第635話 撲殺勇者の必殺ブロー
ラフトの町への移動中。そのちょっとした空き時間に、僕はスカーレットさんと会話を交わしていた。とあることをスカーレットさんに教えていたのだ。
「シャブ?」
「…………」
いきなり何を言うんだこの人は……。
「いいえ、違いますスカーレットさん。シャブではなく、ジャブです」
「ジャブ? ふーん。ジャブか」
シャブとジャブ。濁点の有り無しで、えらい違いだ……。
さておき、今僕が何をしているかというと――スカーレットさんにパンチを教えていたのだ。
と言っても、撲殺勇者なんて異名を持つスカーレットさんに僕がパンチを教えられるはずもなく、あくまで僕が教えていたのはパンチの名称である。
「えぇと、つまり小突くようなパンチをジャブと言うんだね?」
「そうです」
「ほうほう」
一度頷いてから、確認するようにシュッシュッとジャブを放つスカーレットさん。
そのジャブの鋭さたるや、恐ろしいほどの殺傷能力を秘めていそうで……ことスカーレットさんに限っては、小突くとかいうレベルではない気もするが……。
「それで、このパンチが?」
次にスカーレットさんは、下から突き上げるようにパンチを放った。
それはまさしく――
「アッパーですね」
「アッパー系?」
「…………」
シャブとかアッパー系とか、なんかさっきからスカーレットさんの発言が怪しい。違法な薬物関連っぽい発言ばかりしてくる。
「ええまぁ、アッパー系というか、まさにアッパーそのものですね」
「ふむふむ。これがアッパーか。それで、これがストレートで、これがフックで」
そう呟きながら、ぶおんぶおんとパンチを振り回すスカーレットさん。
おーおーおー、なんかもう見ているだけで恐怖を覚える。うっかり射程圏内に入ったらえらいことになりそうだ。
「なるほどなるほど、面白いね。元からそういうパンチ自体は使っていたけど、それぞれの名称までは意識したことがなかった」
「ほー、そうでしたか。……あれ? もしかしてこういう名称って、今までなかったりしましたか?」
そもそも名称自体がなかった? むしろ今僕が名付けてしまった? また前世から輸入してしまった……?
「あー、でも以前に聞いたような気がしないでもないかな? 『体術』スキルのアーツで、そういう名称が付くこともあったような?」
「ほほう?」
なんちゃらフックとか、なんちゃらアッパーカットみたいなスキルアーツがあったのかな?
それならよかった。僕の適当なボクシング知識を元にパンチの名称が付けられるような事態にならなくて少し安心した。
「ちなみにアレク君、これはなんと言うのかな?」
僕に確認させるためだろう。スカーレットさんが比較的ゆっくりパンチを放ってみせた。そのパンチは、腰を捻って横から打ち抜くようなパンチで――
「んん? それはフックじゃないですか?」
「実は肘なんだ」
「はい?」
「拳で殴っているように見えて、実際に当てるのは肘の部分なんだ」
「…………」
……反則である。
「あと、こういうのとか」
「えぇと、それはジャブでは……?」
「実は親指で、相手の目を狙って打っているんだ」
「…………」
……それも反則である。
いやまぁ、サミングっていう名前があったりもするけどね……。
「あとはこう、足を踏んだりとか」
「…………」
「頭突きしてみたりとか」
「…………」
なんかスカーレットさんて、時々ダーティな戦法を混ぜてくるんだよなぁ……。
まぁ別に競技としてボクシングをしているわけではないし、反則とかもないんだけどさ……。
◇
「こう?」
「そうですそうです。それが――ガゼルパンチです」
面白がって、ガゼルパンチを教えてみた。
「なるほど、アッパー系のパンチだね」
「ええまぁ……」
うん、まぁ一応はあっている。まさしくアッパー系のパンチであることは間違いない。
とはいえ、むしろ形としてはフックな気がしないでもなくて、アッパーとフックの中間だと思うのだけど……。もしやアッパー系と言いたいだけだったりする……?
「とにかくですね、このパンチで重要なのは足腰です。一瞬身を屈めてから、膝を使って思いっきり伸び上がり、体ごと突き上げるように放つのがポイントです」
ふむ。我ながら適当なことを言っているな。前世で覚えたボクシング漫画の知識を元に、ずいぶんと適当なアドバイスをしている。
「面白いなぁ。なんだか破壊力とかすごそうな気がする。ちょっと打ってみたい」
「ほう。試し打ちですか」
それは興味深い。僕が適当に教えた漫画の必殺ブローをスカーレットさんが実際に使ったらどうなるか、僕も興味がある。
――だがしかし、その試し打ちに僕が付き合うことはできない。試しに僕が打たれるわけにはいかない。たぶん死んでしまう。
「んー、都合よくモンスターでも出てきてくれたらいいのですが、そう都合のいいこともなく……」
「あれに打ってみようか」
「あれですか」
スカーレットさんの視線の先には一本の大木。どうやら大木を相手に試し打ちをするらしい。
木に向かってパンチとか、そんなことをしたら拳を痛めてしまいそうなものだけど、まぁスカーレットさんならば問題ないのだろう。
スカーレットさんはゆっくり木に向かって近付いて…………あれ?
「岩なのか……」
てっきり近くに生えていた木に放つのかと思いきや、狙いはその隣であった。木の隣の大きな岩に放つつもりらしい……。
「じゃあやってみるよアレク君」
「ええはい、お気をつけて……」
「ありがとうアレク君。さてさて、それじゃあちょっと距離を取って、このあたりから踏み込んで……」
ひとつひとつの動作を確認するように口に出してから、スカーレットさんが体を軽く動かしている。
そして確認の後、スカーレットさんは目標の岩を見ながら構えを取った。いよいよ実際に放つらしい。僕が固唾を呑んで見守っていると――
高速のステップインから、淀みなく流れるようにダッキング、そこから弾かれるように飛び上がり、スカーレットさんの拳が岩に向かって――!
「うわぁ……。えっぐ……」
なんか岩の一部がえぐり取られた……。
恐ろしい破壊力である。あれが人体に突き刺さったらと思うと、心底震える……。
「なるほどなるほど。いやー、ありがとうアレク君。楽しかったし、勉強になった気がする」
「あ、はい、そうですか。それは何よりです」
「他には何かないのかな?」
「他?」
他のパンチ? あー、それはまぁ、他にもいろいろと漫画で見た必殺ブローはあるけれど、そんなとんでもパンチをスカーレットさんに教えてしまっていいものか……。
――いや、だけどスカーレットさんだしな。撲殺勇者スカーレットさんならば、しっかり自分の中で使える必殺技にまで昇華してくれるはずだ。
今みたいに比較的現実的な必殺ブローから、なんなら銀河系の必殺ブローまで、きっとスカーレットさんなら完璧にマスターして使いこなしてくれるに違いない。
というわけで、むしろどんどん教えていこう。片っ端から手当たり次第に伝授していこう。あくまでスカーレットさんのために、スカーレットさんを信じて教え込むのだ。
あとついでに僕のことも信じてほしい。決して面白半分のいたずら半分で教えるわけではないと、そこだけは信じてほしい。
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