第636話 『パリイ』でラリー2
「こんな感じかな?」
「おー、いいんじゃないですか?」
というわけで、引き続きスカーレットさんにボクシングのパンチをレクチャー中である。
ガゼルパンチの次は――フリッカージャブを教えてみた。
ちなみに教える際には、ひとまず実際に見てもらった方が早いと考え、僭越ながら僕がお手本として実演させていただいた。
左腕をだらりと下げて肘を曲げ、なんとなくヒットマンスタイルっぽい構えを取って、なんとなくフリッカージャブっぽいものをシュッシュッと打ってみた。
そしてその瞬間、スカーレットさんから――
『おっそいな』
――などと言われ、軽くイラッとした。
……でもまぁ、実際そうなのだろうよ。遅いのだろうさ。
ならば僕が手本となるのは失敗だったか――一時はそう思ったものの、そのあたりはさすがのスカーレットさん。なんとなくのイメージは掴めたようで、あっさり自力でフリッカージャブをマスターしてみせた。
そして今は、スカーレットさんによるフリッカージャブ試し打ちの最中である。
「えい」
「おー」
「えいえい」
「おぉぉ……」
スカーレットさんの左腕がムチのようにしなり、空気を切り裂いていく。
……というか、岩を切り裂いていく。スカーレットさんが腕を振るうたびに大岩が削れ、形が変わっていく。怖い。
「うん。いい感じだ」
「そうですねぇ……」
「これはもう、相手は近付くことさえできないんじゃないかな?」
「ええはい、その通りで……」
とんでもないリーチで、とんでもない速度で、とんでもない威力で……。
そりゃあ近付けないし、近付きたいとも思わない。近付いたらなます切りにされる未来がありありと想像できる。
怖いわぁ……。さっきのガゼルパンチといいフリッカーといい、もしかして僕はとんでもない技を教えてしまった? もしかして僕は、とんでもないモンスターを生み出してしまったのでは……?
――でもまぁ、元からスカーレットさんはすごかったしな。僕じゃない。僕のせいではない。
というわけで、このままどんどん他の技も教えてしまおう。
あるいは、もはやボクシングにこだわる必要すらないかもしれない。とりあえずパンチ系の技ならば、なんでもやってくれそうな雰囲気がある。
次回はさらにすごいやつを……。あれとかそれとかの漫画から引用して、もっととんでもない必殺技を伝授してしまおうか……。
「それにしても、私ばっかりいろいろと教えてもらって、アレク君に申し訳ない気がしてきた。私からもアレク君に恩返しをしたいところなのだけど」
「え? あ、いえいえ、別にいいですって」
そう言われちゃうと、むしろ僕の方こそ申し訳ない。正直僕も面白がって教えているだけだったりするし……。
「そもそも僕の知識なんて曖昧で怪しいものばかりですから。だというのに、そんな僕の話を聞いてすぐに実行できるスカーレットさんがすごいってだけですよ」
「うん、確かに私はすごい」
「ええはい、すごいですねぇ」
ここで謙遜しないのがスカーレットさんである。
「とはいえ、実際に教えてもらっていることは確かだしなぁ。だから私もアレク君に何か教えたい」
「はぁ……」
それはまぁ、人界の勇者スカーレットさんにご指導ご鞭撻のほどをいただけるというのであれば、僕としても望外の喜びではありますが。
「と言っても、私が教えられることは正直少ない。だいぶ限定的だ」
「そうなのですか?」
「残念ながら、私は近距離での戦闘しかわからない」
「あぁ、なるほど……」
「魔法とかも使えない」
「なるほど……」
ある意味さすがだな。さすがは撲殺勇者……。
「一時期は、火の魔法を覚えようと取り組んだこともあったのだけどね」
「へぇ? 『火魔法』スキルを?」
あー、でもなんかわかるわ。たぶんだけど、純粋に戦力強化を目的としたものではなくて、キャラ作りの一環とかなんだろうな。
赤をイメージカラーにしているスカーレットさんだし、その流れで『火を使えたら格好いいな』とか、きっとそんなことを考えたに違いない。
でも今の様子を見るに、どうやらその計画も途中で頓挫してしまったようで――
「結局は、拳で殴った方が早いという結論に至ってしまった」
「そうでしたか……」
なんかもう、最初から最後までスカーレットさんらしい逸話だな……。
「だから私が教えられることとしては少なくて――うん、そうだな。じゃあまたアレでもやろうか」
「アレですか?」
「アレだとも」
はて、アレとは?
◇
「『パリイ』!」
「んー、『パリイ』」
「ぬぅ、『パリイ』!」
「ほい、『パリイ』」
というわけで――これである。
ニスで作ったニスボールを、お互いに『パリイ』で打ち返し合う訓練――通称、『パリイ』でラリーである。
この訓練によって、『パリイ』の極意を伝授するとスカーレットさんは豪語するのだが……でもまぁ訓練とか抜きにして、単純に楽しいよねこれ。
僕としてはスカーレットさんと一緒に遊んでいるだけの感覚だったりもするけれど、これで『パリイ』の極意を会得できるというのなら、それこそ本当に望外の喜びである。
「うんうん。良い感じだアレク君」
「お、そうですか」
「着実に一流の『パリイ』使いとしての道を歩んでいるような気がしないでもない」
「ありがとうございます」
なんかセリフの末尾が微妙に曖昧だった気はするけど、とりあえずそう言ってもらえるのは嬉しいかな。
「よし、それじゃあ次はもう少し難易度を上げてみようか」
「はい? 難易度ですか?」
「今は陣地がとても狭い。手の届く範囲が陣地で、そこにボールを落とすルールで訓練をしている」
まぁそうだね。……そうじゃないと、僕がボールに追いつけないから。
「でも次からは、もうちょっとだけ陣地を広げて、しっかり動きながら『パリイ』を使う訓練をしてみよう」
「動きながらですか……」
うん、まぁスカーレットさんの言うことはわかる。もっと動きがあった方が良い訓練になりそうな気はする。
でも、それで大丈夫かな……。それでちゃんとラリーができるかな……。
一抹の不安を抱えたまま、僕達は改めて陣地を設定し、それから訓練を再開し――
「陣地は元に戻そうかアレク君」
「…………」
さすがに早くない……? 諦めが早すぎないですかスカーレットさん……。
いやまぁ、あまりにも僕の動きが遅すぎるからなんだけどさ……。遅すぎるがゆえに、早すぎる決断だったんだろうけれども……。
next chapter:『パリイ』の極意




