第664話 謝って! 全世界のすべてのドラマーに謝って
スカーレットさんにドラムセットを贈呈してから、二週間が経過した。
僕としても心血を注いで製作したドラムセットであり、その出来栄えにスカーレットさんも大層喜んでくれた。
――やはりドラムだな。スカーレットさんにはドラムだ。
なにせスカーレットさんといえば撲殺勇者。叩くことに関して、この人の右に出る者はいない。強大なモンスターを素手でぶっ叩くことも、ドラムスティックでドラムを叩きまくることも、大局的には同じだろう。知らんけど。
そして今日も、音楽室にはドラムの音が鳴り響いている。
今も僕の目の前には、情熱的にドラムを叩く――ヘズラト君の姿が!
「……何故なのか」
「キー?」
「あ、いや、なんでもないよヘズラト君」
……まぁヘズラト君がどうのと言う話ではないんだ。
スカーレットさんではなくヘズラト君がドラムを叩いている現状に、僕としてはどうしても疑問を覚えてしまうけれど、別にヘズラト君が悪いわけではない。むしろヘズラト君には感謝している。
ベースのときと一緒だね。スカーレットさんが投げ出したベースをリュミエスさんが使ってくれて、スカーレットさんが投げ出したドラムをヘズラト君が使ってくれている。
僕としてはありがたい。おそらくヘズラト君もリュミエスさんも、僕の作った楽器が放置されていることを不憫に思って、それで代わりに始めてくれたのだろう。二人の優しさだ。というわけで、二人には感謝しかない。
それに引き換え……スカーレットさんはなんなのだ。
今度こそ、三日坊主で飽きて投げ出すなんてことはないと信じていたのに、何故なのだ。いったいどういうつもりなのだ。
「やぁやぁ」
「あ、スカーレットさん」
噂をすればなんとやら。のほほんとした雰囲気で、スカーレットさんが音楽室へとやってきた。
「今さら戻ってきて、どういうつもりですか? ドラムは一日サボっただけで、取り戻すのに三日掛かるのですよ? ――でも戻ってきてくれたことは嬉しいです。歓迎します。また一緒に頑張っていきましょう」
「おぉ……?」
とりあえず飴とムチだ。飴ムチをセットで贈呈してみた。
「ついでにこれをどうぞ」
「おぉ、ありがとうアレク君……」
ついでにニスで作ったアレク飴も贈呈してみた。
「んー、まぁ私も、いろいろと試行錯誤ひてみはんらけろねー」
ポケットティッシュの包み紙を剥がし、飴を舐めながらスカーレットさんが語り始めた。スカーレットさんもいろいろと試行錯誤してみたらしい。
「スカーレットさんも真剣にドラムに取り組んでいただけたようで何よりです。ではですね、その試行錯誤をもうちょっとだけ続けていただけると――」
「でも、もうドラムはいいかなって」
「…………」
……何故なのか。だいぶ飴多めにしてみたのに、それでもダメなのか。それでも今の若い子は付いてきてくれないのか。
……まぁ別にスカーレットさんは若くはないが。
「残念ですね……。スカーレットさんにドラムは合わなかったですか? 案外良い相性かと予想していたのですが」
「まぁ聞いてくれアレク君。ドラムの練習をしていて、ふと思ったことがあるんだ」
「……思ったことですか?」
……なんだろう。なんか聞くのがちょっと怖い。
何やらとんでもないことを言い出しそうな気がして……。
「ふと思ってしまったんだ。――棒で太鼓をポコペンポコペン叩いて、何が楽しいのか」
「…………」
予想の倍くらい酷いことを言い出した。
謝ってほしい。全世界のすべてのドラマーに謝ってほしい。
「あぁ、勘違いしないでほしい。別にドラムを侮辱したわけじゃないんだ」
「そうなんですか……?」
今のが侮辱ではないと考えているのだとしたら、むしろそっちの方が怖いんだけど……。
「そもそもだね、何をどうしたらいいのかわからなかったんだ。いきなり太鼓をたくさん並べられて、さぁ叩けと言われても、いったいどうしたらいいのかわからない」
「む、それは……」
「だから私では、ポコペンポコペン叩くだけになってしまった。そこから成長することができなかった。どうしたら成長できるかもわからなかった」
「…………」
それは……確かに理解できるな。というか、僕もまったく同じ経験をした。
なんとなくギターを作ってはみたものの、実際の弾き方なんてとんとわからず、そのままギターは放置してしまった。そして、そのギターを母が発見し、ギター演奏を独学で習得し、母が僕にギターを教えてくれるまで――三年だ。なんだかんだで僕がギターを作ってから実際に始めるまで三年掛かった。そのことを思うと、確かにスカーレットさんは責められない……。
「それでアレク君にアドバイスを求めても、アレク君も何もわからないし……」
「うっ……」
「むしろ私にアドバイスを求めてくるし……」
「すみません……」
僕もいろんな人にアドバイスをもらいながら手探りでドラムを製作したため、正直ちゃんとした物が出来たか不安だったのですよ……。
いわば試作段階とも言える状況で、なのでスカーレットさんからのフィードバックをいただきながら、さらに完成度を高められたらなって……。
「んー、だとすると、やっぱり今からだと思うんですけどねぇ」
「うん? 今から?」
「今からヘズラト君に教えてもらうのが良いと思うんです」
僕が母に教わったように、スカーレットさんもヘズラト君に教えてもらったらどうだろう。
ヘズラト君からのフィードバックもあって、ドラムセット自体の完成度も申し分のないものになっている。そして、ヘズラト君のドラム技術も――
「今やヘズラト君の実力は、相当なものになっています」
そう伝えた後で、僕はヘズラト君に視線を送った。
僕と目が合ったヘズラト君は、僕の意図をしっかり読み取ってくれたようで、ひとつ気合を入れてスティックを握り直し、真剣な眼差しでドラムに向き合った。
「キー」
「おー」
ヘズラト君、渾身のドラムソロ。
うむ。素晴らしい。安定感のある正確なリズムで、柔らかいタッチからの豪快なストローク。メリハリの利いた表現力も素晴らしい。
しかし、それより何より――可愛らしい。
一生懸命ドラムを叩いている姿がとても可愛らしい。
「可愛いなぁヘズラト君」
「可愛いですねぇ」
スカーレットさんも同じ感想を抱いたらしい。やはりヘズラト君は可愛い。
「ふーむ。私もドラムを叩いたら、こんなふうに可愛らしくなれるだろうか」
「ぷっ――いてぇ!」
蹴られた! ほんのちょっと笑いが漏れてしまい、その瞬間に脛を蹴られた!
違うのに……。別にスカーレットさんを侮辱するつもりなんてなかったのに……。
だってドラムを叩いている姿が格好良く映ることはあっても、可愛らしく感じることなんて普通はないじゃない……。モフモフの大きなシマリス君がドラムを叩いている姿が可愛らしいのであって、さすがにスカーレットさんもモフモフ系の可愛らしさを醸し出すことは難しいでしょうよ……。
というか、撲殺勇者なのに蹴るのか……。あぁ、でも殴られて撲殺されなかっただけ感謝するべきなのかな……。
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