第672話 タフ・ネゴシエーション
ギルドポイント不正受給作戦シリーズ第五弾『指名依頼』――本作戦を実行するため、僕とリュミエスさんは冒険者ギルドを訪れた。
そして向かうは受付カウンター。今回は指名依頼の相談なので、よく行く納品所の受付ではなく、ロビーの受付だ。
「こんにちはー」
「――はい、こんにちは」
僕達の姿を見て、受付の人は一瞬だけ言葉に詰まったものの、しっかりと挨拶を返してくれた。
僕とリュミエスさん、どちらが気に掛かって言葉に詰まったのかは定かではないが、すぐに冷静さを取り戻して挨拶を返すあたり、なかなかに優秀な受付さんに思える。
……でもなぁ。男の人なんだよなぁ。
やはり今回も男性の受付さん。何故なのか。何故美人受付嬢さんはおらんのか……。なんなの? やっぱりそれは女性への配慮なの? ジェンダー平等とか多様性の尊重とか、そういう取り組みの一環から、受付にはあえて女性を配属しなかったりしてるの? ポリティカル・コレクトネスなの?
しかし僕から言わせると、その配慮とやらのせいで、逆に女性が活躍する機会を失っているのではなかろうか? そのあたりどうなのだろう。
――てなことを考えつつも、なんかちょっと危険な話題に首を突っ込み掛けている気がするので、そろそろ黙った方がいいような気もしてきた。
「本日はどのようなご要件でしょう」
「あ、はい」
うむ。何やら思考が明後日の方向に飛んでしまっていたが、ひとまず本題に入ろう。
言うまでもなく、本日のご要件はリュミエスさんの指名依頼だ。そのことをさっそく受付さんに言おうではないか。
「では、リュミエスさん」
「…………」
「なるほど」
当然の如く無言である。
「あー、今日はちょっと喉の調子が悪いらしいので、代わりに僕が話させていただきますね」
「はぁ……」
適当に理由を付けて、代わりを申し出ることにした。
しかし、よくよく考えてみるとリュミエスさんが喋らない理由って知らないな。何故なのだろう。……シャイなのかな?
そういえば、僕も顔を隠している理由に『シャイなので』という言い訳を用意したことがあった気がする。
シャイなので一切喋らないリュミエスさんと、シャイなので仮面で顔を隠すアレク君。なんとも恥ずかしがり屋なコンビである。
「それで今回の目的なのですが、こちらの女性――リュミエスさんが、指名依頼の申し込みをしたいそうなのです」
「指名依頼ですか。となりますと――どなたに、どのような依頼でしょうか」
「アレクという冒険者に、自分の人形を作ってもらうよう依頼したいそうです」
「アレク様……ですか?」
「そうです。アレクという冒険者――」
「貴方様ですよね?」
「…………」
……知っていたらしい。
目の前にいる仮面の半ズボンが、当のアレクだと知っていたらしい。……そうか、いつの間にか僕も有名になってしまったものだ。
「よしんば、僕がそのアレクだとしても――リュミエスさんがアレク氏へ指名依頼を出すことに問題はない。そうですね?」
「ええまぁ、その通りですが……。しかしギルドを介することで、手数料が発生してしまいますよ?」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。もちろん承知しております。その点は問題ありません」
とはいえ、ありがたいね。ちゃんと手数料のことも指摘してくれる親切な受付さんだ。男性ではあるけど良い人。
「そうですか……。では、えぇと、アレク様に指名依頼で人形を――え、人形ですか?」
「リュミエスさんの人形製作ですね」
「それは、冒険者ギルドで扱う案件ではないかと……」
「え?」
あれ? ダメなの? ……いや、まぁ言っていることはわかる。確かに冒険者ギルドで人形作りの依頼は、ちょっとおかしい気がしないでもない。
――でもほら、指名依頼だしさ。指名依頼ならいいんじゃない? そこはもう指名する側と指名される側の判断次第じゃない? ギルド側としては双方に判断を委ねちゃえばよくない?
「とりあえず申し込みさえ受理してもらえば、ギルドに損はないはずですし……まぁ間違いなくアレク氏は依頼を受諾するでしょうし」
「ええまぁ、そうなのでしょうね……」
「なんの問題もなく依頼も達成されるはずです。というわけで、どうにかお願いできないでしょうか……?」
「……わかりました。そのように手続きします」
「おぉ、そうですか! ありがとうございます」
良かった良かった。やっぱりだいぶ自由が利くみたいだね。さすがは指名依頼。
「じゃああとは依頼料ですね。――あ、ちなみに依頼料は僕が払いますので」
「……はい?」
僕の言葉に、困惑する様子を見せた受付さん。
まぁ僕がアレク氏だと受付さんにはバレてしまっているようだし、その僕が依頼料を払うと言い出したら困惑もするか。なんかもう困惑させてばっかりだ。
とはいえ、この依頼は僕の実験で、僕からリュミエスさんにお願いしたことでもある。そうなると支払いも当然僕がするべきだろう。
そう思って、お財布を取り出そうとしたところで――
「…………」
「え、リュミエスさん? どうかしましたか?」
「…………」
「なんですか? ……もしかして、リュミエスさんが払うと?」
隣のリュミエスさんが、いつの間にか自分の財布を携えてこちらを見ていた。
リュミエスさんの気持ちは嬉しいけど――でも僕が払うって最初に約束していたことだからねぇ。
「大丈夫です。払わせてください」
「…………」
「いえいえ、ここは僕が」
「…………」
「僕が……え、あれ? えっと、リュミエスさん……?」
「…………」
おぉ……。引いてくれない……。
てっきり会計時に一応財布を取り出して、払う仕草だけはしておくマナー的なものかと思いきや、ちゃんと本気で払うつもりなのかリュミエスさん……。
◇
結構な押し問答になってしまった……。
リュミエスさんは引く気を見せず、しかし僕としても引くわけにはいかなかった。やっぱり僕的に、人形作製でお金を貰うってことに抵抗があったのだ。今までにもいろんな人に人形をプレゼントしてきたが、そこでお金をいただくことはなかった。そのあたり、僕のポリシーと言ってもいいかもしれない。
というわけで無駄に揉めて、一度受付を離れて相談するまでの事態に陥ってしまった。
その後、ようやくリュミエスさんとの話し合いがまとまり、再び受付に戻ってきたわけだが――
「大変お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ?」
最初に対応してくれた受付の人がまだ居てくれてよかった。そうじゃなければ、また別の人を大層困惑させつつ、謎の指名依頼の説明をしなければならないところだった。
「では、依頼内容は先程の通りで構いませんね? リュミエス様からアレク様へ、『リュミエス様の人形を作製』を指名依頼」
「構いません。そして――こちらが依頼料です」
大揉めに揉めた支払いだが、やはり大半は僕が出すことに決まり、リュミエスさんには端数を出してもらうことで納得してもらった。
いやはや、無駄にタフな交渉であった。
「はい。確かにお預かりいたしました。これにて受付完了です。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。お手数お掛けしました」
ようやく手続き終了。お疲れ様の言葉は、むしろ受付さんに伝えたい言葉である。
「それで、えっと……」
「はい?」
……しかし問題はここからだ。
本当だったら、手続きが済み次第宿に帰って、明日あたり何食わぬ顔をして依頼を受けに来ようと思ったのだけど……。
でも受付さんには、もう僕がアレクだとバレているっぽいしなぁ……。だとすると、このまま帰るってのも不自然だよね……。
まぁ今日の行動すべてが不自然と言えそうでもあるが、ここでさらに不自然を重ねるのも考えもので……。
うん、じゃあ受けるか……。今受けてしまおう……。
「あの……」
「はい」
「……実は、僕がアレクだったのです」
「はぁ……」
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