第677話 姫プレイ
よーし、いくぞー。
いざ、ラフトダンジョンへ。
心の中で勇ましく掛け声を上げながら――僕はダンジョンへと続く岩壁の入口に足を踏み出した!
踏み出した! 踏み出したのだ! 踏み出したのだが……!
「行かないのか?」
「…………」
そう急かさないでほしいクリスティーナさん。こちとら入った瞬間拉致されると脅されているのだ。ゆっくり慎重に歩を進めさせてほしい。
というわけで、僕を守らんとするリュミエスさんにガッチリ抱きしめられたまま、僕は足の先端をちびっと前に踏み出した。
「……大丈夫っぽい?」
「何も起きねぇな」
とりあえず何も起きないようなので、もうちびっと足を前へ。さらにもうちびっと前へ。さらにさらにもうちびっと前へ……。
「……ふむ。ひとまず今のところは大丈夫っぽいですね」
「だな」
「これはもうダンジョンに入りましたよね?」
ちょっとずつ前進していき、体はダンジョンの入口を通り抜けた。
これで無事にダンジョンへ入ることができたのかな? ダンジョンマスターである僕がダンジョンに入っても、結局は何も起きなかったと判断していいのかな?
「あー、どうだろうな。階段降りてからじゃねぇか?」
「ふむ……」
入口を抜けた目の前には、長い階段が下へ下へと続いている。
なんでも階段を降りたところで第1階層が始まるそうだ。クリスティーナさん的には、そこからがダンジョンなんじゃないかという予想らしい。
「それか、もうちょっと進んで階段の途中からダンジョンってこともありえるか?」
「途中から……」
途中からってのは面倒くさいな……。
それだとずっと警戒したままで、じわりじわりと階段を降り続けなければいけない。それはだいぶ面倒くさい……。
「えぇと、それでは――おぉ? おぉぉ……?」
「…………」
「あの、これは……?」
なんかリュミエスさんにお姫様抱っこされた……。
「……え、まさかこの状態で進んでいくつもりですか?」
「…………」
「おぉ……。やはりそうなのですね……」
僕を抱っこしたまま、リュミエスさんが階段を降りていく……。
さすがのリュミエスさんも、ゆっくり慎重に階段を進み続ける僕に付き合うのはつらいということなのかな……。いやでも、こんなダンジョン突入って……。
◇
……うん。とりあえず何も起こらなかったね。
初めて訪れた外のダンジョンで、魔王様にお姫様抱っこされながら階段を突き進むという、前代未聞のダンジョン突入劇を果たしたわけだが――とりあえず異変らしきものは何も起こっていない。
唯一異変があるとすれば、それはむしろお姫様抱っこ状態の僕達のことだろう。
「ではリュミエスさん、降ろしていただいても?」
「…………」
「ありがとうございます」
リュミエスさんに降ろしてもらい、少し緊張しながらゆっくりとリュミエスさんの手から離れるが――うん、やはり何も起こらない。
「ふぅ。なんとか無事にダンジョン突入に成功したようです。第一関門クリアですね」
「第一関門なぁ……。まぁそうなのかな……」
傍から見るとダンジョンに入っただけかもしれないけれど――しかもだいぶ格好悪い姿でダンジョン入りを果たしただけなのかもしれないけれど、ジスレアさんから散々脅されただけに、無事に入れただけでも僕的には満足だ。
「では――一旦帰りましょうか」
「さすがにそれはねぇだろアレク……」
ダメか……。精神的にはもうわりと疲弊しているのだけど、さすがにこれで帰るわけにはいかないか……。
「それじゃあダンジョンの中を進んでいこう」
「そうですねぇ。そうしましょうかジスレアさん」
「でもアレク、気を付けるように。まだまだ油断してはダメ。これからどんな危険が待ち受けているかわからない。思いもよらぬことが起きるかもしれない」
「――行きましょうジスレアさん。油断なく警戒しつつ気を付けながらも、粛々とダンジョンを進んでいきましょう」
「うん? うん」
最近のジスレアさんは、口を開くと僕を不安にさせるようなことばかり言うからな。余計なことを言い出す前に進むこととしよう……。
◇
で、さっそくダンジョン攻略を開始したいところなのだけど、その前にひとつだけやっておくことがあった。
それは――
「――完璧な陣形である」
――ひとまず陣形を整えた。
前方には聖盾クリスティーナさん。右には勇者スカーレットさん。左には魔王リュミエスさん。後方には聖女ジスレアさん。そして中央には――神獣ヘズラト君に騎乗する至宝アレクの姿が。
完璧な陣形だ。とりあえず僕的には完璧な陣形。安心感がすごい。
というか、この陣形は――
「インペリ◯ルクロスだ……」
ふと気がついた。まさにそんな陣形を組んでいた。
……でも確かインペリ◯ルクロスって、後方が一番狙われない陣形なんじゃなかったっけ? 実際に組んでみて思ったけど、普通に考えて後方も危険だよね。どう考えても中央の方が安全じゃない?
「どうかしたのかアレク君。インペリ◯ルクロス……?」
「あー、ええまぁ、この陣形にインペリ◯ルクロスという名称を……」
「アレク君は本当になんでもかんでも名前を付けるなぁ……」
そう言って、ちょっと呆れたような表情を見せるスカーレットさん。
まぁ実際には僕が名付けたわけではないのだけどね……。
「だがしかし――その名称は悪くない」
「ですよねぇ」
何やらスカーレットさんの琴線に触れる名称だったらしい。
さすがだなスカーレットさん。さすがは髪を赤く染め、赤い指抜きグローブを着用して、『スカーレット』という勇者ネームなるものを愛用するスカーレットさんである。
で、そんな感じの陣形で守られている僕だが……。
お姫様抱っこでダンジョンに突入してきて、ダンジョン内でも自分は守られているだけで、しかもヘズラト君に乗って自分で歩くこともしないわけで……。
なんという姫プレイ。まさしく姫プレイ。徹頭徹尾姫プレイである……。
でもさ、ここのモンスターは僕のダンジョンとは違うからさ……。
安心安全の不殺モンスターではないのだ。殺しにくるモンスターしかいないのだ。注意してもしすぎるということはない。万全を期すべきだと思う。なので僕としても、全力で守られる所存。
「では、警戒しつつ進むこととしましょうか」
「アレク、敵が来たぞ」
「むむ……!」
クリスティーナさんから警告の声が飛んだ。ちょうど進もうとしたところでの敵襲で、出鼻をくじかれたと言うべきか、ちょうど準備が済んだところでの敵襲で、むしろトントン拍子に事態が進んだと言うべきか。兎にも角にも、敵が迫ってきているらしい。
クリスティーナさんが指差す方向に目を凝らすと――
「……あれですか?」
「あれだなぁ」
「歩きキノコ……」
ずいぶんとゆるいモンスターが現れたな……。
なんとも拍子抜け……。トントン拍子で拍子抜けである……。
「どうする? アレクが戦うか?」
「あー、いえ、歩きキノコですしね……。別にそこまで戦いたいとは……」
「んじゃこのまま進んで、接敵したらアタシが倒すわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
話がまとまり、陣形を保ったまま前進することに。
そして、のてのてとこちらへ向かってくる歩きキノコに対し、クリスティーナさんが――
「…………」
「……お見事です」
「ん? ああ、ありがとな」
なんかもう無言で倒したな。淡々と流れ作業で――いや、もはや流れ作業ですらなかった。もはや何事もなかったレベルだ。哀れ歩きキノコ。
「どんな敵かと思いきや、歩きキノコでちょっと拍子抜けしてしまいました。やっぱり最初のエリアはこんなもんですかね」
おそらく歩きキノコ以外も大したモンスターはいないのだろう。
階層を進むにつれて段々とレベルが上ってくるのだと思われる。はてさて、次の階層ではどんなモンスターが出るのやら。果たして僕は何階層まで進むことができるのやら。
「あー……。それがなぁ……」
「はい? どうかしましたか?」
「とりあえずここが第1階層だろ?」
「ええ、そうですね」
「それで、ここから第100階層まで――歩きキノコしか出ない」
「……は?」
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