第638話 遅い人代表
「お、見えてきましたね」
前方に、高く高くそびえ立つ木の壁が見えてきた。町全体を囲う木壁だ。
というわけで――ラフトの町へ到着である。
「かれこれ十ヶ月ぶりになりますかね。久々のラフトの町です。みんな元気にしているでしょうか」
この町の人で、特に仲良くさせてもらった面子で言うと――門番のケイトさん、修道女のエルザちゃん、冒険者のクリスティーナさんあたりかな?
偶然にも女性の名前ばかり挙げてしまったが、兎にも角にも再会が楽しみである。
普段検問で門番をしているケイトさんならば、運が良ければこの後すぐに会えるはずだが、果たして今はいるだろうか。
「ではでは、さっそく検問に――ハッ」
「うん? どうかしたのかアレク君」
「検問ですよスカーレットさん!」
「うん、検問だが……?」
うっかりしていた! 検問だ! 検問なのだ!
毎度毎度、検問では何かと騒動を起こしてしまい、一悶着を起こしている我らアルティメット・ヘズラトボンバーズの面々ではあるが、なんと言っても今回は――リュミエスさんがいる!
「リュミエスさんは、大丈夫なのでしょうか……」
「…………?」
「なんと言ってもリュミエスさんは――魔王様なのです。だとすると、町も結構な騒ぎになってしまうはずで……」
今は人族形態だし、そこまで怖がられるってこともないだろうけど……とはいえ魔王様だ。魔王リュミエスさんなのだ。
唐突に魔界の長が現れたとしたら、もうそれだけで一大事だろう。おそらく町としても、それなりの対応を迫られるはず。別にこちら側から迫るつもりはないけれど、それでもたぶん迫っちゃうはず。
「んん? いや、違うぞアレク君、それは大丈夫だ。なにせ私とリュミエスは、しばらくこの町に滞在していたのだから」
「え? あれ? ……あ、そっか」
あー、そうかそうか。そういえばそうだった。僕の勘違いだ。
僕視点で言うと、スカーレットさんとリュミエスさんの二人とはカーク村で合流して、それからラフトの町にやってきたイメージだったけど、合流前の二人は元々ラフトの町に滞在していたんだった。
「じゃあリュミエスさんも、検問の出入りに問題はないのですね?」
「うん、私と一緒に毎回ギルドカード提示で通過していた」
「あ、ギルドカードなんですか……」
それはまぁそっちの方が楽だしな。しかしリュミエスさんもギルドカード提示とは……。
それってつまり、リュミエスさんも冒険者登録したってことだよね? 魔王様なのに、人界のギルドにやってきて、冒険者登録をして、ギルドカードを作ってもらって、検問では毎回提示して……。
いや、まぁ魔界も人界も仲が悪いわけではないようだし、この世界的には特におかしなことではないのだろう。
でも前世のイメージを引きずってしまう僕からすると、やっぱりどうしても違和感を覚えてしまう話ではあったりして……。
ついついそんなことを考えてしまい、リュミエスさんに視線を向けると――
「…………」
「え? あ、それがリュミエスさんのギルドカードですか」
何やらリュミエスさんが服の中に手を突っ込んで、どこからともなくカードを取り出し、僕に見せてくれた。リュミエスさんのギルドカードらしい。
「……なんだか金色に輝いていますが」
「…………」
とてもゴージャスなギルドカードだ。正確なランクはわからないけど、何気に結構ランク上げしているみたいだ……。
魔王様なのに、せっせと冒険者ギルドのランク上げを頑張っているのか……。
「……さておき、全員カードを所持しているとのことで、これなら問題なく検問も通過できそうですね」
ふむ。どうやら今回ばかりは一悶着も起きないようである。
それは重畳。何も僕だって毎回毎回悶着を起こしたくて起こしているわけではない。起こさないで済むならそれが一番。
みんなの状況を確認して、なんの問題もないことがわかったので、僕達は改めて検問への移動を再開した。
そうして近くに見えてきた検問には――
「おぉ、ケイトさんだ!」
検問の前に立つあの人! あの犬耳! まさしくケイトさん!
「行こうヘズラト君!」
「キー?」
「さぁ早く! 早く行こうじゃないか! ヘズラト君も知っているだろう? 僕はせっかちなんだ」
わりとせっかちで、わりと慌てん坊な一面を持っている僕だったりもして――
「…………」
「…………」
「…………」
「え、なんですか……?」
なんかみんなから無言のツッコミをくらっているんだけど……。
……あー、いや、うん、わかるよ? どうせみんな僕のセリフに対して、『その遅さで、せっかちて』みたいなことを考えたんでしょう?
でもさ、別に変じゃなくない? せっかちなことと遅いことは両立するでしょ。それとも何か? 遅い人は慌てることすら許されないとでも言うのか? なんだそれは。なんと乱暴な思想であろうか。その考えには異議を唱える。遅い人を代表して、僕が異議を――
「誰が遅い人代表だ」
「……え?」
「あ、すみません。なんでもないです」
思考の中で浮かんできた『遅い人代表』という、あまりにもあんまりなキャッチコピーに対し、ついつい口に出して異議を唱えたくなってしまった。
「――そんなことよりも、早く行こうヘズラト君! こうしてはいられない! 待っている! ケイトさんが待っているのだよ!」
「キ、キー……」
そうしてヘズラト君を急かして、人力車に乗ったまま検問に突っ込んで、一悶着を起こした後にケイトさんとの再会を果たした、遅い人代表の慌てん坊アレクなのであった。
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