「呪文?」
「はい、読んでみて?」
僕の書いた早口言葉集をレリーナママに渡して、少しイタズラっぽい顔をするレリーナちゃん。
「なんだいこれ? えーと、この竹垣にたてたてっててて……」
どうやらレリーナママにもしっかり日本産の早口言葉は通用しているみたいだ。
「……どうにもややこしい文章だね、舌を噛んじまいそうだよ」
「これで練習して滑舌を良くするの。呪文を唱えるときのために」
「はぁ……なるほどねぇ? アレクちゃんが考えたのかい?」
「えぇ、まぁ」
「相変わらず色々考えるもんだねぇ、アレクちゃんは」
そう言ってレリーナママが僕の頭を撫でる。
それにしても、相変わらずギャップが凄いなぁレリーナママは……。口調とビジュアルのギャップが凄い。この口調なのに、線の細い美女だもんなぁ……。
「うん? 夜ニンジン煮るよ……これはあんまり難しくないねぇ?」
「それはねー――」
どことなく得意げに説明するレリーナちゃん。仲いいなぁこの親子。
そして、やっぱり回文もレリーナママに通じている。……不思議だ。
前に僕は『日本語に聞こえるし、日本語を話しても通じるのは、ディースさんに脳をいじられた説』を提唱したが、そういうわけでもないのかな?
……もしや、この世界は日本語が公用語なのだろうか?
◇
僕とレリーナ親子が早口言葉に挑戦した結果。僕とレリーナママは散々な出来だったが、やはりレリーナちゃんはどんな文章でも淀みなく言えるようだ。
僕も『右目右耳右耳右目』を、どうにか言おうと頑張っていたんだけど――というか半ばムキになっていたら、いつの間にかずいぶんと時間が経ってしまっていた。いい加減お暇しよう。
「あの、そろそろ帰ろうと思います」
「そうかい? ……あ」
「どうかしましたか?」
「せっかくだから夕飯食べていきなよ、アレクちゃん」
「お夕飯ですか」
「そういえば、それを聞きに来たんだよ。あたしとしたことが、うっかり忘れていたよ」
ガッハッハッと、笑うレリーナママ。ギャップが凄い。
しかし、夕飯か……。
「いえ、お誘いはありがたいのですが、今日は帰ろうと思います」
「なんだい、遠慮することはないんだよ?」
「そうだよお兄ちゃん、一緒に食べよう?」
「すみません。両親に何も言ってないので……たぶん母も夕食の準備をしていると思うんですよね、僕の分も……」
ちゃんと用意して待っていたのに、『外で食べてきた』と伝えたら、母はどうなるだろうか? ……たぶん拗ねる。
母は料理好きで、料理にこだわりのある人だ。そんな母の料理をないがしろにしたら、母はどうなるだろうか? ……たぶん拗ねる。
「ああ、そうなのかい」
「はい。母の料理を無駄にするわけには……」
「そうだねぇ……ミリアムはたぶん拗ねるだろうねぇ」
母と仲の良いレリーナママは、母のことをよく知っていた。
「そういうわけで、すみません。次は是非」
「ああ、わかったよ。じゃあまた今度だね」
「うーん……残念だけど、またね、お兄ちゃん」
「うん。またね、レリーナちゃん」
僕は挨拶をしてからレリーナちゃんの部屋を出る。たぶん料理の準備だろう、レリーナママも一緒に部屋を出た。
「いつもありがとうね、アレクちゃん。レリーナと遊んでくれて」
「いえ、そんなそんな、僕は別に――」
「おや、アレクシスさん。いらっしゃっていたのですか」
「ヒッ!?」
変態が! モンスター相手にテクニックを試す変態が現れた!!
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